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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第八六話 帰還

 冒険者達を蹴散らしながら、コチョウ達は迷宮を地上へと向かった。地下五層をピークに、それ以降は街に近づくごとに、冒険者との遭遇頻度は下がり、襲撃はかえってまばらなになっていく。表層階で足止めを食らうようなパーティーではコチョウに敵う筈もなく、犬死するだけだという打算が働いているのだ。勿論、上層階にコチョウが現れるとすれば、連戦を終えた末、回復の為に拠点としている宿に戻ろうとしているところに違いないと考える者はいる。弱っているところであれば、多人数で囲めば、表層階でしか勝てないような連中でも、人海戦術で倒せるのではないかと考えはする。しかし、よしんば人を集められたたとしても、実行に移せることはほとんどない。汚い金に平気で群がりはするが、強くなれない奴等の思考パターンはだいたい似通っている。人海戦術でコチョウを倒せたとして、人海戦術で死ぬ奴が自分では意味がないと考えるのだ。その為、美味しいところだけを頂戴しようとして、矢面に立とうとしない奴等と、そもそも何の行動もしないような役立たずしか集まらないという訳だ。結局、迷宮に降りてきていたとして、遠巻きにコチョウを見て諦めるのが関の山だった。なにしろ、そもそもコチョウは疲弊などこれっぽっちもしていない。

 それでも、地下八層あたりでも探索できるものの、表層階で待ち構えていた方が安全だと考える連中もいる。まばらではあったものの、ダークハートの深淵を出るまで襲撃は続いた。もっとも、コチョウに手傷を負わせるような冒険者パーティーはついぞ現れなかった。フェリーチェルが人質に取られるなどのハプニングでもあればもう少し盛り上がったのかもしれない。現実はそれもなかった。

 ダークハートの深淵と街との間の坂で待ち構えていた冒険者の一団を排除して、久々の街に上がったコチョウ達を、更に待ち構えていたのは五人のアイアンリバー軍の兵士達だった。その向こうには、久々に見る、アイアンリバーのどんよりと曇った空が見える。コチョウは、半ば兜で隠れた目を見回して、

「何か分かったか」

 そう聞いた。忍者達の変装だったのだ。まだコチョウに届いていない情報がある。誰がコチョウをあの監獄にぶち込んだのかだ。

「リノリラ・エイン」

 兵士に変装した忍者が告げた名前は、コチョウも知っている名前だった。

「通商会の元締めじゃないか。あのババア」

 通商会というのは、正式名称をアイアンリバー通商会といい、交易ルールを取り仕切り、不正な悪徳商人を市場から排除する為の、謂わば商人達の自衛組合のことだ。リノリラ・エインと言えば、その通商会のトップの名前だった。

「私を襲った連中の中にドラ息子でもいたって訳か?」

 殺した覚えはないが、そんなところであれば、コチョウの口封じを狙ったとしてもおかしくはないだろう。

「シンディア・エイン。貴殿を襲った連中の中に、娘がいたものと確認。もう故人ではありますが」

 忍者の一人がさらに告げる。故人と述べた理由は、次の言葉で明白になった。

「雑兵でした。わざわざ貴殿が相手をされる程の者でもなく、そちらの始末はつけました」

「娘かよ。ろくでもないな」

 忍者達が勝手に殺したことには何も思わなかった。とはいえ、それであれば、その情報は使えるかもしれないと、コチョウは考えた。

「フェリーチェル。リノリラの婆さんに会いに行く。ちょっとつきあえ」

「えー、あー、まあ。んー、どうなんだろう」

 煮え切らない声で、フェリーチェルが身悶えするように体をくねらせながら頭を捻った。コチョウが言いたいことは分かったが、賛同すべきか、拒絶すべきか、迷っているといった様子だった。

「確かに商人達を管理する元締めは必要だし、新たに人選するのもリスクだけど。でもなあ」

「商売は綺麗事じゃない。清濁を使い分けられる奴の方が使える。信用しすぎなければな」

 コチョウは忍者から聞いた情報から、リノリラをぶちのめすのではなく、交渉する方に頭を切り替えたのだった。

 現実世界に出て行けば、何かと物入りになる。商人の出番ではあるが、あくどい奴が湧きやすい時でもある。そうなることが分かっているにも関わらず、商人達に顔の利く人間を殺してしまっては大混乱だ。それよりも、丁度いい弱みを握っていることが分かったのだから、取引材料にして互いに手打ちにした方が有用なのだ。

