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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第八七話 損得 

 護衛を叩きのめしたコチョウは悠然と腕組みをして、リノリラを見据えて執務机の傍に浮いた。

「無駄に人数叩きのめされたくなければ、鍵を掛けろ」

 目の前の、高貴そうな外見の老婆にも、臆することはない。リノリラは、コチョウが乱入した時には執務机に向かっていたが、すぐに椅子を立って部屋のドアまで後退していた。

 リノリラは、癖のない豊かな白髪を頭の上で上品に結った、老いても美貌を失わない女性だった。背は高くなく、太ってもいない。緑がかった瞳には眼力があり、欲深という印象は受けない。しかし、体面を気にしそうな神経質そうな一面は、外見からも見て取れた。濃い紫色の、貴族や富豪の婦人がよくこのむドレスを纏っている。

 リノリラは分が悪い勝負はしない女性のようだった。持ち前の計算高さでここは従った方が得だと嗅ぎ付けたらしく、コチョウの言葉にすんなりと従い、他の者が駆けつけてくる足音がする廊下への扉に、自分で内鍵を掛けた。

 ノブが回る。外から回されたのだ。

「エイン様、ご無事ですか」

 ドアが施錠されるとみるや、廊下からすぐに男の声が掛けられた。これで返事がなければ緊急事態と見てドアを体当たりでぶち破るのだろう。よく非常事態に備えて訓練されている。

「少々ダイナミックな来客がありました。お帰りのあと、窓の修理を手配する必要があります。業者をあらかじめ呼んでおいていただけますか。修理費を見積もってもらう必要がありそうです」

 やや低く、落ち着いた声で、リノリラは答えた。

「わたくしは無事です。問題ありません」

 とも付け加える。これで良いのだろうと言いたげな視線を、リノリラはコチョウに送った。コチョウは反応しない。状況が落ち着くまで動くつもりはなかった。

「かしこまりました」

 数人が去って行ったが、ドアの外に残った者もいるようだ。全員が去るような怠慢も見られなかった。そのくらいは許容範囲だ。館内で聞いた会話の守秘義務も理解していることだろうからだ。これだけ統制が取れている護衛達であれば、素性も信用も明らかだと考えて良かった。

「取引をしに来た」

 コチョウはぶしつけに切り出した。名乗る必要はあるまい。冒険者達を雇って命を狙わせたくらいだ。

「聞きましょう」

 取引、と聞いて幾分リノリラの表情に余裕が生まれた。彼女からすれば、むしろ自分の得意な領分で勝負する意思をコチョウが見せたということになる。単純な暴力勝負であればコチョウに敵う筈もないが、話術による交渉であればリノリラに分がある。

「お前の娘は死んだ。手打ちとしてやるから、もう薄汚い冒険者共に無駄な金をばら撒くな」

 コチョウは単刀直入に自分の言い分を伝えた。シンディアが死んだという報せに、一瞬リノリラは渋い顔をしたが、もともと親子仲は良くなかったのか、すぐに平然とした顔に戻った。

「娘が野盗紛いの連中とつるんでたことも、私の金を狙って襲ってきたことも忘れてやる」

 つまり、誰に話さないという約束に等しい。だから幕を引けということだった。

「私を狙うのはやめる必要はない。だが屑共ではなく、もっと真っ当な連中に金を流せ」

 そう言って、コチョウは一緒にいるフェリーチェルに目配せをした。それまでコチョウの陰で大人しくしていたフェリーチェルが、自分の出番と気づき、前に出た。

「フェリーチェルと申します。いきなりこんな話をしてもすぐには信用できないと思いますが、コチョウはアイアンリバー周辺一帯を滅ぼすつもりでいます。私は彼女と知り合いではありますが、彼女とは袂を分かち、街を守りたいと思っています。ですが、私一人では、コチョウから街を守ることはおろか、それに伴い発生する混乱を抑えることさえできません。街を、平穏を守る強い意志を持った人々を集め、コチョウに対抗する必要があるのです。人を集めるということは綺麗事ではありません。私にはそれだけの人脈も資金もありません。ですから、そのどちらをもお持ちである通商会のお力を、お貸しいただけないでしょうか」

