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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七八話 青龍

 地下一四層に上がり、コチョウ達は降りてきた時と同じようにエノハが呼び出した青龍を盾に進んだ。降りてきた時と異なるのは、フェリーチェルが乗っている玄武は勿論、朱雀や白虎も戻していないことだった。結局四神すべてを呼び出した状態になったエノハだが、負担はまったくないと当人が一番驚いていた。

「そうだろうて。本来負担がある方がおかしいのだ」

 とは、朱雀の弁だ。一度呼び出してしまえば、維持に術者の集中などが必要な訳がない、もしあるとすれば、何処か意識か術式が間違っているのだと、エノハは自分の式神から教えられながら歩いている。本末転倒とはまさにこのことだった。

 他の式神は人語を話さない。喋るのは朱雀だけだった。玄武は相変わらずフェリーチェルを労わるばかりで戦う素振りは見せず、白虎は迷宮内に散在する冒険者共の気配を窺うのに専念している。朱雀はエノハの教師役に収まっており、青龍は皆より先行し、階層内に充満する胞子を払うのに余念がない。

 通路を進むと、あちこちにこんもりとした人型に近い繭のようなものが見受けられる。降りてきた時にはなかったものだ。実際には繭ではなく、びっしりと菌に浸食された冒険者達の成れの果てだった。意識がないものもあるものもいて、だが、死んではいない。命を落とさせると苗床にできなくなると、菌類達がまるで理解しているかのように、かろうじてではあれ、生かされていた。

 青龍は彼等を助けなかった。助けることは可能なのだろうが、そのつもりも起きない様子で、まったくの一瞥もくれなかった。

 白虎も動かない。封霊石を体内に宿している人形もいないらしい。

 地下一四層に登ってしばらく進んだのちに、一度、青龍が前進をやめた。丁度通路が十字に交差している場所だった。青龍が左右を窺う素振りを見せ、左右の通路のやや遠くからガサガサと蔦か木の根のような細いものがのたくる音が聞こえ、それが止むと、青龍は再び進み始めた。

 モンスターか、冒険者か、どちらかの接近を感知した青龍が、接敵以前に対処したのは明らかだった。地下一四層に巣くう植物系のモンスターであれば直接萎れさせることができることは下るときに十分見た。植物を動かして撃退したということは、接近してきたのはおそらく後者なのだろう。青龍はまったく表情も変えず、声すら上げなかった。一切の容赦がないということだ。

 その後も、何度かそうやって青龍は短時間止まった。まったく冒険者の接近を許さない妥協のなさだった。自分の務めを十分理解しているように、ただ黙々と、淡々と近づくものを撃退し続けた。断末魔ひとつ聞こえてこないのは、殺していないのか、それとも、あまりに手際が良すぎて、冒険者達が攻撃されていることに気付いた時には、もう死んでいるのか。いずれにせよ、この階層で身体を拘束されれば助かることもない。どちらにせよ、結果的にあまり変わりはなかった。

「おい、勝手に撃退するのは構わんが流石に全部は退屈だ。少しはこっちにも回せ」

 コチョウもただ通路を移動するのに飽きてきた。エノハが言うことも一理あった。確かに鬱憤が溜まってくる。

 青龍は理解したのか理解していないのか、それとも最初から聞く耳を持っていないのか分からない調子で、相変わらず淡々としている。冒険者とはやはり遭遇せず、時折接近が分かっても、鉢合わせになる前に青龍が撃退してしまうことも変わらなかった。

「無視されておるな」

 朱雀に言われ、コチョウは腹立ち紛れに、馬鹿にするような口調の朱雀を殴り返しに行った。熱い。しかし火傷をする程の体温という訳ではなかった。もっとも、そんな体温であれば、近くにいるだけでスズネやエノハが参ってしまう。