「そうだけど。でもどっちかっていうと、濁寄りだよね?」

 それがフェリーチェルには気に入らないらしい。分からないではない。商人は信用が第一という考え方は間違っていない。それでも底抜けのお人好しなら良いのかといえばそういう訳でもない。大前提として、儲けることができなければ商いは廃業するしかなくなってしまう。譲歩しつつ、自分の利益も確保するずるがしこさは、清濁で言えば、もともと濁寄りと言ってもいい。抜け目がないくらいでなければ、商人達を纏めて行くこともできないだろう。

「濁寄りだからできるんだろ。旨味がなきゃ誰もそんな嫌われ役やりたがりゃしない」

 コチョウはそう考えていた。

「そりゃあ、まあ。そうかもしれないけど」

 納得はしかねるようではあったが、フェリーチェルは結局嫌だとは言わなかった。煮え切らない態度ではあり、コチョウはそんな中途半端なフェリーチェルを短く笑い飛ばした。

「お前は資本提供無しに私と戦えると思ってるのか? たいした自信じゃないか」

「分かってるって」

 だからこそ不満なのだと言いたげに、フェリーチェルが答える。コチョウの発言に、スズネとエノハは顔を見合わせていた。フェリーチェル側につけとリノリラに要求するつもりなのだと理解したのだ。敵対を自ら選ぶコチョウに、それもコチョウらしいと思いながらも、やはりどこか間違っている気がしてならないようだった。

「スズネ、エノハ。お前等は忍者達と一緒にシールドエンド砦の偵察に行ってろ」

 いずれにせよ、コチョウはスズネ達を通商会へ連れて行くつもりはなかった。ぞろぞろと連れ立って行けば警戒されるうえ、コチョウやフェリーチェルと違い、スズネ達は飛べない。窓から直接リノリラの執務室に乗り込むということが難しくなってしまうからだ。

「分かりました」

 スズネもそれは理解できているようで、別行動に難色は示さなかった。エノハも同じだ。二人に指示を飛ばしたコチョウは、飛び去るそぶりを見せてから、気が変わったように上昇をやめ、エノハを手招きした。

「何?」

 エノハが近づくと、

「目立つ」

 親指で四神を示し、コチョウは喉の奥で笑った。エノハは四神を振り返り、あっと声を上げそうな顔をして、それでも、声は上げなかった。無言で頷いて、すぐに四神を式札に戻す。それを見届けると、コチョウは今度こそ、街の上空へと舞い上がった。

「通商会は東門の方、南東地区寄りだったな」

 確認するように呟くと、

「そうだね」

 追ってきたフェリーチェルも頷いた。アイアンリバーの貴族に目を付けられ、あの監獄に囚われていたのだから、当然、フェリーチェルもアイアンリバーで活動していたということだ。それなりに街の何処に何があるのかは把握していた。

 二人は、互いが通商会の位置を知っていることに納得すると、どちらからともなく、通商会に向かって真一文字に宙を渡った。小さいとはいえ、フェアリーが飛んでいると地上から丸見えだ。急がなければ面倒なことになることも、十分に予想できた。

 通商会の建物は、周囲の商会や商店よりも大きな、四階建ての建物で、目立つ。煉瓦造りで、赤っぽい色のシルエットは、遠目でもすぐにそれと確認できた。中の構造までは、コチョウもエノハも知らない。それでも三階もしくは四階にリノリラの執務室はあるのだろうと、辺りは着けていた。たいてい高く、見晴らしの良い場所に、そういった連中は執務室を起きたがるものだ。周囲に三階建ての建物があることを考えると、四階ではないかと、コチョウは踏んだ。同じ高さの建物が周囲にあると、暗殺のリスクが上がるからだ。

 果たして、リノリラは、やはり通商会の四階に姿を見つけることができた。通商会の四階の外を素早く一周したコチョウ達は、南西側の窓に、執務室とリノリラらしき老婆の姿を見つけ、窓を破って飛び込んだ。まず、コチョウが窓を破壊しながら飛び込み、開いた穴を、フェリーチェルが追った。

「なっ」

 老婆が驚いた声を上げ、室内にいた護衛と思しき、チェインスーツの上にコートを纏った男が二人、同型の細身の剣を抜きながらコチョウ達に詰め寄った。すぐに反応し、老婆を守る為に行動したのは流石と言うべきで、訓練された手練れの動きだと知ることができた。

「よう。私をあそこにぶち込んだババアの顔を拝みにきてやったぞ」

 コチョウは素早く男達を叩きのめし、老婆に、声を掛けた。男達は殺してはいない、強めに殴り、失神させただけに留めておいた。


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