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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第八一話 郷里

 思うさま殺戮をたのしんだあとで、漸くコチョウ達は忍者数人を拘束することができた。もっとも、捕えたのもコチョウ自身ではなく、見かねた四神が半ばコチョウから忍者達を庇う形で保護したに等しかった。

(くびき)が外れ清々しいのは理解できるが、おぬし、少々暴虐が過ぎるぞ」

 朱雀が通って来た通路を振り返りつつ呆れた調子で言う。地下八層は、コチョウが作った死体の川で、スタートから最奥ゴールまでの順路が出来上がっている状態だった。コチョウのあまりの暴れ様に流石の忍者達も危険と察知したのか、ほとんどが冒険者共の死体だ。果敢に挑んだ結果か、進退が窮まっただけか、多少忍者の死体も混ざってはいるが、数は決して多くなかった。

 四神が保護した忍者達も、コチョウが、暗殺できる、できないのレベルではないと理解できているようで、抵抗の意志は見せなかった。

「この酷い有様を見ては信用できぬとは思うが、我等はおぬしら忍者衆と交渉の余地を探っておる。無駄な死人を増やすこともなかろう。統領のいる里に案内を頼めぬか」

 コチョウに任せては纏まる話も纏まらないと危惧したのだろう、朱雀が自ら交渉役を買って出た。忍者達は周囲を四神に包囲されており、不審な動きをしないかを見張られている一方で、コチョウが短気を起こさないように守られてもいた。彼等もそれが分かっているらしく、その場で統領に繋げる通信アイテムを持っていることを、比較的すんなりと明かし、差し出した。

 朱雀はそれを受け取る手をもたない。代わりに、スズネが受け取った。いつでも腰の物は抜けると言いたげな彼女の視線に、忍者達も妙な真似はしなかった。

 忍者達に使い方を教わったスズネが通信アイテムを操作し、里に繋げる。話は極めて短時間で纏まった。

『誰だ』

「あなた方に命を狙われている一行の者です」

『此度の暗殺指示は、私の一存によるものだ』

「あなた方の諜報能力をもってすれば、この世自体が歪んでいることもご存じである筈」

『いかにも。暗殺指示も己が望みとは到底信じておらぬ。何者かに操られている感覚は、感じている』

「こちらにそれを絶ち切る用意があるとすれば?」

『条件は』

「今後私共の軍勢として、衆の能力を預けていただくことです」

『その程度であれば考えるまでもないな。詳しい話は里で聞かせていただこう。下忍衆が帰還用の転送具を所持している。それを使えばこちらに来られる筈だ』

 そんな会話が交わされ、話を聞いてもらえることになった為、四神達も忍者達を解放する。一時的な休戦状態となり、争う理由もなくなった為、忍者達と共に、その転送具とやらで里に入ることになった。

 忍者達が煙玉のようなアイテムを床に投げつけると、コチョウが知る魔術的な魔法陣とは異なる、一二方位が記された文様が床に発生し、範囲内の者を転送させた。一つ一つの円は大きくないが、複数人で使用した為、全員を運ぶのに十分だった。

 飛んだ先は、竹林に囲まれた、如何にもといった、アシハラ諸島国風の、山間の隠れ里と言った風景の場所だった。干した萱を葺いた、漆喰壁の木造小屋が点在し、猫の額のような水田や畑が見える。その中に、一軒だけ立派な、瓦屋根の屋敷があった。それなりの前庭のある、風情のある平屋の屋敷だ。見るからに、里長でもある統領の屋敷だろう。

「何処かな」

 エノハがこっそりコチョウに聞く。地下何層なのか、コチョウなら分かるのではないかと思ったようだ。コチョウは答えず、軽く首を傾げてみせただけだった。

(しのび)の里の場所をたしかめようとするのはご法度ですよ」

 スズネにも、エノハは窘められた。例えダークハートの深淵の中の、地下何階層目かにあるセットだとしても、そして、住人達の正体が人形だとしても、彼等が真剣に(しのび)であることに変わりはない。余計な詮索はこのましくなかった。

「ふむ」

 統領は庭先に出て待っていた。凄みのある面容をした、白髪交じりの男だった。藍染めの衣を着て、足には草を編んだ草鞋を履いていた。手には、無地の白い扇子があった。男は忍者達に誘われて訪れた、コチョウ達の姿に気付くと、短い声を上げて、真っ先にコチョウの姿をまじまじと見た。

