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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七四話 虚実

 地下二六層の街の中には、コチョウが壊して回った人形の残骸はひとつも残っていなかった。劇中の邪魔になる為、死んだとされる人形は、アーティファクトにより回収される仕組みになっているのだ。劇から取り除かれた人形の行先は地下四八層であることも、コチョウは既に知っている。そこに箱庭世界のリセット待ちの人形の保管施設があるのだ。

 もっとも、回収システムも既に機能していない。コチョウが止めた機能の一つだからだ。これからは、死体は死体として、誰かが片付けなければ劇から自動的に取り除かれることはない。

「ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか、お師匠さま」

 先頭を飛ぶコチョウに、やや遅れて続くスズネが声を掛ける。コチョウは振り向きもせず、許可を出す代わりに、短く笑った。

「ああ。もう師弟ごっこは終わりで良いぞ。もう、お前等が何処で死のうが興味はない」

 呪いは解いたし、コチョウがスズネとエノハに死なれては困る状況は、解消された。もともと弟子をとる程高尚な訳でもない。まだ二人に経験を分ける関係は解消していないが、それもコチョウの一存でいつでも解除できた。ただわざわざ解除するのが面倒だったのでそのままにしているだけだ。

「あ、そうですね。……では、そのあとにもついて行くかは勝手にしろと仰せでしたので、スズネは、勝手ながら、今後もお師匠さまと仰がせていただきますね」

 スズネはそのままで良いと、明言した。それなら勝手にすればいい。コチョウもやめろとは言わなかった。

「わたしはどうしようかな。でも、なんか、口に馴染んじゃったな、お師匠」

 エノハも、そう言って笑っただけだった。コチョウからすれば、揃いも揃って酔狂な奴等だとしか思わなかった。

「お前等がどう思うと勝手だが、私は面倒を見ないからな」

 これまで面倒をちゃんと見たのかと言われれば、コチョウにそのつもりもない。それでも最低限度戦えるところまで経験を分けてやって来ただけでも敬われてしかるべきだとは思っている。だが、ついてくるつもりであるのなら、経験を分けてやる関係は解消すべきでないと決断した。足手纏いは迷惑だ。いずれ解消するにせよ今ではない。

「そうは重々承知しております、お師匠さま」

 スズネにも、だんだん扱いに慣れられてきている気がしてなかった。コチョウは面白くなかったが、そのことに文句を言う小物臭い所業に出ることはもっと我慢ならなかったから、言い返しはしなかった。

「それで、聞きたいことってのは?」

 舌打ちが出る。気分が悪い会話を終わりにする為に、コチョウは話を戻した。

「ええ。魔神ヌルについてです。第六世代の人形とあの魔神が結託していたという割に、お師匠さまを見て、ヌルがまったく無反応だったのは何故でしょう。スズネには、不思議に思えてなりません」

 スズネの疑問はもっともだ。コチョウもその違和感を指摘されない限り話すつもりがなかっただけで、理由は分かっていた。箱庭の真実についてヌルの記憶をコチョウが受け付けないようにブロックされていた、第六世代の人形による周到な制限が解除された時に、コチョウも違和感を覚えたと同時に、その違和感の回答も流れ込んできた。

「もし話が通じるとして、お前に蟻の区別がつくか?」

 それだけのことだ。ヌルにとって第六世代の人形は、対等などでは決してなく、とるに足らない箱庭世界内の人形の一つに過ぎなかったのだ。コチョウ風に言えば、興味がなかった、という奴だった。第六世代の人形は、アーティファクトの存在について理解はしていたがそれだけで、自分でそこまで辿り着く力はおろか、世界の休眠に反して動く力も持ち合わせていなかったのだ。ヌルに情報を提供する以外に出来ることはなく、逆に言えば、ヌルからすれば、情報さえ手に入ってしまえば、もはや協力の必要もない、何の価値もない存在でしかなかった。

「第六世代の人形にこれといった力がなかったことは、私にとって幸いだった」

 でなければヌルはもっとコチョウに警戒していたことだろう。もっとも、あの迷路が魂の階層だったことも幸いだったのもある。コチョウには第六世代の人形の自覚も記憶もなく、あの場ではただコチョウとして対決した。だから第六世代の人形と、コチョウというフェアリーの魂が、ヌルには同じものとして認識されなかった。

