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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六六話 災厄

「そもそもだけど」

 フェリーチェルが、呟くように聞いた。

「どうしてコチョウにはこれが読めるの?」

 宙に浮かび上がる、緑色の文字らしき記号の羅列を指差して。少なくともフェリーチェルにはどこの文字なのかさえ、さっぱり分からなかった。

「知らん」

 何故読めるかという問いに対する答えは単純だった。コチョウ本人にも分からないものは分からない。読めることは間違いなく、奇妙なことだとは自覚しているが、その疑問には興味がなかった。

「結果として読めるなら問題ない。それでいい」

「ちょっとは疑問に思おうよ。そこ大事なところじゃないの?」

 フェリーチェルは、心底呆れたようにコチョウに冷ややかな目を向ける。

「そんな面倒なことは知らん。結果に関わる問題でないのなら、理由になど興味はない」

 コチョウは平然と言い放った。彼女が求めるものは常に事実だけで、結果だった。込み入った話など、どうせ吹き飛ばしてしまうのであれば皆同じことだ。気になるのは吹き飛ばすことが可能かという確証と、自分が吹き飛ばしたいと思う状況かどうかだけだった。

「ああ、そう」

 フェリーチェルの口から、深いため息が漏れる。何でこんな奴と知り合いにならなければならなかったのかと自分の不幸を嘆く、不快感の塊のようなため息だった。

「何度も言わせるな。私は邪魔をするなと言った筈だ」

 コチョウも忌々しいといった声を上げる。フェリーチェルがいつまでも話しかけてくるのを鬱陶しく思い、コチョウもまた、不快だったのだ。

 そんなコチョウとフェリーチェルを、本当に不思議な二人だと言いたげに、スズネやエノハはしげしげと眺めていた。ピリネとゴーファスは、互いの誤解を埋めるように、まだ二人だけで話し込んでいる。

 コチョウは文面に再び集中し始め、フェリーチェルも傍で浮かんだまま、コチョウの様子を眺めた。彼女達の間の会話は途切れ、フェリーチェルの不安そうな視線に、コチョウが反応することもなかった。

 しばらく黙っていたあと、コチョウが小さくため息を漏らす。手元の文字をなぞり、操作していた手が止まった。

「スクリプトアウト。フェアリー・オブ・ティアーズ」

 再び、コチョウが口にした言葉は、操作の為のコマンドワードだった。文字盤から、一冊の本が生えるように出現し、床に転がった。フェアリーがもつには大きい、人間が読む一般的な書物だ。

「お前の物語だ、フェリーチェル」

 コチョウはフェリーチェルに視線を向けることなく告げ、

「読むなら好きにしろ」

 とだけ促した。彼女が出現させたのは、フェリーチェルの不遇な境遇を綴った、人形劇の台本だった。

 コチョウはさらに、コマンドワードを唱える。

「スクリプトアウト。葦原の剣の奇譚:地下神殿のヴァンピリック・ピクシー編」

 また一冊の本が落ちた。明らかに内容はスズネの物語であると分かる題名だった。ピリネやゴーファスも、その物語の人物のようだった。

「スクリプトアウト。葦原の剣の奇譚:旅のはじまり」

 ともコチョウは唱え、落ちた本に視線を向けた。

「思った通りだ。エノハ、読んでみろ。お前に船内の記憶がないのも納得いく筈だ」

 コチョウがざっと見たところでは、アシハラに異国の船の襲来があった記述もあった。戦はあった。そして、異国の船は撃退できたものの、その戦で、スズネの父は命を落とす筋書きになっている。当然、そこにコチョウの名前などなかった。スズネの家は家長である父親を失ったことで潰え、家の再興を誓い、スズネはアシハラをあとにする、というのが、スズネの本来の旅の経緯とされていた。

 アシハラから大陸に渡る船上での話もあったが、そのシーンにエノハの名前はない。ただ一言、エノハは酷い船酔いで船室に鍵をかけて閉じこもり動けなかったとされているだけだった。それ以降、船を降りるまでまったく出番がない。コチョウの予想した通りの内容が、台本には記されていた。エノハは、やはり自分の物語をもたない、スズネのお付きでしかなかった。

