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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第七話 暴虐

 頭から大量に浴びた液体と看守の返り血で濡れたコチョウの体は、土壁のところどころに掛けられた松明の炎に照らされ、不気味な色に光っているかのようだった。彼女は汚れた自分の体を気にすることもなく、自分が囚われていた部屋を出た。

 小部屋を出ると、氷結した通路が続いている。凍えそうな程寒い訳だ。しかしその氷は自然なものではなく、モンスターが、洞窟を自分の住処に適した環境にする為に凍らせたものだということを、コチョウもすぐに理解した。通路が小さな円形の小部屋に繋がっていて、彼女がそう理解するのに十分な根拠が得られたのだ。

 そこは部屋の半分が凍った金属板で仕切られた場所になっていて、金属板の上の方にある鉄格子が嵌った小窓から向こう側が覗けた。コチョウが気になって確かめると、アイスウルフが閉じ込められていた。アイスブレスを吹く狼の魔獣だ。アイスブレスはコチョウもまだ会得していない。手頃だ、とコチョウはほくそ笑んだ。

 鉄格子は狭いが、フェアリーの彼女が抜けられない程ではない。本調子ではない今の彼女でも、アイスウルフ程度であれば強敵とは言えない。どうにでもなると彼女は判断して、小窓を潜り抜けた。

 アイスウルフは狼だけあり、優れた嗅覚を持っている。血やマスタードの匂いが纏わりついたコチョウに気付かない筈がなかった。とはいえ、そもそものスピードが違う。真正面からのぶつかり合いでも、コチョウには負ける気はしなかった。危なげなく狼のブレスを避け、コチョウはそれを目くらましに距離を詰めると、そのまま一気に勝負を決めた。狼の首が転がり、コチョウは新たに、アイスブレスの経験を得た。ブレスは魔法でない為、何かと役に立つ。思わぬ儲けものをしたと、こんな場所にぶち込まれる羽目になったのも悪いことではなかったと少しだけ気分が晴れた。

 再度小窓を潜り抜けると、コチョウは通路の先から複数の話し声が聞こえてくることに気付いた。看守が金を出せば囚人も自由にできると言っていた。そうなると監獄内には相当数の者達がうろついていることになるのだろう。

 避けて通るのと、片っ端から倒して通るのと、どちらが面倒臭くないかを考える。コチョウは、結局、堂々と出て行って倒した方が楽、という結論に至った。

 通路を進むと、その先は大きな部屋になっているようだった。話し声はそこから聞こえていて、男の声も、女の声も混じっていることが分かった。通路から見える壁は赤々とゆらめくように照らされていて、部屋の中で焚火が燃やされているらしいことが見て取れた。

 酒の匂いがする。飲んでいるのは、看守達か。囚人達か。両方の可能性も、コチョウは考えた。とにかく、十人よりは少ない少人数であることは間違いなさそうだった。

「そろそろ吐いてるかもしれねェな」

 太い男の声が言った。

「随分持ってるらしいわよね。あやかりたいもんだねェ」

 女の声が答える。気色悪いくらいに艶っぽい声だ。話の内容は、その二人の声だけで、コチョウにもだいたい想像がついた。囚人にしろ、看守にしろ、奴等も屑に違いない。

 コチョウは、遠慮せずに部屋に飛び込んだ。通路は部屋の隅に通じていて、丁度、暗がりから彼女が飛び出すような格好になった。

 連中は、焚火を囲んでジョッキを呷っていた。皆、ボロボロの皮の服を着ている。女達は胸と腰回りだけを覆っていて、男たちは腰回りだけを覆っている。男、四、女、三。たいした人数ではない。まるで囚人というよりも山賊だ。少なくとも、看守には見えなかった。

「おい」

 コチョウの正面からこちらを見ている床に座り込んで酒を飲んでいた人間の男が勢いよく立ち上がり、警告の声を上げた。

「奴だ!」

 その声が部屋に響いた時には、既にコチョウはファイアブレスでこちらに背中を向けている男と、両脇の男一人、女一人を纏めて焼いていた。そいつらは絶叫を上げ、焼け焦げて動かなくなった。死体は消えない。冒険者でも重罪を犯した犯罪者でもないようだ。

 残りは、男、二、女、二。男は人間とドワーフ、女は両方とも人間のようだった。男達と女一人は立ち上がっているが、手直にいる女は、身を捻って振り返っているばかりで、起き上がることができていなかった。コチョウは、そいつを狙った。

