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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第八八話 交渉

「既得権益にしがみついた者達は、新天地では役に立たないどころか、足を引っ張るお荷物に過ぎない、それは確かです」

 コチョウの言葉に、疑うでもなく、賛同するでもなく、リノリラは、もしも、の話を議論するかのような冷静な反論をした。

「ですが、人が暮らしていくには、社会を纏める能力がある者達は一定数必要です。意欲や才能の話ではなく、経験と実績の話です。すべてを粛清してしまっては、かならず行き詰まります。それに、掃き溜めはどんな社会にも必要なのです。私も自分が清いとは思っていませんし、あなたを投獄し、命を狙ったように、真っ当でない手段や後ろ暗い者達も時と使いようだと考えています。彼等は社会通念上あぶれ者で、法的にも倫理的にも存在を許すべきではないというのは、誰の認識でも常識でしょう。しかし、人が人である以上、必ず社会に適合できない子供というのは生まれてくるのです。あるいは成長の途中で、適合できない方へ向かった大人が。彼等は集団として特殊な秩序を持たせなければ、爆発して短絡的に社会を壊します」

 そう言って、やや挑発的な目で、リノリラはコチョウに笑った。

「誰よりもお分かりでは? 人に言われるまでもなく」

 その通りだ。比喩表現など必要もなく、コチョウ自身、文字通りの破壊者だ。スズネやエノハ、それに部下達がいるから生き残りも考えているが、正直な気持ち、どこかでこれも面倒臭いと思っていることは間違いない。今すぐ箱庭から出て行って人形劇ショーの舞台装置を全部破壊してしまえばあとくされない。その方がずっと簡単で、さらに、コチョウにとって価値のあるものなど何一つここにはなかった。

「私は住まない。安心しろ。私には社会など必要ない」

「そうでしょうね。ですが、あなたとて不死身ではないでしょう。落ち着いて傷を癒せる場所はあった方が良い筈です。新天地では、慎重さは生存の鍵です」

 リノリラの意見は真っ当だ。その時点で、もし本当であれば、コチョウの企みに乗ってもいい気でいることは分かった。

「新天地では、衣食住すべての面で適正な交換ルールの模索は急務です。皆が物資が不足気味で、一部の者がその利益を独占したり、暴力による略奪があっては社会が成り立ちません。わたくしどもも、そういう意味では、お役に立てるでしょう。しかしわたくしどもも、裸一貫では何もできません。新天地に出るのは良いとして、短絡的にここを破壊してしまうという行為には、賛同できません」

 そこまで言って、リノリラは自ら、ああ、と声を上げた。コチョウの奇妙な交渉内容の理由に、合点がいったのだ。

「そういうこと。まだあなたの話を全面的に信じられたという訳ではないのですが、理解はしました。良いでしょう。真実かもしれないと判断したら、フェリーチェルから詳細を聞くことにします」

 そう言って笑った。

「お願いします」

 フェリーチェルも恭しく頭を下げてから、

「面倒くさい性格してますよね」

 と、コチョウのことを表現した。

「ええ、そうですね。ところで、娘が死んだとのことですが」

 リノリラはまるで何処かの見ず知らずの者のことを世間話にするように、彼女の娘のシンディアの死を話題にした。

「事故死として処理しておきます。その件は、それでお互いお仕舞いとしましょう」

「謝罪はしないぞ? お互い様だしな」

 コチョウも、心底どうでもいい野盗が一人、死んだというだけの認識以上のものはなく、その母親と面と向かっても、さも仕掛けてきた方が悪いと言わんばかりの態度だった。遺族への配慮などまったくない程のふてぶてしさに、フェリーチェルは流石に文句を言いかけた。

「良いのです」

 そんなフェリーチェルを止めたのは、他のでもないリノリラ当人だった。彼女は彼女で、娘が他界したというのにも関わらず、鉄の仮面でも被っているのかという程に、冷たく冷静だった。

「あの馬鹿娘には私も手を焼いていました。むしろ感謝しかありません」

 いつか自分の失脚の種になるかもしれないと、ひやひやしていた、とリノリラは語ってみせた。商才はあっても、母親としての素質には乏しいのかもしれない、そんな目で、フェリーチェルはリノリラを見た。

「街の外とはいえ、山賊行為に走ったと聞いた時にはこの手で始末してやりたいとすら思った程です。それはまあ、本来被害者である筈のフェアリーを秘密牢獄に入れたわたくしが、人のことを言えた義理ではないですが」