 フェリーチェルの話を聞いたリノリラは、すぐには答えなかった。フェリーチェルの話がもし本当であれば、経済的に大損害が出るだろう。しかし、それを話しに来るのに、なぜ敵である筈のコチョウが一緒にいるのか。罠を疑ってしかるべきだが、果たしてどちらに傾くのが、リスクが高いと言えるのか。

「今すぐに態度を決める必要はない。この後すぐに、私はシールドエンド砦を襲撃する」

 コチョウは補足のように宣言した。それが本気であれば、街を滅ぼすつもりであることの信憑性も増すだろう、という挑発行為だった。

「今はこいつの面倒を見てくれるだけでいい。私の用事を済ませたらまた、迎えに来る」

 すぐに信じろというのも無理な話だ。ただシールドエンド砦を襲撃しただけでは、リノリラが態度を明らかにする根拠としては弱いのは分かっている。しかし、国王が殺されたとしたらどうだ。これ以上明らかな宣戦布告はなかなかない筈だ。

 リノリラはフェリーチェルを胡散臭げに見たが、ややあって、ふっと柔和に笑った。派手にコチョウが壊した窓を、フェリーチェルがしきりに気にしていることに気付いたようだった。

「いいでしょう。フェリーチェルの身柄はお預かりしましょう。冒険者も引き上げさせます。しばらく情勢を監視することにしましょう」

 コチョウやフェリーチェルの話が本当であれば、その情報源を握っていることは、他の者達に対してアドバンテージだと考えたようだった。リスクを最小限度に留められるだけでなく、混乱時に生じやすい、新たな利益を先んじて牽引できる可能性すらあるからだ。逆に、通商会にとって、フェリーチェルの身一つの保護だけであれば、リスクという程のリスクもないのだ。

「私の宣言通りにシールドエンド砦が落ちるようなら、そいつの話を聞いてやるといい」

 コチョウの言葉に、リノリラは頷いて、執務机の椅子に腰かけた。コチョウが言いたいことだけを言って窓から出て行こうとするのを、

「もう少々話を聞かせてください。まだ隠していることがあるでしょう」

 商人ならではの洞察力か、そう指摘して呼び止めた。

「話したところで眉唾物の与太話にしかならん。時間の無駄だ」

 コチョウは振り向かずに答えたものの、

「構いません。些細な眉唾話でも、それで結構です。あとで聞いておけばよかったと悔やむくらいであれば、今数分間を惜しむのは、利口だとは思えないのです。命を狙っておいて図々しい申し出だとは承知していますが、どうかご存知のことを教えては頂けないでしょうか」

 リノリラは椅子の肘掛に腕を乗せ、胸の前で手を組んで、コチョウに話してくれるようにせがんだ。聞く気があるというのであれば、先に話しておいても良いのかもしれない。コチョウは窓から出て行くのをやめ、振り向いた。

「相当荒唐無稽な話になるぞ」

 それだけは念を押しておき、コチョウはリノリラの出方を窺った。

「構いません」

 もう一度、リノリラは答えた。彼女の反応は変わらなかった。それならば。コチョウも断らないことにした。フェリーチェルに頷き、執務机の傍に戻る。

「私はダークハートの深淵の最下層を見てきた」

 コチョウが切り出した話は、その言葉から始まった。別にリノリラが信じようが信じまいが、現時点ではたいして変わりはしない。それを真実と証明するのは、ある程度ことが片付いてからでいい。

「私はこの世界が作り物で、住民のほとんどが人形であることを知った」

「成程。にわかには信じがたい話ではあります」

 リノリラが頷き、フェリーチェルにも視線を向けた。

「あなたも見た、ということで宜しいですか」

 その問いは、複数人の証言を確認することで、コチョウの言葉がただの妄信や思い込みではないのだということを納得したいようでもあった。

「ええ。見ました」

 コチョウの隣に並び、フェリーチェルが礼儀正しく認めると、リノリラは安心したようにコチョウに視線を戻した。

「つまり、アイアンリバーを襲うつもりというのも、その真実に端を発していると」

 そう理解したようだった。確かに間違ってはいない。コチョウがもっと自分勝手であることを知らなければ、そう帰結しても無理はなかっただろう。

「半分はな。私は手下共と現実世界に進出する準備を進めてる。手下共に拠点が必要だが」

 端的に、街に敵対する目的を説明した。

「この街の腐った特権階級は邪魔になる」


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