「という訳だ。確定した。ここは人形劇の世界で、私達は魔法で動く人形だ」

「キリヒメは?」

 スズネが問いかけると、

「物語の中でゴーレムと書かれてれば、ゴーレム然とした人形がいてもおかしくないだろ」

 コチョウの答えはそれだけだった。しかし、コチョウが問題視したのは、ここが人形劇が共存するだけのセットだということではなかった。

「ここまではまあ、いい。問題は私達が何故生物さながらに活動してるかだ」

 皮肉っぽく笑い、コチョウは皆を振り返った。

「今の状況の根本原因って奴だ。誰か想像できる奴はいるか?」

 コチョウの問いに対する反応は、無言だった。答えられる者はおらず、皆、コチョウ自身が問いの答えを口にすることを待っていた。ピリネとゴーファスも会話を止め、コチョウの話に耳を傾けていた。

「魔法人形は、六世代が開発された」

 だが、コチョウはすぐに答えを言わなかった。ゴーレムが開発され、洗練されていった世代をまず語った。

「第一世代。中身が空っぽの、ゴーレムだ。人形劇が上演され始めた頃の奴」

 キリヒメなどがこの分類だ。そこから第四世代までの人形は、コチョウ達も地下二六層で見た。

「第二世代。第一世代との大きな違いは中身が詰まっていて、生物に近く見える事」

 第二世代が所謂クレイゴーレム型だ。しかしクレイゴーレムに自然な演技をさせることは不可能だった。そして、根本的に製造技術を変更し、用意された人形が。

「第三世代。フレッシュゴーレム型だ。コストがかかりすぎて生産数は少なかったらしい」

 製造の為に生物の死体を用意する必要があり、人道的にも非難があったという。ここへきて、ゴーレムでの人形劇上演を諦めたと、ウィザードブックの記録にはあった。

「第四世代。ホムンクルス型。一定の評価がされたようだ。本来完成系と言っていい」

 魔法人形としては、エンチャントメント的な技術であるゴーレムに対し、アルケミー技術をもとにして生成されるホムンクルスはより生物に近い。だが、自然な演技ができるというのには、まだほど遠かった。

「第五世代。これが現行普及型とも言える、魂入りのホムンクルス型だ」

 人道的には屑の所業だが、実のところ、このタイプのホムンクルスも、普通に流通していたらしい。そして。

「地上にいるのは、ほぼ皆、第五世代だ」

 と、コチョウはフェリーチェル達に告げた。

「だが、たった一体、第六世代が存在する。公式に記録はされなかった。そして、だ」

 最後に、第六世代のことを、淡々と話した。

「その第六世代の一体の導入以降、この箱庭を使った人形劇は、一度も、上演されてない」

 現状とそぐわない話。劇が上演されていなければ、人形が動くことは本来ない。しかし、コチョウ達の世界は間違いなく息づき、皆、活動している。とはいえ、そもそもそれがおかしい状況なのだ。

「考えてもみろ。同時に複数の、無関係な劇が、同じ場所で展開してるなど、不自然だ」

 そんなことをしたらどの劇も内容は滅茶苦茶だ。現に今、どの劇も台本通りには展開していない。展開や結末すら明らかに変わっている。こんなことではまともな劇にならない。

「皆、たった一体の人形に叩き起こされ、生きた人物として演じることを要求されたのさ」

 目的はただ一つだった。

「そいつが、自分の本懐を遂げる為に」

 ろくでもない世界で、ろくでもない奴が考えた企みだ。そして当初の思惑通りに事は運び、既に結実は目の前だった。

「そもそも、第六世代の人形が導入されてから、一度も劇が上演されなかった理由だが」

 また、コチョウの話が飛んだ。それもまた現状の要因であったからだ。

「私はその人形が使わる劇が、話を盛られすぎたから中止されたと言ったが」

 事実は、もっと根本的な問題だったのだ。

「そいつが台本を無視して勝手な行動をとり始めたからだ。そしてあろうことか」

 ウィザードブックを見上げ、コチョウは笑った。そいつが言ったという言葉がそこに記録されている。コチョウはそれを読んだ。

「首を洗って待ってろ。すぐそっちに行く。そう言ったらしい」

 人形劇の箱庭の管理人達は大混乱だったろう。その時の恐怖の心境が、赤裸々にウィザードブックに綴られていた。コチョウはそれを眺め、冷たく笑った。

「箱庭は凍結され、封印された。せざるを得なかった。そしてそいつが出てこないよう」

 真実を告げる。それは、宣告のようだった。

「そいつの物語の終盤になる筈だった姿を、別人格の人形として、門番にしたのさ」


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