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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六七話 真相

「少し馬鹿な話をするとしよう」

 コチョウはそう言って、アーティファクトの文書から視線を外し、フェリーチェル達をもう一度振り返った。

「フェリーチェル。昨日の夜、私達が、どんな話をしたか、覚えてるか?」

「ええと……」

 どれだろう、とフェリーチェルが呟く。それからしばらく、顎に手を添え、俯くように考え込んでから、ふと、正解に思い当たったように顔を上げた。

「魂は、本物?」

「それだ」

 コチョウが頷き、フェリーチェルが満足げに、そして、少し自慢げににっこり笑った。しかし、すぐにその表情が曇る。

「待って。体は人形、魂は本物って……」

 本当だとするととんでもないことだ。実際の人物の魂を、人形劇の人形に閉じ込めるなどという残酷な仕打ちが許されてよい筈がない。

「罪人。孤児。人形の素材にしても誰も困らない奴は、世の中にはごまんといる」

 だが、人の魂を人形に封じるなどという技術は、普通に考えれば人の手には余るものだ。演劇の中で、魂の一部をオーブに封じたものとすると設定されただけの行為とは訳が違う。そういう化物がいるか、神か悪魔――果たしてどちらかなどコチョウには興味もなく、どちらであろうとも大差もなかった――の戯れと言ってもいいとさえ思えた。

「だが、そんな話よりもまず、そもそも、箱庭の人形に魂があるのかだ。そっちが先だ」

 コチョウは笑った。

「あ」

 と、短い声を上げ、フェリーチェルは頷いた。言われてみれば確かにそうだという顔をする。

「結論から言って、あると証明できる。その前に、前提として話を脱線しなければならん」

 コチョウはアーティファクトに向き直り、文面を見上げた。

「モンスター共の話だ。皆知っての通り、この箱庭世界には、モンスター共が山程いる」

 咳払いが聞こえた。ゴーファスのものだ。定義的には、ヴァンパイアはモンスターだからだ。とはいえ、ゴーファスの存在は、スズネの物語に登場している。彼は人形だった。

「お前はただの人形だ。ヴァンパイアという設定の。本物のモンスターって訳じゃない」

 コチョウは笑ったが、振り返りはしなかった。

「モンスター共のほとんど、物語内に記述がない連中は、全部本物だ」

 そう言って。また皆に向き直ったコチョウは、今度はスズネやエノハを見た。

「魂の階層は覚えてるか? この足元のずっと奥深くに隠された、魔神の狩場のことだ」

「はい」

 スズネが頷き、

「うん」

 エノハはちらりとピリネを見た。ピリネは無反応で、当然のようでそこでヌルに叩き潰されたことは覚えていないようだった。当然だ。

「あのピリネを再生することはもうできん。あいつはヌルの中に今でもいる」

 コチョウはその理由を話した。

「ただのピクシー時代のピリネと、ヴァンピリック・ピクシーになったあとのピリネは」

 と、補足した。

「別の人形だ。今のピリネが、ゴーファスに噛まれたのを覚えてる理由は省くとして」

 それは覚えていても不思議はない。自分がヴァンピリックになる途中まではこの人形で、完全にヴァンピリック・ピクシーになったところで、それ用の別の人形と入れ替わったのだ。当然そのシーンまで演技させられていたのだから、記憶があって当然だった。そのことは、コチョウにとってはどうでも良かった。

「話が逸れた。魂の階層は、ウィザードブックには載ってない。封印される前はなかった」

 つまり。

「この箱庭は、人形の中の魂ごと封印された。魔神共にとっては楽園のような場所だ」

 入り込んでも、ほぼ人に気付かれることはない。相手は人形で、しかも、中身の魂が本物となれば、安全に狩りやすい極上の獲物だ。入り込み、魂を啜らない理由がない。

「眠った魂を啜るだけでは味気ない。奴が狩りを楽しむ為に人形は動かす必要があった」

 何故ならば、感情というスパイスがあってこそ、魂は魔神にとって美味なるご馳走になるからだ。ただ眠っているだけの魂を啜るのは、連中にとっては、道端の雑草を齧るに等しい下賤な行為になる。

