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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七七話 白虎

 コチョウは冒険者達を見回した。

 座り込んでいる連中はコチョウが現れても一度失った戦意に再度火がついた様子もない。人数は多いが、コチョウが気にしておくような連中でもなかった。

 立っている連中は、やはり五人だ。

 それぞれ配色は異なるが、魔法が掛かった鎧で全身を覆っているのが三人。複雑な装飾が施されたローブ姿が二人。

 鎧姿の一人目は、ロングソードとカイトシールドといったオーソドックスな戦士だ。剣も盾も、何らかの魔法を帯びていることが分かる。鎧の色は青で、男のようだ。

 二人目は、ずんぐりとした体形をしているあたりで、一目でドワーフと分かる。ウォーハンマーとヒーターシールドで武装している。鎧は武骨な銀。首元にチェーンが見え隠れしているのは、ホーリーシンボルだろう。おそらくは神官だ。

 三人目は、ハルバードを持った女で、鎧の色は赤。青鎧の男よりも体格が大きい。剣呑な雰囲気を漂わせていて、おそらくコチョウの同類だと思えた。

 ローブ姿の一人目は、武器を持っていない。指ぬき手袋のような皮製グローブを填めている。丁度拳の打点になる場所に鋲が打たれたグローブだ。この手の装備を使用する連中は少ない。モンクと呼ばれている奴だ。ローブも裾の丈が短く、ズボンがはっきりと見えるつくりをしていた。袖も薄手で、腕の動きを妨げないようになっている。衣装の色は、袖とズボンが白、胴が黒だ。燃えるような赤髪と、矢や藪睨みの赤茶けた目が印象的な男だった。

 最後の一人は、見るからに魔術師だった。薄い水色のローブは珍しく、かなり目立っている。二足歩行の人型体系をしているが、体は体毛に覆われ、頭部は犬の耳の生えた人間と言った風だ。猫系の見た目のフェリダンと同じ獣人種で、カニダンと呼ばれている犬系の獣人種族だ。魔術師では珍しく、持っているのは杖でなく、仰々しい装飾が施された短剣だった。

 五人は申し合わせたように動いた。しかし、コチョウを襲うつもりで、ではない。五人は唐突に、他の冒険者連中を一斉に始末し始めたのだ。

「ほう」

 興味深い。コチョウはしばらく何のつもりか眺めて見ていることにした。

「え、何? どういうこと?」

 エノハが狼狽えた声を上げ、

「あちゃあ」

 フェリーチェルが呆れかえったようにため息を漏らした。

 スズネはただ茫然と眺めており、玄武と朱雀はただ静かにエノハの傍に控えていた。

 いきなりの行為に、戦意を喪失していた十余人の冒険者達は、叫びをあげることもなく絶命していく。彼等を始末する五人の手際はまさに作業で、コチョウはその迷いのなさに感心していた。

 あっさりと邪魔な負け犬共がすべて死ぬと、まだ立っている五人はコチョウを値踏みするように見据えた。

「ん? 消えないな」

 赤鎧の女が呟く。殺害した死体のことだ。オーブのシステムが停止していると伝えたところで理解はできないだろう。コチョウは教えなかった。

「邪魔じゃな」

 ドワーフが足元の死体を乱暴に蹴ってどかした。コチョウは慣れ親しんだ下卑た世界に戻って来たような愉悦を感じた。やはり自分にはこういう薄汚れた空気感が合っている。

「ご本人直々のお出迎えとあっちゃ、ゴミには退場頂かないと興が冷めるってもんだ」

 青鎧も同じように死体を蹴り飛ばした。魔術師は既にいつでも呪文が唱えられる体勢に入り、モンクは一歩下がり、虚を突くために隙を伺って矢面には立たない姿勢を見せた。鎧を着た戦士や神官が三人もいるのだ。身軽なモンクが遊撃に徹するのは理にかなっている。