「野蛮な妖精がいたものよ」

 たいして痛くはなかった筈だ。コチョウも本気で殴った訳でもない。朱雀は呆れたように言ったが、怒ったという風でもなかった。

「あわわわ」

 エノハだけが、コチョウのいきなりの暴力に泡を吹かんばかりに狼狽えた。神様扱いして敬っている式神が、唐突に殴られれば慄きもするだろう。無理はなかった。

「煩い鳥には躾が必要だ」

 コチョウが不機嫌に答えると、

「躾、とな。常識のない娘に言われる筋合いはないな。他人のことをとやかく言えるおぬしでもあるまいて」

 朱雀はさもおかしな冗談を聞いたとでも言うように、笑い声で応じた。全くもって食えぬ鳥だった。

「そうかよ」

 不毛だと認め、コチョウは黙った。しかし、思い返せば殴ったのは理不尽ですらないただ理由もない暴力なのは間違いなかった。コチョウはもう一度口を開き、それは詫びた。

「だが、殴ったのは謝っとく。みっともない八つ当たりだった」

「受け取っておこう」

 と、朱雀が答える。そして、前方を眺めて、短く思案の声を漏らした。

「青龍が何ぞ見つけたようだ。少し黙れと。皆、しばし会話は控えようぞ」

 朱雀が告げ、皆、声を潜めた。コチョウも流石に無言で周囲を窺う。妙な気配は感じるが、正体は掴めなかった。青龍にも判然としないらしく、止まるべきか進み続けるべきか考えあぐねた結果、結局進み続ける方を選択したようだった。

 しばらくは何も起こらなあった。妙な気配は依然感じられるが、正体を現さないのまま、時間だけが過ぎて行く。

「曲者っ」

 唐突にスズネが叫び、抜きざまに頭上を払った。同時に、青龍が体を大きくくねらせ、コチョウ達の周囲に茨の蔦のような植物を出現させて、通路の前後を薙ぎ払った。

「ぬっ」

「がっ」

 前後から短い苦悶の声が上がり、

「ちぃっ」

 頭上から全身真っ黒の衣と頭巾で正体を隠した人間然としたした者が降ってきた。スズネの剣の刃が、衣の下のチェインスーツを裂いた、耳障りな音が聞こえた。

 実際、ただの迎撃であれば避けられていたのかもしれないが、それを避けられぬようにとどめたのは、青龍やスズネよりも一瞬早く反応した白虎の力によるものだった。金属製の帷子や手甲、脛当てや額当てをあやつり、動きを鈍らせたのだ。

(しのび)です」

 スズネが告げたのは、アシハラ諸島国に伝わる職の一つだ。暗殺と諜報などを専門にしている忍者と呼ばれる連中だった。目視できたあとでも、気配がおぼろげで、ともすれば幻を目の当たりにしているような不思議な感覚があった。特殊な隠密技術の成せる業のようだ。

「こいつら、封霊石宿してるって」

 白虎から警告を受け取ったらしいエノハがコチョウに告げた。それを証立てるかのように、コチョウの前に青龍がカバーに入った。

「うむう」

 朱雀が唸る。周囲は菌類や蔦、苔に囲まれていて、炎はまずい。身動きが取れないのだ。余計なことはせず、控えているといった態度をとった。とはいえ、何もしないという訳でもなく、エノハとフェリーチェルの頭上を守った。

 周囲には植物の気が多い。領分としては青龍のフィールドだった。青龍自身はそれ程速度に自信があるといった感じではなかったが、植物を操る能力に関しては器用で、まとめて忍者共を薙ぎ払い始めた。

 だが、数が多い。何より、壁や天井を平気で伝ってくる。前後から挟撃してくる忍者共の立体的な人海戦術に、進退は窮まった。全身を止め、防戦に徹するほかなかった。

 スズネが斬った忍者も傷は浅く、一旦頭上を跳び越えて退いた。死んではいない。

 数が多いと見るや、青龍は前後の通路に蔦の壁を生やして忍者共の接近を防ぐ。丁度煙玉か何かを、コチョウ達に向けて、忍者共の一部が投げ込んで来ようとする直前だった。かろうじて蔦の壁は間に合い、玉は弾かれてこちら側には落ちてこなかった。

 勿論、青龍の対応は、壁を作っただけで終わりではない。その向こう側にさらに茨の蔦を生やして、壁を排除しようとする者達を薙ぎ貫いているような音が聞こえた。

 どれだけの忍者が襲撃してきたのかは分からないが、爪か牙のように先が鋭い蔦が通路中を埋め尽くしていると、音で分かった。当然、蔦の側面には棘も生えているのだろう。直撃を免れても、蔦の群れに潰されているような、棘に貫かれているような、不気味な音がそこら中から響き渡った。

 青龍はなかなか壁を解かず、しばらくは蔦を生やし、戻し、また生やし、を繰り返しているようだった。音が聞こえるだけで、起きていることを蔦の壁越しに見ることはできなかったが、おそらくフェリーチェル等のことを考えれば、その方が適切なのだろうとコチョウも納得した。

「心得ておるな。退いて行きよるわ」

 朱雀が感心したような声を上げる。

 その言葉に嘘はないらしく、青龍も攻撃を止めた。だが、騙し討ちが得意な連中だと言わんばかりに、なかなか壁を解かなかった。


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