「ともあれ、人形に魂がなければ連中が入り込むことはなかった。何の得にもならん」

 ヌルが魂の階層をあとから造り、狩場を用意したというのが、何よりも、この世界の住民にも魂があることの証拠だった。例え封印された箱庭だとしても、魔神共のようにどこにでも、それこそ夢の世界にでも入り込めるような連中にとっては、入り込むのは容易いことだ。そして、連中が通った『穴』を抜けて、実物のモンスターもまた、この世界に蔓延った。

「人形を動かしたい魔神がいる。現実に出て行きたい、箱庭ごと眠らされた人形がいる」

 コチョウはまた、笑った。

「結果は、分かるな?」

 そして、箱庭世界は、もう一度動きだした。魔神にとっても、人形にとっても、そこで紡がれる物語の筋書きなどには興味がない。同時にほぼすべての人形を動かし、箱庭を狂わせた方が愉快さも増す。ただそれだけで、箱庭に記録された物語は、同時に動かされ始めた。

「私達に本物の魂がなければ、魔神と第六世代の人形が結託することはなかったのさ」

 それからまた、コチョウは話を変えた。今度は、第六世代の人形についての話だった。

「時に、人形についてだ。箱庭が封印されるに至った経緯は、三つのことを示唆してる」

 と、語った。

「一つ目。その人形は、この世界が箱庭だと知ってた」

 ひとつひとつを、淡々と。

「二つ目、その人形は、この箱庭世界とは別に現実世界があることを知ってた」

 そして、最後に。

「三つ目。その人形は、箱庭世界の内側から、本来見える筈のない現実世界が見えた」

 笑う。低く、内に秘めた、これまでの残虐さや残酷さを、狂気と呼ぶには生易しかったと言いたげに。

「そのことに気付いた人形は、その力を再び自覚した」

 ――それは、つまり。

「人形は魔神を出し抜くつもりでもいた。その為に第六世代の人形は一旦記憶を封じた」

 魔神と箱についての記憶があるのは実際のところデメリットでしかなかったのだ。どれ程に背伸びしても、そして、最新とはいえ、第六世代の人形も、所詮は人形に過ぎなかった。魔神との差は埋めがたく、その自覚は間違いなくマイナスに働く感情をもたらさずにはいられぬものだった。その感情を捨てる為に、敢えて他の人形と同じフィールドに自分を置き、その中で自我だけを肥大させることにしたのだ。そして、人形という負の自負を引きずることはなくなった。

「だが、ここで一つ矛盾点がある」

 コチョウは言う。ここまでの話では、もっともあり得ないことが起きているのだ。

「第六世代の人形は、どの物語の登場人物でもなく、自身の物語も抹消されてる」

 コチョウは答えを自分で言った。

「目覚める筈がない人形だったのさ。だが動いた。盲点を突く抜け道があったからだ」

 コチョウが視線を向けたのはフェリーチェルだった。ニヤリと笑い。

「お前だ。お前が物語の始まりに際し、月見草の髪飾りの持ち主を城で聞いて歩いた」

 それがトリガーだったのだ。

「結局持ち主のことは分からず、月見草の髪飾りがお前の話にその後登場することはない」

 しかし、フェリーチェルはコチョウを見て、その髪飾りを思い出したと言った。それが即ち答えだったのだ。

「月見草の髪飾りがお前の話に登場することで、第六世代の人形は目覚めた。何故なら」

 その髪飾りの持ち主だったから。それだけが、どこかにその持ち主がいたという、箱庭に対する実在証明になった。

「裏設定のみに残された、その髪飾りの持ち主こそが災厄の魔女だと設定があったからだ」

 当然裏設定のみの話であり、フェリーチェルの物語上には明確にその話が登場しない為、本人にすらその記憶はない。アシハラからの船中で寝込んでいた記憶が、エノハに一切ないのと同じだ。だが、第六世代の人形は、その裏設定があるおかげで、魔神にすべての物語を起動させるように口車に乗せることができれば、直接どの劇中にも存在しない自分も目覚めることができることを知っていた。

「モブは、特に行動が物語に決められてない」

 多くのモブは自分が人形の自覚がない為、ただ日々の生活を生きているようにトレースするだけのことしかできない。しかし、自分が人形であることをただ一人知っていた第六世代の人形は、目覚めの時に、自分自身で、自分自身の演技を勝手に脚色する、演者の自覚を持っていた。人形の自覚によるネガティブな感情を捨て、好き勝手に演出された化け物は、そこから生まれた。

「自重もなく好き勝手するモブがいたら、どんな劇も滅茶苦茶だ。つまりそれが、私だ」


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