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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七五話 玄武

 地下二六層、地下二五層を抜け、また半竜族が徘徊するエリアまで戻ってきた。地下二五層には、キリヒメの残骸は残っていなかった。どうやらアーティファクトによって回収されたらしい。スズネやエノハは少し寂しそうにしていたが、同時にどこかほっとしているようでもあった。

 地下二四層を進む。降りてきた時とは違い、スズネが戦力になることが分かっているうえ、コチョウも本来のパフォーマンスを存分に発揮できる状態だ。ボスを倒されたことを根に持っているのか、半竜族共がペットを引き連れ繰り返し襲ってきたが、問題になることはなかった。エノハの力は地下一四層でフルに必要になることが分かり切っている為、基本的に温存の方向でコチョウ達の意見は一致していた。ただ戦闘するだけなら、コチョウとスズネの二人で十分戦力は足りていた。

「体が軽いです」

 と、スズネは喜んでいた。それはコチョウも感じる。やはり生身というのは、何処か自分らしく、かつ、指先や爪先といった末端まで力が漲っているような、生気とでも言うべき活力を感じるものだった。良いものだ。

 半竜族共の襲撃は多いが、統制が取れているとは言い難い。個々のグループが、グループ間の連携を意識していることもなく、勝手に襲ってきているようだった。大群で連携をとって包囲されていたら面倒だったかもしれないが、ボスを失った群れなどこんなものなのかもしれない。烏合の衆に等しかった。

 地下二三層、地下二二層と、階層を登って行く毎に、敵は弱くなっていく。地下二四層ですらコチョウとスズネの二人で蹴散らせる程でしかなかった為、地下二〇層を過ぎる頃には、スズネ一人に任せても問題ないという状況にまでなった。襲ってくる敵は、半竜族ではなく、もっぱら半魔神に変わっていた。

「お師匠さまは冒険者達を蹴散らす時まで力を温存ください」

 スズネがそう言って笑うので、コチョウは体よく面倒をスズネに押し付け、楽をさせてもらうことにした。

「強くて羨ましい」

 フェリーチェルは言うが、コチョウは彼女に経験を分ける気にはならなかった。スズネやエノハは曲がりなりにも基礎鍛錬くらいはもともとできていたが、フェリーチェルにはその素養すらない。逆に言えば、基礎ができているスズネやエノハですら、経験を分け始めた時は酷い力酔いで不調を訴えたほどなのだ。それこそフェリーチェルに経験を流し込もうものならば、強制的に流し込まれた強さを受け止めきれず、ショック死しかねなかった。経験を分け与えられるといっても、万能とはいかないのだ。

「こいつらは半人前だったが、お前は素人だ。私にお前を鍛えてやるつもりはない」

 スズネが半竜族と切り結んでいる後ろの方で呑気に話しているコチョウとフェリーチェルに、

「温存してくださいとは申しましたが、そこまで寛がれると、スズネもやるせないです」

 振り向きはしなかったが、スズネはそんな風に、若干やさぐれたような不平を零した。

「虐殺しながら言う台詞でもない」

 コチョウは笑いながら答えた。一刀必殺の剣を振るうスズネは、斬れば斬る程、まさに触れるものすべてを斬り裂く刃の如く鋭さを増していく。

「ちょっと怖いよ」

 スズネとの付き合いが長いエノハですら、若干怖がっていた。もっとも、式神を出させたら、エノハも似たようなことになる筈だった。青龍、朱雀、玄武、白虎は、多少の食い合わせはあるだろうが、そのくらいの強さはありそうだった。

「まだ冒険者の気配はないね」

 それはそうと、といった様子で、エノハが口にする。スズネも、

「そのようです」

 と、同じ意見であることを認めた。戦闘は終わったようだ。半魔神五体相手に傷一つ負っていない。立ち居振る舞いも様になってきたものだ。

「人形共にはちと骨が折れる相手だろう」

 コチョウもその見解は否定しない。だが、気を抜いてはいなかった。

「もっともそろそろ最初の遭遇があるかもしれんが。早ければ早い程、手強いってことだ」

 それは間違いなかった。コチョウ達は敵が強い方から弱い方へ逆走しているのだ。遭遇が早いということは、その冒険者共の探索が進んでいることを意味している。

 それ程歩いた訳ではないというのに、スズネが刀を鳴らした。スズネはずっと刀を鞘に戻していない。それだけ連戦が続いているということだった。

 現れたのは、血走った眼をした魔狼を数匹従えた、四人からなる半魔神のグループだった。まだこちらに気付いていないことを察したスズネが、先手を打って強襲し、あっという間に一網打尽に斬り伏せてしまった。