「待ってくれ!」

 そいつは、地べたを這いずるように、コチョウに向き直る。やはり、立ち上がるという考えまでは至らないようだった。

「あ、あたいは、あんたとやり合うつもりなんかない! 勝手に暴れても良いから、あたいは見逃しておくれよ!」

 肌の汚い、不潔な女だった。長いこと髪を洗っていないようにぼさぼさで、光沢のない黒髪は炭を塗りたくったようだった。

 他の三人も立ち上がりはしたが、どう見ても武器は持っていない。コチョウに襲われて身を守れる備えがありそうには見えなかった。だからか、襲ってくるどころか、逃げ腰だった。

「お前等は?」

 コチョウはひとまず襲うのを止め、他の三人に視線を向けた。三人は激しく頭を振った。

「とんでもねえ。俺はあんたに従うぜ」

 ドワーフの男が答える。まさしく、プライドの欠片も感じない、媚びるような不快な声だった。

「お前は死ね」

 コチョウは瞬時に、そいつの首は刎ねた。ただ不快だったからだった。そいつの死体は首と胴体が分かれるなり、消えた。どうやら冒険者だったらしい。

「おべんちゃらはいらない。敵か、敵じゃないか。それだけ答えろ」

 他に二人に、彼女は警告した。ドワーフの返り血も浴び、コチョウの全身は、一層血の色に染まった。

「俺は死にたくない」

 唯一残った男が答えた。襲うつもりはないと示すように、床に座り直した。

「あたしもだ」

 最後の一人である、ねちっこい声の女も同じように答えた。赤髪の、背の高い女だった。

「お前か。私の金貨を狙っていたな」

 コチョウが鼻を鳴らす。あやかりたい、と話していた声だったからだ。

「じょ、冗談さ。本気におしでないよ」

 女は慌てたように弁解の言葉を口にしたが。その言動は、むしろコチョウの気に障っただけに終わった。

「お前、ちょっと気持ち悪い」

 そう吐き捨て、そいつの首も、コチョウは刎ねた。死体は消えなかった。

「さあて、お前達。出口はどっちだ? 教えてくれれば見逃してやる」

 残った二人に、コチョウは尋ねたが、その時には、いつの間にか一番先に見逃がした女は既にいなくなっていた。隙を見て逃げたのだ。忌々しい思いで、

「気が変わった」

 その場にいた、最後の生き残りの男の首も、結局、コチョウは刎ねて飛ばした。そいつの死体は、消えた。

 逃げた女を探す為、コチョウは部屋を出ることにした。部屋からは四方に通路が伸びている。一方はコチョウが来た道で、戻っても仕方がない。丁度その通路から右手に延びる通路の方から、ペタペタと遠ざかっていく騒々しい足音が聞こえてきていた。素足の足音だった。コチョウはその通路に飛び込んだ。

 通路はすぐに左に折れており、その先のすぐの小部屋に、看守が二人立っていた。コチョウは飛びスピードを緩めず、

「あっ」

 と、コチョウに気付いた看守の一人が声を上げた瞬間には、その間を通り抜けていた。コチョウが小部屋を照らす松明の明かりの範囲から消え、暗闇に姿が溶けると、思い出したかのように、看守達の首が、床に落ちた。首を失った二つの胴体は、折り重なるように倒れた。

 コチョウはすぐに足音の主に追いついたが、また別の男が、逃げた女を庇うように立っていた。人間にしてはあまりに大柄で大木のような手足は、見るからに筋肉の塊だった。ハーフジャイアントだった。通路を塞ぐように立ち、傍らには、粗雑な木製の棍棒が立てかけられている。ハーフジャイアントの男はコチョウを睨みつけて、唸るように言った。

「随分と好き勝手殺してくれてるじゃねえか」

 服はやはり粗末な皮の衣だが、他の男達とは違い、上半身も覆える、曲がりなりにも服に見えるものを纏っていた。右目のあたりに、縦に走る大きな傷跡があり、いかつい容貌を、更に威圧的なものに見せていた。こんな場所だ。囚人達にも山賊ばりの序列があるだろう。おそらくボス格だと、コチョウは考えるまでもなく納得した。

「連中には命ってやつが贅沢すぎただけだろ」

「はは、違いねえや。弱いのが悪い。おめえみたいなちっこいのも、それだ」

 ハーフ・ジャイアントの男が棍棒を担ぎ上げ、いきなりコチョウに向かって振り下ろした。コチョウは面倒臭いと思いながら、そのひと振りに手刀を合わせて、叩き折った。

「悪いが、見た目通りじゃない」

 コチョウは、だが、男の首は狙わなかった。


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