「間違いない。我々が暗殺すべきと夢枕に見た姿そのものだ。だがやはり面妖だな。何故殺めねばならぬのか、未だ分からぬ」

「名乗らなくても分かるな?」

 コチョウが聞くと、男は鷹揚に頷いた。

「私はサイオウと申す」

 統領は名乗り、扇子を一度開いて、閉じた。

「コチョウ殿はどこまで知っておられる」

「アーティファクトをざっと見た程度だ。それ以上はどうでも良かった」

 コチョウが正直に答えると、サイオウはまた扇子を広げた。

「成程。では我々の世が虚構であることは既にご存知ということだな」

 その言は、サイオウも既に理解していることを明らかにしていた。里自体が丸々諜報のプロフェッショナル機関だ。その気になれば、調べるのは訳なかったのかもしれない。

「そうか。今合点がいった。我々にコチョウ殿を殺す指示を下したのは、アーティファクトなのだな。まんまとこの世に乗せられたか。うむ、となればこれ以上の人死には我々にとって愚かというばかりだな。里の者への暗殺指示は撤回しよう。申し訳なかった」

 と、状況を理解したように頭を下げる。

「もし私の首で愚行の詫びになるのであれば、幾らでも差し出そう。それで手打ちとしていただけぬか?」

「首など役にも立たん。いらん」

 コチョウは答えた。望みは最初から朱雀達に明かした通りだ。

「お前等は、自分達が人形だということも知っているな? 私の為に今後働くというのであれば、里の連中、皆の体を、本物の人間に変えてやる。私はこの箱庭を壊し、出て行くつもりだ。だが、その前に、一仕事が残っていてな。アイアンリバーの貴族共には、私に喧嘩を売ったことを思い知らせてやりたい。その為に力を貸せ」

 忍者共は、地上の街を混乱させ、貴族共の私兵達を排除するのに丁度よい戦力になる。コチョウ達だけで喧嘩を売れないでもないが、いちいち雑兵を相手にするのも面倒だ。何より、どうせ喧嘩を売るなら、派手な方が良い。

「成程。確かにコチョウ殿の事情は聞き及んでいる。こちらとしても、聞いておきたいのだが、無論、それが終わり、この世を出る際には、我々も行けるということでよろしいかな」

 サイオウは、すぐには頷かなかった。里の者の身を預かる長として、抑えるべきところは抑えねばならないという理性を持っている。コチョウは好感を覚えた。上に立つ者がこうであれば、下々の者は命を預ける事を厭わないだろう。つまり、予想通り、使えるということだ。

「当然だ。お前等の能力は良く見させてもらった。箱庭の中で使い捨てるつもりはない」

 コチョウが頷くと、サイオウはしばらく、無言になった。コチョウの態度と気配を読むように見据えたのち、サイオウは、ようやく頷いた。

「良いだろう。アーティファクト等という眉唾物より、余程主と呼ぶに値するようだ」

 ただし、口先だけだと、分かった。この男は、まだコチョウを信用していない。当然だ。コチョウも信用などしない。

「迷宮に散っている忍者共を全員呼び戻せ」

 コチョウはそのことには触れず、話を進めた。互いの腹を探り合うのも時間の無駄だ。もし裏切るようであれば、纏めて始末すればいい。コチョウからすれば、特に難しいことでもなかった。

「何度も力を使うのが面倒だ。里内の連中を纏めて本物にする」

 コチョウの宣言に、サイオウは、今度は時間を置かずに頷いた。とはいえ、忍者共が全員戻るのには多少の時間が掛かる。サイオウが茶を淹れさせるというので、コチョウ達は座って待たせてもらうことに決めた。

 スズネとエノハは、慣れ親しんだアシハラの家屋の縁側が落ち着くようで、幾分表情が和らいで寛いでいた。逆にフェリーチェルは慣れない家屋に、多少緊張している様子で、出された茶にも手を出さなかった。

「苦そう」

 フェリーチェルは、アシハラの茶を飲んだことも見たこともない。見慣れない、濁った色の液体に、薬品めいたものだと印象を覚えたようだった。

 コチョウは準備が出来たら呼べと言って、一人屋根の上にいた。どうやって見せているのか分からないが、頭上には空があり、雲が流れている。降り注ぐ陽光すらあった。ともすれば、全部が偽物であることを忘れてしまいそうな程の温かさも感じる。それだけに、還って悪寒を感じずにはいられなかった。

「下らんな」

 コチョウは、呟き、空を眺めた。

 程なく、サイオウの知らせを受け取った。コチョウは前兆もなしに、力を里に撒いた。


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