 地下一九層を過ぎる頃には、敵を蹴散らすのにもスズネが慣れてきたのか、敵の接近に足を止めることもなくなった。先に進みながら撃退するので、階層の踏破の速度も上がる。敵がどんどん弱い個体になっていっているのもあるのだろう。接近が分かりやすく、周囲を窺いながら慎重に進むまでもなく、普通に歩いていれば敵に対処できるレベルになってきていた。

 それでも休息は繰り返しとる必要はあった。こればかりは戦闘での消耗とは無関係で、つまるところは、コチョウ、スズネ、エノハの三人の体力はもつが、フェリーチェルの体力がもたないという問題だった。

「ふう、ふう」

 地下一七層まで戻ってきたコチョウ達は、何度目かの休息をとったが、そこで、ついにフェリーチェルがグロッキー状態であることを露にした。息は上がり、床にへたり込んで嘔吐(えず)いている。こまめに休息したとしても、疲労は蓄積していく。フェリーチェルはただ一人素人なのだ。他の三人の体力について行けなくても無理はなかった。

 最早話す気力もないといった具合に、ほとんど四つん這いに近い姿勢で手を付いている。何かを訴えたげだったが、疲れ果て、言葉にならないようだった。

「途中までは階段だけだったとはいえ、一気に三三層も上がったんだ。普通はこうなる」

 コチョウはスズネとエノハに告げた。勿論体力は有り余っている。一人で戦っていたスズネには若干の疲労の色が見えたが、エノハもそこまで疲れているようには見えなかった。

「お前等の体力もいよいよ化け物染みてきたってことだ」

 そんな風にコチョウが茶化すと、

「化け物は心外です」

 スズネは気を悪くしたようだった。エノハはどっちつかずな顔で笑った。エノハも自分達の体力が異常だという自覚が芽生えて来ていたのかもしれなかった。

「でも歩いてるだけだと、ちょっと退屈かも」

 エノハはむしろ、退屈さを訴えかけた。コチョウは笑い、

「大人しく言うことを聞くばかりが人生じゃないぞ」

 こっそり教えるように言い返した。エノハは比較的指示に素直だ。素直すぎるところがある。もう少し前面に出るくらいの気骨はあってもいいかもしれないと、コチョウも感じていた。

「あ、そっか。お師匠だって人の言うことなんか、ほとんど聞かないもんね」

 そんな人の指示を律儀に守る方が馬鹿馬鹿しいのかもしれないと、エノハも思い直したようだった。それでも過度に消耗すれば口汚く罵られることは覚悟しなければならないのだろうと分かっている目で、エノハは頷いた。

「時々、こっそりくらいは、いいよね」

 そう呟いてから、

「あ」

 と、声を上げた。式札を一枚取り出し、

「玄武様」

 式神を唐突に呼び出した。玄武は、蛇を体に巻き付けた大亀で、亀というには四肢が長く、動きものそのそといった感じではなく、比較的歩みは速かった。気配はやや荒々しくも、同時に、澄み切った泉のような清らかさを伴っていて、コチョウですら、成程神々しい、と内心認める程だった。

「玄武様、フェリーチェルを乗せてあげていただいけないですか?」

 エノハが聞くと、甲羅に巻き付いた蛇が、丁度フェリーチェルが上に寝そべるのに丁度いいスペースを開けた。コチョウ達に分かる人語を話すことはなかったが、明らかに、乗せてあげなさい、という態度だった。

「ありがとうございます」

 エノハがフェリーチェルを両手で救いあげるように玄武の甲羅に寝かせる。甲羅から転がり落ちないようにの配慮だろうか。蛇がフェリーチェルの体を包み込むように支えた。玄武が体を揺するような動作をして、体全体が淡く光る。清水のような清々しい冷気があたりに広がった。

「ああああ」

 ひくく、フェリーチェルが、生き返ったようなため息に似た声を上げた。親父臭い、思わずコチョウの内心にそんな言葉が浮かんだ。

「ひんやりして気持ちいい……」

 それは間違いなかった。周囲にいても分かるくらいなのだから、甲羅の上で間近で浴びたなら相当の効果を感じたことだろう。

 文字通り、疲れが洗い流されるようだった。


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