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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七〇話 決意

 静かに目を閉じたあと、フェリーチェルが再び目を開けた時、彼女はコチョウを見ていた。

「やっぱりこうなっちゃった」

 分かっていたよね、という表情だった。

「やっぱりこうなるのか」

 コチョウも頷いた。そんなことだろうとは、彼女も想定していたのだ。さて困った、覚悟の時間だ。二人は同時に笑った。

 そんな二人をしばらく声を掛けることを躊躇いながら眺めていたエノハが、コチョウを見た。

「何とかならないの? お師匠」

 その目に浮かんでいたのは怒り。知っていたのだろうと、気付いていたのだろうと、責めるような眼差しには、しかし、コチョウが何かの理由を抱えてそうしているのだと信じたいという感情も混じっていた。

「なるさ。なるが……それは私の価値観の内なら解決に含まれるって話だ」

 コチョウは弁解もせずに笑った。

「しかし、私の問題じゃない。フェリーチェルは、それを解決として受け入れない」

 忌々しいことに。しかし理解もできていた。多くの人はそれを解決とは呼ばないだろう。

「こいつに許された選択肢はふたつなんだ。現状を諦め、人形として残るか」

 コチョウであっても気が重い宣告だった。不幸はフェリーチェルという人物にしっかりと根ざしてしまっている。それを根こそぎ除去するのであれば、方法は一つだった。

「フェリーチェルを諦め、全く別の本物を手に入れるか」

 沈黙。その言葉に答える者はいなかった。フェリーチェルのため息交じりの苦笑いだけが、コチョウに答えた。

「結局は受け入れるしかないのにな」

「分かってる。分かってるよそんなこと。でも誰になればいいの? あなたに聞いてもどうせ、知るかよ、しか言わないでしょ?」

「そりゃそうだ。お前にしか決められんだろ」

 コチョウでも人の意志は縛れない。フェリーチェルのことをコチョウが決めてやる道理もない。

「……例えば、願えば魔神になれたりとかするのかな?」

 フェリーチェルは、本気とは思えない口調でコチョウに聞いた。

「魔神化に耐えられればな。耐えられるかは、やってみなけりゃ分からん」

 コチョウは曖昧な答えを口にした。勿論本気になどしていない。とはいえ、フェリーチェルの突然の言葉に、疑問を抱かなかった訳でもなかった。

「何でまたそんな酔狂な質問を」

「うーん。強いて言えば、あなたに対抗する為、かな。現実に出たら、あなたまた殺すでしょう? それが分かってて、放っておいていいのかなって」

 フェリーチェルは笑ったが、コチョウにはあまり面白い話とは思えなかった。軽くため息をつくと、

「お前が? 私に対抗だと?」

 できるものかよ、と呟いた。性格的な問題でできないのではない。一部それも含まれはするが、どう考えてもフェリーチェルは荒事に致命的に向いていない。魔神化したとして、コチョウに拮抗できる力を得るとは思えなかったのだ。

「不可能なことを言うな。馬鹿馬鹿しい」

 そんなフェリーチェルに止められる程、腑抜けたと思われているのであれば、流石にそれは、コチョウには心外なことだった。

「そもそもそんな考えならやめとけ。思うような結果にはならん」

 フェリーチェルを捨てるということはそういうことだ。人格、記憶、どこまで今のままでいられるかも怪しい。

「だよね。……困っちゃうなあ。どうなっちゃうのかさえ、分かんないんだよね?」

 フェリーチェルは真面目な顔になり、困り果てた声になった。フェリーチェルを捨てるということが怖いのではなかった。自分がその後、どんな風になるのかの想像もつかないことが怖いのだった。

「種族と性別くらいは決められる。あとは、そうだな、やってみないとまったく分からん」

「一番最悪のケースだと、全くの別人で、不幸だけ残るってことも……」

 フェリーチェルが身震いする。考えたくないことなのだ。

「それはない。不幸体質は捨てさせる。それが残るんじゃ、やる意味がない」

 だが、コチョウは、フェリーチェルが抱えた不幸体質を消す為に必要な行為で、確かに新たに不幸体質を背負い込む可能性はないとは言えないが、フェリーチェル程、強制的に不幸な方へ転がるという、ある意味での特異な能力をもつことはあり得ない。マイナス方向ではあるが、フェリーチェルの不幸の星は、突き抜けた才能でもあった。そんな余計な才能など、二つはない。人形劇の中だから存在している能力と言っていい筈だ。