 勿論、コチョウも、リノリラにあの監獄送りにされたことは忘れていない。だが過ぎたことに拘らないというのもコチョウの性格で、確かにその側面だけ見ればリノリラを生かしておく理由はなかったが、その感情よりもなお、それだけの影響力と、汚い手段も選択できるという冷酷さ、その当人を前にしても悪びれない鉄面皮さは使える、という評価が上回った。

「私が暴露すれば、まあ、噂はいずれもみ消せるにしろ、無傷ではすまんな」

 コチョウが頷くと、

「ええ、勿論。ですが、わたくしが条件を飲む飲まないにかかわらず、あなたは暴露などしないでしょう。殺しには来るでしょうが」

 リノリラはコチョウをそう評価したと語った。当たっている。

「そうだな。お前が失脚したところで、私には何の憂さ晴らしにもならん」

 コチョウもその評価は正しいと認めた。社会的な信用がどうとか、権力がどうとかいうことには一切興味がない。自分の手で縊り殺す以外に、コチョウの恨みが晴れる方法はなかった。

「娘が先にコチョウの命と財産を狙い、結果的に殺されたというだけで自業自得です。わたくしは殺された娘の母親ではありますが、口封じの為だけに、コチョウを脱出不能の筈の監獄へ罪状無しで送り、脱出したと知るや冒険者を雇い、命を狙った者でもあります。誰の目にもこちらに非と罪があるのは明らかで、コチョウがわたくしを殺めたとして、経緯と真相を知れば、コチョウが責められるとすればせいぜい法で裁くべきだったと言われる程度で、コチョウ側に道理はあると、皆、言うでしょう。それがすべてであり、それを水に流してくれるというのに、その態度をこちらからから責めるというのは、今すぐ殺せと宣言していることに他なりません。愚かなことではありませんか」

 流石に、リノリラ自身にそう説かれては、フェリーチェルも黙るしかなかった。彼女は、そう言えばコチョウも、リノリラも、手段と手法が異なるだけで、同じ穴の狢だったと、漸くのように思い出したのだった。

「ああ、そうだ。そこまで理解してるなら、譲歩のひとつも、追加で要求しとこうか」

 コチョウはどうでも良さそうに笑った。真実、どうでも良かった。彼女の中では、もう半分終わった話だ。

「北東地区にある、シルフ・アンド・ウンディーネって宿は……まあ、聞くまでもないか」

 通商会は商人の元締めで、宿屋とてその範疇外ではない。当然のように、リノリラが知らない訳がなかった。よしんば彼女自身が知らないとして、通商会には看板名簿くらいあるだろう。それを調べれば済むはずだ。

「そこに根城にしてるカイン・ハンカーって男がいる。若造だ。見つけ出しておいてくれ」

 コチョウの言葉に、リノリラの目が細まる。いよいよもって、コチョウが一枚噛めと言っていると取ったのだ。それは、この地を滅ぼすにしても、リノリラの命と新天地での立場を保証するという暗喩でもあった。当然、リノリラは、カインが城を追われた王子であることも、既に知っていた。その名前を明確にコチョウが口にしたという意味に気付かない程、愚鈍でもない。

「いいでしょう」

 王侯貴族を滅ぼすと宣言したコチョウが、王子を名指して探せと言ったからには、ただの戦力としてカインの身柄を確保するというのは不自然に過ぎる。そして新天地でも、市民を纏める顔は必要だ。リノリラは、カインが前王妃に似て善人であることも知っていた。そして、そのカインを探せとあらかじめ情報を開示するということは、リノリラに、誰よりもいち早く新天地での政府へのパイプが持てるチャンスをやったということだ。

「アイアンリバーを滅ぼす事に奴が乗る事はない。フェリーチェルと会わせておけばいい」

 コチョウはそれだけ言って、壊れた窓から身を乗り出した。

「アンバー・エール・インにファイアドレイクを倒した報奨金を預けてある」

 背中越しに、リノリラに告げた。

「壊した窓の弁償代であれば足りるだろう。見積もりが出たら、人をやって取りに行け」

「いいえ」

 リノリラは、弁償は不要だと返した。コチョウから金銭を受け取ることに、臆した訳でも、譲歩した訳でもなかった。ただ、フラットのままの関係の方が、今はまだ動きやすいと判断したからだった。

「それには及びません。勉強料と思えば安いものです」

 その返答にコチョウは笑い、窓から去った。


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