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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第八二話 算段

 アシハラ風の屋敷の前庭には、お決まりのように丸石で囲った狭い池がある。竹を組んだシシオドシと呼ばれる小さなモニュメントがあり、定期的に鋭く、高い音を響かせていた。

 その池が見える部屋に、コチョウはサイオウと向かい合って座っている。部屋は草を編んだタタミと呼ばれる床が敷かれたもので、部屋の中央には炭で僅かな火を起こす、囲炉裏があった。今は、火は入っていない。

 室内に他の連中の姿はなく、別室に追い払ってあった。聞かれて困る話をするつもりはないが、コチョウは、途中で話の腰を折られたくなかったのだ。

 座布団と呼ばれるアシハラ特有のクッションの上に、中途半端に足を投げ出して、コチョウは座っている。相対するサイオウは正座だ。アシハラの民族衣装を纏った男とフェアリーが向かい合って真剣な表情で座っている様子はジョークのようだが、生憎、コチョウにはその手のユーモアのセンスはない。

「それで、まずは何が知りたい」

 話の内容は、今後の忍者の活動についての算段だ。表情も自ずと真剣にもあるというものだった。

「私をぶち込ませたのは誰かだ」

 コチョウは真っ先にその言葉をぶつけた。アイアンリバーの街に戻れていないのだから、今までコチョウには調べようもなかった。

「次に」

 しかし、コチョウが忍者達を活用したいと考えたのは、それだけの理由ではなかった。僅かに間をおいて、コチョウは告げた。

「アイアンリバー王、ケイドー・ランカールの収監場所」

「ふむ」

 サイオウの眉が、右側だけ僅かに上がった。どこでそのことを、と問いかけるような表情だった。逆に、コチョウも、サイオウが知っていることに、嬉しくなった。

 ケイドー・ランカールの名を知っていることは、アイアンリバーで活動している者であれば珍しいことではない。都市国家の王の名は秘匿されてはいないし、以前であれば公然と市街でその善良な統治を喧伝されてもいた。

 むしろ本来の活動域を考えれば、サイオウがケイドー・ランカールの名を知っていることの方が驚くべきことではあるのだが、この箱庭世界が歪なものであるという事実も既に調べがついているという点を考えれば、地上にアイアンリバーの街があり、ケイドー・ランカールが都市国家の王であるという情報を得るのも、よほど容易いことである筈だった。

 故に、コチョウからすればサイオウが、サイオウからすればコチョウが、ケイドー・ランカールが捕囚の身であることを知っていることを、驚きあったのだ。

「アーティファクトで覗いた。箱庭内の現状を、あれは監視してる」

 コチョウはまず、自分から種明かしをした。逆にコチョウからは、サイオウには、問い掛ける必要もなかった。諜報組織において、秘密を暴き情報を得ることとは、即ち力だ。

「悪徳貴族共が我が世の春を謳歌しすぎてるからな。嫌でも何かあったなと気付く」

「成程。しかし、収監場所を知ってどうするつもりだ」

 コチョウには直接かかわりのない話だろうと、サイオウは考えているようだった。確かにその通りだ。コチョウはそのこと自体には、これっぽっちの興味もない。

「殺す」

 コチョウの答えはシンプルだった。別に国王に恨みがある訳でもない。ただ、アイアンリバーを混乱に叩き落としておきたいだけだった。

「業突く張りの貴族共が生かして捕えてるってことは、死んでもらっちゃ困るってことだ」

 ならばその思惑を外してやろうという魂胆だ。最終的には混乱に乗じ、王城を襲撃し、国家機能を麻痺させるつもりでいた。あるいはその惨状をフェリーチェルに見せることで何か面白いことになることを期待していた。ひっそりと箱庭を滅ぼすだけでは面白くない。精々混乱を振りまいて絶望を演出してみるのも悪くない。演出コチョウ、出演コチョウによる箱庭規模の大バッドエンドだ。

「程よく混乱したところで、この箱庭が虚構でしかなく、私が壊すことを宣言する」

 破壊することに意味はない。宣言することにメリットはない。ただ、その方が、コチョウが楽しいからだ。それは憎悪でも自己顕示欲でもなく、興味から来る遊びでしかなかった。