「だが、そこから分かることもある」

 コチョウはその話をそれだけのことでは終わらせなかった。重要なことだ。

「例えばお前の魂が、スズネ役の人形のものか、あるいは、スズネって役の物かって話だ」

 答えは単純だ。

「この世界の中では間違いなくお前の魂はスズネの物だ。私の言いたいことは分かるか?」

「ええと、現実世界に出ても、わたしはエノハで、スズネはスズネ、お師匠はお師匠ってこと?」

 エノハはそう理解したようだった。概ね合っている。厳密にはそれだけではないが。

「私達はもう人形じゃないってことだ。箱庭世界に入り込んだ実在の人物と思えばいい」

「何か違うのですか?」

 スズネは聞き捨てならないといった風に聞き返した。何か問題なのであれば理解しておかねばならない、そう考えたようだった。

「全く違う。まず、お前等はもう、スズネの物語に登場するスズネでもエノハでもない」

 物語から解放されたというだけでなく、アーティファクトで状態が制御されないということを意味している。

「覚えてるか? 魔竜族のボスは私の魔法の設置魔法を無傷で踏み潰しただろ?」

 今となってはあれば耐性で弾いたのではなかった。あの時はまだコチョウは演劇の世界の創作人物でしかなく、使う術も演劇内の演出でしかない。実在のモンスターであれば、そのまやかしを破るだけで良かったのだ。

「私達も現状では一緒だ。生のモンスターの攻撃や術は防げないが、冒険者連中、つまり」

 と、コチョウは語った。

「人形共の使う術は皆まやかしだと思えば良い。そうすれば私達に効きはしない」

「ですが、スズネの刀でも、斬れましたよ?」

 スズネは不思議そうに首を捻った。そこが難しいところだ。コチョウはまた笑った。

「忘れたか。あれはヌルの力で私が造った刀だ。ヌルの力は……現実だ」

 そして、経験はほぼすべて、本物のモンスターから奪ったものだ。虚実が混在し、実在と幻想が混在する中で、知らず正解を掴み取っていたのだ。

「追ってきてる連中は、階層を進むごとに、自分達の武具や技が、効果がない現実に直面することになる。低能で幻影を幻影と区別できない下等なモンスターには通用するだろうが、知能を持つ高等なモンスターに、冒険者連中の攻撃は通じない」

 コチョウはもっぱら自分の素手とモンスターから奪った能力に頼ってきた。呪文の効きが悪かったからだが、その原因がまさか呪文が劇中の幻想にすぎなかったからという理屈までは、思いもしていなかった。だが、転換点があった。ヌルを吸収したことで、コチョウは現実の力を手に入れたのだ。

 それでも魔女に苦戦したのは、あの時点ではまだコチョウが箱庭世界の中の人形の一人に過ぎず、アーティファクトの影響下にあった為だった。本物ではないコチョウには、まだ、魔女の力を虚構と跳ね除ける能力はなかったのだ。本物の力と、本物の存在が揃って、初めてアーティファクトに制御される人形劇の中から脱却できた。

「でも、青龍様の力は……」

 エノハが言いかけ、やめる。エノハの新しい式神の力は地下一四層以下のモンスター共にも通じたことだろう。答えに自分で気付いたようだ。

「……劇中の存在とかじゃなく……それじゃ本物?」

「そうなる」

 コチョウは頷いた。逆に言えば。

「現実世界に出た時には、もともと持ってた式神は、もう呼べん恐れがあった」

 その言葉に、エノハが表情を凍らせる。ハルツゲやシオサイとは別離になるのかもしれないのだから当然だ。

「心配するな。お前が使う術は、今はすべて現実だ。問題なくあっちでも呼べる」

 いくつかの条件はある。自分の能力として紐づいているものだが、劇中の存在を取り込んで、その力を引き出しているだけという場合には、消滅することになる。コチョウの中の女神の力がそれにあたった。

「それと勘違いするな。私達が無敵って訳じゃない」

 と、コチョウは警告する。

「熱いと思えば火傷もするし、燃えてると思えば焼けもする。斬られたと思えば腕もとぶ」

 つまりは、本物ではないと弾き返せる精神力がなければ、劇の中の幻影に飲まれるということだった。一度飲まれてしまえば、今まで通り、対等のフィールドで勝負することになるのだ。

「お前等は心が弱いからな。全部は跳ね返せない筈だ。一方的な無双ができるとは思うな」

 それこそ、すべてを一笑に付せるのは、コチョウくらい頭がどうかしていなければならないだろう。スズネとエノハは、頷いた。


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