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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六八話 本物

 平然とフェリーチェル達に話すコチョウだったが、その実、内心は不快な怒りに燃えていた。

 コチョウと、明らかに失敗作である、第六世代の狂った人形が同一であるかといえば、間違いなく否だった。コチョウのパーソナリティーは、第六世代の人形によって創作されたもので、自然に生まれた形ある生命に紐づかない人格という意味では、フェリーチェル達と何ら変わりはない。その結果、第六世代の人形の望みが叶えられようと、状況が推移していることがまったく面白くなかった。

 だいいち、コチョウの認知能力は、それを作りだした第六世代の人形自身によって制限されていた。ダークハートの深淵のすべてをヌルは知っていたし、何なら、この世界が人形劇の為の箱庭で、ここで生まれ、生きていると思い込んでいる者達が、現実には人形であることさえ知っていた。ダークハートの深淵の地下二六層以降のことを、ヌルが知らなかったのではなかった。ヌルが知っていたということを含め、それを認識できないように、コチョウの人格の方が弄られていたのだった。自分の目で、ウィザードブックを確かめるまで、その知識に触れられないようになっていたのだ。それは、皮肉なことに、ウィザードブックを読んだ今だからこそ気付けることだった。

 つまり、ここで、“コチョウ”は“第六世代の人形”に還るつもりだったのだ。それが、ある意味では、第六世代の人形によって描かれた、コチョウの物語の筋書きといえた。

 だからこそ。

「時間をやる。自分達の物語を読め」

 コチョウにも、考える時間が必要だった。

 コチョウに促された皆は、それぞれに関連する物語の台本を手に取り、眺めはじめた。アーティファクトそのものに書かれた文字とは異なり、台本は皆にも読める文字で記されている。台本の内容は、演じる人形達にも理解できなければ困るが、アーティファクトそのものは、逆に、人形達に理解されては困るものだったからだ。台本が皆にも読める理由は、コチョウだけが理解していた。

 エノハは、スズネの最初の話である、旅の始まりの台本を眺め、自分の出番があまりにも少ないことにショックを受けている様子だった。だが、思い当たる節はあるようで、アシハラを離れたあとの記憶が、ところどころ曖昧であることを、自覚したようでもあった。

 スズネは、ピリネやゴーファスと共に、ピリネ達との話が書かれた台本を数ページ捲っただけで、居た堪れないように顔を合わせて台本を閉じてしまった。

「お返しいたします。もう十分に……」

 と、頭を振るスズネだったが、

「多分分かってない。ちゃんと読め」

 コチョウは冷たく言い返し、受け取らなかった。

 フェリーチェルは、台本が、彼女がもつのには大きすぎた為、床に置いたまま、じっくりと一ページ一ページ読み耽った。思い出す光景が多すぎるのか、たまに目を閉じて、目頭を手で抑えていた。万感の思いという奴ではない。只悲しそうだった。それがすべて造られたシーンでしかなかったというのが、彼女の心に冷たく突き刺さっているのだ。コチョウにはその思いが理解できない。見ない振りをした。