「その才能だけ消すことはできないのですか」

 できない理由が分からないという顔で、ピリネが口を挟んだ。同じ妖精種族として、フェリーチェルを哀れんでいるようだった。深い同情の気持ちが視線に表れている。

「できるならこんな鬱陶しい状況になる前にさっさと終わらせてる」

 それこそ面白くもない問いだ。コチョウは怒ったように言い返した。フェリーチェルがとことん不幸なのはもう、監獄で会ってからずっと見てきている、分かり切ったことだ。フェリーチェルだけが未来を掴めないなど、それこそあって当然のことで、思い当たらない筈もなかった。

「こいつが不幸なのは分かってる。こういう事態を想定してないとしたら、私は間抜けだ」

 それ以上詳しく答えるつもりはなかった。コチョウが言えた話ではなかったからだ。しかし、エノハが余計な一言を言って、会話を継続させてしまった。

「お師匠、ちょっと理不尽すぎない? 何をそんなに怒ってるの?」

 こいつは。コチョウは舌打ちした。こういう時に頼りになるのは決まってフェリーチェルだが、たまにはいい気味だと言わんばかりに、意地の悪い笑みを浮かべているだけだった。

「私が言うなって話だからだよ」

 ぶっきらぼうに答えたコチョウは、腕組みし、皆から視線を逸らした。本気でそれ以上話すのが嫌だった。正直を言ってそんな態度をとらなければならないこと自体が我慢ならなかったが、それよりも、自分のキャラクターに合わない意見が頭の中を巡るのが、何より腹立たしかった。

「全然分からないよ、お師匠」

 エノハに文句を言われるのも腹立たしい。コチョウは大きな声を張り上げた。

「そんな方法があるならフェリーチェルがあんな顔する前に使ってやれって話だアホが!」

 まったく面白くない。コチョウは、こんな言葉は、二度と口にしたくないと嘆いた。

「分かってたのに言われるまでやらないのは馬鹿だ。今後一切頭は使うな。危ない」

 コチョウはまずそう言って、エノハを見た。

「そんなの先に分からないってなら最悪が想定できない観察力と想像力が足りん阿呆だ」

 次に、そう告げて、スズネを見た。

「他人が先にできなかったからと言って、馬鹿にしたり責めたりするのは屑のすることだ」

 それから二人を見て、コチョウはため息をついた。

「自分には甘えるな。他人のことはほっといてやれ。私みたいな屑になりたくないだろ?」

 最後に、フェリーチェルを見る。フェリーチェルはコチョウに苦笑いを返したが、その目は労わるようでもあった。

「決めた。私はフェリーチェルを捨てるよ。あなたがそこまで考えてくれてるって分かったら、私が、自分に閉じこもっちゃ駄目だって気分になった。ありがとね、コチョウ」

「やめろ」

 コチョウは相変わらず礼を言われるのが苦手だった。慣れることもないし、慣れるつもりもない。

「それで、すぐやれるの? 準備とか必要?」

 フェリーチェルはコチョウの様子を笑ってから、すぐに話を戻した。気持ちが揺らがないうちに済ませてしまいたかったからだった。コチョウにもそれは理解できる考えだった。やはり自分を捨てるということは、並大抵の決断ではない。

「すぐにやろう。たいしてやることは変わらん。ただ、何をするかを、先に説明しとく」

 コチョウは、これから行われる行為がどんなものかを、フェリーチェルも納得しておく必要があると考えた。少しでも迷いがあれば、得体のしれない何かに変貌するかもしれない。やってみないことには、何が起きるか分からないのだ。

「まずはお前をただのまっさらな人形に戻す。その次に、まっさらな人形を本物に変える」

 役を解除し、誰でもない第五世代の人形に戻すことで、フェリーチェルは消え、それによってフェリーチェルの名前に覆い被さった不幸から、フェリーチェルだった人形は解放される。それでその人形にも現実世界が見えるようになると言った寸法だった。

「分かった。お願い」

 フェリーチェルは頷いた。彼女は覚悟を決めた顔をしていて、口の中で、小さく呟いた。

「ばいばい、フェリーチェル」

 そして、もう一度コチョウを見て。

「やってみよう」

 そう告げたのだった。声に迷いはなかった。


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