「やるか」

 コチョウが嬉々として問いかけると、

「おうともさ」

 同じような調子で、青鎧が答えた。双方嬉々として戦いに臨んでおり、同類ながら利害の不一致により戦闘が避けられないということをたのしんでさえいた。

 だが、そこに。

「駄目」

 待った、の声が掛かった。

「お願いっ」

 エノハだ。コチョウが飛び出すのを阻止するように、その頭上を一枚の式札が舞った。

 低い唸り。白く、細長い体躯の虎が、コチョウの上を飛び越して、割って入った。白虎だ。

「邪魔をするな」

 コチョウが興を削がれ、不満の声を上げる。だが、エノハは引かなかった。

「白虎様が、お師匠だけはこいつらと戦っちゃ駄目だって」

 エノハの言葉に呼応するように、白虎は冒険者共に飛び掛かった。鎧姿の連中を無視して、まず、モンクを狙った。

「なんだこいつ」

 鎧姿の三人が振り向きざまに白虎を排除しようと動き、しかし、すぐに武器を落とした。

「がっ、なっ、ば、かな。まほ、う、のよろっ」

 女が狼狽えた声を上げるが、満足な言葉になっていなかった。三人はくぐもった呻きを上げ、やがてそれは苦悶の叫びに変わっていった。鎧がひしゃげて行く。当然その中身は、纏った金属の塊によって、メキメキと不吉な音を上げた。

 その間にも、ターゲットにされたモンクは、白虎の爪と牙によって引き裂かれた。当然モンクも反撃するが、人形の攻撃が、戦いに興じるつもりもない白虎に通じる筈もなかった。魔法使いはというと、呪文で応戦しようとはしたものの、いつの間にか、仕方ないという態度で再度詰め寄った朱雀によって、今度は手心なく燃やされていた。

 その様子に、冒険者達は式神に任せておけばいいと判断したらしく、エノハがコチョウの隣に並んだ。

「こいつらは対お師匠用に用意された罠だって白虎様が。他にも、何人か、いるみたい」

「何?」

 コチョウは眉根を寄せた。そんな情報はアーティファクトにもなかった。

「アーティファクトは普通に人形劇の人形として扱ってるのかも。でも他の人形にはない仕組みが内蔵されてるって白虎様がおっしゃったの」

 エノハにはそれが何なのかまでは分からないようだったが、白虎が言うことに間違いはないと考えていることは分かった。

 コチョウと違い、白虎と朱雀は、冒険者共と同じフィールドで戦うことに興味を持たない。一方的な狩りのようにその場は制圧され、結局、冒険者共はコチョウが触れることもなく制圧された。そのあとで、白虎が冒険者共の腹に食らいつき、内側から何かの塊を引っ張り出して回った。鎧を着ていた三人も、ひしゃげた板金の鎧は白虎に制御できるものであり、何の妨げにもならなかった。

 五個の塊が床に並べられる。黒っぽい色をした鉱石だった。アーティファクトに残されていたのと同じような文字で、刻印が施されている。仄かな光が明滅しており、その光を浴びると、コチョウは軽い頭痛と眩暈に襲われた。

「どういうことだ」

 額を抑えながら、コチョウが問う。白虎の代わりに、朱雀が答えた。

「封霊石という」

 コチョウも知らない名前だった。こんなものがあることは想定していなかった。

「特定の対象を封印する為のものぞ。余程創造主に恐れられたようだ。おぬしを捕える為の謂わば枷よ。おぬしが生身になろうと魂は変わらぬ。逃れられはせぬよ」

 朱雀の説明が終わると、満足したか、と言いたげに白虎は僅かに唸り、鉱石を操る力で石を砕いた。コチョウの頭痛は和らぎ、苦痛は去った。

「箱庭が封印された時に施された細工みたい。それまでもあった人形と入れ替える形で、お師匠をこの箱庭内で無力化する為の罠だって、白虎様はおっしゃってる」

 エノハはさらに説明し、コチョウはその説明に納得した。これは間違いなく、コチョウ自身が直接触れていたら大変なことになっていた。

「助かった」

 エノハに、そして、白虎に礼を言い、コチョウは引き下がった。ただ、朱雀には礼は言わない。

「お前は知ってたのか?」

 代わりに、朱雀に問い掛けた。おそらく気付いてはいなかったのだろうと感じた。

「否。それは儂の領分ではない。単に安易な殺戮は好かぬだけよ」

 朱雀は案の定、そんな心配はしていなかった。食えぬ奴だ。コチョウはどちらかと言えば朱雀の方に親近感は覚えたが、それはそれとして愉快には思わなかった。

「お前の言うことはまどろっこしい。一言で言え、一言で」

 ともあれ、状況は単純とは言えない。おそらく白虎以外に人形の体内に隠された封霊石の存在に気付ける者はいないだろう。

「エノハ、白虎は出しておけ。これはまずい」

 歯痒いが、コチョウも認める他なかった。


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