「あの」

 コチョウの言葉の意味が分からなかったのか、スズネが問いかけた。ピリネやゴーファスも、難しい顔をしている。よく読んでいない証拠だとコチョウは苦笑いした。

「主には、お前達が出会った地下神殿だ。台本に載ってる名前を、もう一度よく見てみろ」

 コチョウに言われて、慌てて三人が顔を寄せあわせるように、台本を覗き込む。エノハも気になったのか、自分がもっていた台本を閉じ、それに参加した。

「レノモスの……地下神殿?」

 台本にはその場所は、そう記載されていた。

「そうだ。どの物語にも、ダークハートの深淵などという地下迷宮は出てこない」

 コチョウは頷いた。地下二六層以降がセットの集まりではなかった。ダークハートの深淵というのは、すべてがセットだったのだ。

「アイアンリバーにあるのは、全四層からなる、アイアンリバーの廃坑だ」

 つまり、地下一層から地下四層までが、そのまま迷宮として存在するものであり、その為、地下五層からは様相が全く異なる迷宮になっていたのだ。

「地下五層から地下八層までは、お前の劇ではレノモスの地下神殿という異境の迷宮だ」

 コチョウは呻くように答えた。

「地下九層は、アグの洞窟とされている。地下一〇層から一三層はミズル湖水宮と」

 一つ一つを、コチョウは名前を諳んじた。勿論、情報の出所は、ウィザードブックだ。

「地下一四層から二五層は災厄の宮殿。滅びの地だ」

 誰の、というのは言うまでもなかろう。ある英雄譚に謳われる、勇者を災厄の魔女が待ち受けた決戦の場なのだから。

「勇者の物語にはその宮殿は地の果てにあったと書かれてる。まったく笑わせてくれる」

 実際には、笑いどころか、ため息すら出なかった。コチョウはただ、

「物語が混ざり、一つの迷宮だと皆気付いた。一四層から下が遺跡って間違い付きだが」

 その結果、新たに命名されたのが、ダークハートの深淵だった。コチョウが手を出す以前に、既にアイアンリバーを舞台とするすべての物語は、ねじ曲がっていたことになる。

「交差する筈のない物語が交差し、出会う筈のない連中が出会った結果のカオスだ」

 だがそれが奇跡的に一定のバランスを得てしまった。そうやって出来上がったのが、今の何ともろくでもないアイアンリバーの箱庭だった。

「ある意味、面白いじゃないか。筋書きをお互いにぶち壊し、とんでもないことになった」

「面白くはないよ! 全然面白くない!」

 フェリーチェルがバンバンと自分の台本を叩く音が響いた。

「何でよ、何で何で! 秘匿された監獄、どこにもあんな釜蒸し地獄なんて出てこないじゃない! 何だったのあれ! 何だったのあれ!」

 それも何かと話が混ざった結果生まれた、ねじ曲がった状況だったのだろう。コチョウは僅かに笑った。

「悪い方に曲がるのは、流石お前だな」

「うれしくない!」

 フェリーチェルが半泣きで叫んだ。その様子に、コチョウは漸くのようにため息をつく。いろいろなことが一気に分かりすぎて、やや考えすぎていたかもしれない。コチョウは、気持ちが少し冷静になった気がした。

「いずれにせよ、この状況は第六世代の人形が画策した、計画された状況だ」

 だが、それが何だというのだ。

「第六世代の人形自身の自我が私自身に残ってるかは分からんが、まあ、どうでもいい」

 コチョウは皆に視線を向け、初めてかもしれない、一人一人の目を見て笑った。

「私達の箱庭の外には、現実世界がある。多分この箱庭に比べてずっと広いのだろう」

 だったら、こんな狭いところで燻っているのは、自分らしくない。コチョウは思った。

「だが、このまま出て行っても、私は現実世界ではカタカタ動くだけの人形なのだろう」

 それもつまらない。それにそれは“第六世代の人形”が望んだことで、“コチョウ”の望みではない。

「だから、私は、『本物』になることにした」

「本物?」

 フェリーチェルが首を傾げる。疑問はもっともだ。その差が、おそらく第五世代の人形共には分からない。コチョウは説明する代わりに、質問を投げかけた。

「お前等は、自分達の役を演じる人形か? それとも、名前を持った人物か?」

 ――分岐点だ。まず、コチョウはスズネを見た。

「選択肢だ、スズネ。スズネ役の第五世代の人形と、スズネという人間。どっちで居たい」

 それから、エノハを見る。

「エノハはどうだ。エルフと、人形」

 そして、ピリネを。

「ピクシーか、人形か」

 最後に、ゴーファスを。

「正真正銘の吸血鬼になる気はあるか?」

 ――だが、コチョウは、フェリーチェルを見なかった。声も掛けなかった。その理由は、フェリーチェルも分かったようだ。彼女は静かにただ、微笑んだ。

 しばらく沈黙が続いたあと。

「これで、本物を選ばない人って、いるの?」

 エノハの疑問に、フェリーチェルを除く全員が頷く。しかし、不安げな表情で、

「ですが、そのようなことが、可能なのでしょうか」

 スズネがコチョウに問いかけた。それも当然の問いで、コチョウは納得の頷きを返した。

「外に出たら無理だろう。私の中の女神の魂は現実じゃ無力だ。だが、ここでならできる」

 女神役であることと、女神であることは同じ意味だ。その力は有効で、ただ、第六世代の人形でなければ、自分が人形であることを認識することはなかった。だからそういう力の使い方を、思いつくことはなかったのだ。

「簡単だ。コチョウ役を演じている人形、を、フェアリーに変える力を使えばいい」

 人化の力も、半魔神化の力も、コチョウは、今まで役柄だけを対象にしていた。その対象を演者としての自分に、変えるだけでよかった。


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