「宝石商は商品が紛い物の石ころで、豪商貴族は財産が幻でしかないと知る。見ものだね」

 どれだけの者が受け入れるかはやってみなければ分からないが、そんなことはどうでも良かった。ただ単に、蟻の巣を突きたいだけでしかなかった。人形共がどう受け取ろうが構わない。結果的に暴力と破壊、恐怖と絶望が生まれるのであれば何でも構わなかった。その為には、分かりやすく目を引くシンボルが必要で、コチョウはまず注目を集めるものとして、王の首を求めようというだけだった。

「非現実的な事実を刷り込むのには、思考停止させるくらい衝撃的なアイコンがいる」

 生半可なものでは駄目だ。衝撃は大きければ大きい程いい。王を殺し、王城を制圧して足りないようなら、軍でも全滅させるか。そのくらいのことであれば、彼我の存在差を考えればコチョウにも容易い。何千何万の兵があろうと、振るう刃が紛い物で、操る力がまやかしでは数にもならない。

「やれと言われれば調べもするが、意味があるとは思えんな」

 サイオウは裏表のない意見を口にした。実直な男だ。だが、その裏、腹積もりとしては既に開き直っている。成程、忍者衆の統領だとコチョウも認めた。

「意味などいらん。面白ければいい」

 だから、コチョウも自分の腹積もりを隠さずに語った。その一言は、結局、コチョウにはそれ以外の価値観などない、薄い人格しか持ち合わせていないことを明かすものだった。

「そういうことか。調べさせよう。半刻程待て」

 サイオウが頷き、

「早いな。言うからにはやってもらうぞ?」

 コチョウが聞き返す。サイオウは何の迷いもなく頷いた。

「無論」

 できないことは言わぬ、といった態度だった。シシオドシの音がいやに大きく響き、竹を切った筒が水を溜め始める。いつの間にか庭先で一人の忍者が片膝をついており、サイオウが何か言った気配は見せなかったにも関わらず、

「御意」

 と一言を返して何処かへ影のように消えて行った。たいしたものだ、とコチョウも感心せずにはいられなかった。

「時に」

 サイオウが、あまり見てくれるなと言いたげに、コチョウに声を掛ける。忍者の秘密など詮索するものでないということはコチョウも把握している。視線をサイオウに戻し、短く聞き返した。

「現実世界に出るは良いとして、我々も霞という訳ではない。衣食住は必要だ」

 現実世界進出後の拠点がいる、という意味だ。当然のことだろう。里にはそれなりの人数もいる。農業などの、足元を支える産業は、どんな活動をするにしても必要だ。食糧、衣服、道具、薬、なにをするにしても、準備無しに諜報活動を行えることはあり得ない。

「全く未知の状態で大挙して出て行くという訳にもいくまい」

 コチョウも認めた。面倒なことだが、手下に加えたからは、問題を放り投げて放置、とはいかなかった。問題そのものを自分で考えるつもりはないが、その問題を解決する為に人員を裂く許可くらいは必要だ。コチョウも、それは認識していた。

「何人か先行して人を送れ。任務は拠点の確保と拠点周辺の調査だ」

 そう言うと、コチョウは床に六方に正三角形の出っ張りがある、中央に六角形の魔法陣が刻まれたプレートを六枚出現させた。

「五枚は持って行かせろ。一枚はお前が持て。現実世界への破れが作れる道具だ」

 コチョウは簡単に説明する。

「道具同士通信もできる。こっちとあっちも繋がる。お前も持つのはそういう理由でだ」

「成程、承知した」

 サイオウが頷き、プレートを拾い集める。黒く、彼がもつと丁度彼等が使う手裏剣程のサイズだった。

「適当な場所に手裏剣の要領で投げればいい。回収するときは、開いた穴に手を翳せばいい」

 極めて簡単だ。まどろっこしい手順が必要だと緊急時に使い物にならない。そのくらいのことは、考えずとも、コチョウにも分かっていた。

「ほう」

 とだけサイオウは答え、コチョウを残して部屋を出て行った。人選をする為だろう。どう考えても困難な任務だ。準備と人選は念入りにする必要がある筈だった。

 庭の池の水に波紋ができる。造られた空は青く、千切れ雲が流れている程度だったが、細かい雨が降ってきていた。アーティファクトに管理された環境は、どこまでも精巧だった。

「通り雨か」

 コチョウは呟いた。そんな天候まで再現することはあるまいにと、嫌な笑いが漏れた。


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