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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六四話 最奥

 地下五〇層。

 ダークハートの深淵の、最下層階だ。

 そこに降りる階段は長々と続く螺旋階段になっていて、他の階の五階層分くらいの空間があるのではないかと感じる程、天井が高かった。

 階層は巨大なドーム状のホールになっていて、中央には巨大なモニュメントのように透明の六角柱が聳えている。その周りを、上部、中部、下部の三ヶ所に、円を描いて浮いた各所一二個、計三六個の八面体が取り巻き、ゆっくりと六角柱を中心に回転していた。

「あれがアンチクロック?」

 階段を降りながら、エノハがコチョウに問う。コチョウは頭を振った。

「いや、あれは“アーティファクト”だ」

 その答えに、スズネとエノハが顔を見合わせる。アンチクロックもアーティファクトの筈だ。何が違うのか、二人には飲み込めなかった。

「アーティファクトは複数の魔法装置の集合体だ。アンチクロックはその一部にすぎん」

 コチョウが補足すると、エノハが、

「ほぉあ~」

 と、やや間抜けな、驚嘆の声を上げて、またアーティファクトを眺めた。

「お師匠さま、それも魔神の記憶ですか?」

 違うのだろうと言いたげに、スズネが問いかける。それなりに聡い娘だ。

「もう一人の私の知識だ。これ程近くにずっといたからな。思ったより多くを知ってた」

「そうなのですね」

 やはり、と言いたげに、スズネが頷いた。そして、笑った。

「お師匠さま? あなたはどちらでいらっしゃいますか?」

 と、聞く。本当に聡い娘だ。

「どっちだろうな。私にも分からん」

 コチョウがそんな風に笑うのは勿論珍しいことだった。嘘ではなく本当に分からなかったのだ。というのも、既に戦闘前には分からなくなっていたのだった。

「シンクロしたからな。混ざり合ったというのが、正しいのかもしれんな」

 休憩前、扉のノブに触れた時。既にコチョウと魔女の間の境目は希薄になっていた。どちらも自分だったのだ。同じ個人としてのパーソナリティーをもつ強力なテレパスが精神感応を起こしたのだから、そういうこともある。

「だが、どちらも私だ。別の誰かになるってことはないさ。ただ、記憶の混同は酷いな」

 同じ時、別々の場所で見聞きし、行動したことが、一人の人物の記憶として溶け合っている。あり得ない情報であり、コチョウが人外の化け物であっても、流石に脳が処理を拒否していた。

「まあ、お前等が気にする程の事じゃない。直、慣れる」

 戦いの決着がついた瞬間でなくて良かったと、コチョウも安堵せずにいられなかった。自分が自分を殺す瞬間と、自分が自分に殺される瞬間が、同時に記憶に存在していたら、多分発狂していただろう。もともとコチョウが狂っているということはさておいてだ。

「あれに、私が推測したことの答えも眠ってるらしい。あいつは内容を知ってた筈だ」

 だが。

「だが、奴は、その内容に関しては、私に残さずに持って行った。自分で勝手に見ろとさ」

 まさしく自分らしい。コチョウはまた笑った。

「何故でしょう」

 すぐに分かることだけに、隠す必要もなかったろうにと、スズネには感じたようだ。その疑問に、コチョウは答えることができた。

「決まってるだろ。それを知ったあいつの決断に紐づいてるからだ。それは私のじゃない」

 つまり、それを知ってどうするかは自分で決めろ、ということだった。コチョウ自身、その方が良いと納得していた。魔女として、あの場所で大人しく門番をしていた自分の結論が混ざるのは、面白くない。

「まあ、あいつが門番をしてた時点で、真実って奴がろくでもないことは間違いないさ」

 床が近くなってきた。磨かれた、鏡面のような床だ。あちこちから差し込んでいる光を、六面体がプリズムのように乱反射させて、床に複雑な色彩を投げ落としている。まるでもともと世界は味気のないもので、そこに人工的に作られた景色を奏でさせているのだとでも言っているようだ、とコチョウは思った。

 床に降り、アーティファクトを目指す。階段からも巨大に見えたが、下から見上げると、さらにデカく見える。何より、階段とアーティファクトの間に結構な距離があった。

「ほわぁ~」

 再び、エノハが間抜けな感嘆のため息を漏らした。地下五〇層に降りてから、エノハはもうずっとそうやって思考停止していた。

「まずはフェリーチェルの魂の回復を優先する」

 コチョウが話を切り替えると、エノハの腕の中で、フェリーチェル自身が無言で頷いた。

「それから呪いの除去だ。自覚はないだろうが、そろそろお前等も危ない。急ぐぞ」

 ひょっとしたら、単にそういうものとして、演劇の演出としてトレースされているだけの現象で、呪いや魂の衰弱に実態はないのかもしれないが、劇中の人物が死んでしまうということに変わりはない以上、それはスズネやエノハ、フェリーチェルにとっての現実と何ら変わりはない。たとえこれが人形劇だとしても、ここでは死んだことにされることと、実際に死ぬことは、同義だ。

「はい」

「うん」

 スズネとエノハが返事をし、フェリーチェルはまた、無言で頷いただけだった。道中では元気な様子で話していたのも、すべて元気な振りで、実際にはやはり憔悴してきているのだ。

 アーティファクトの前に立ち、コチョウが六角柱の側面に触れる。円形の文様が現れ、スズネ達には読めない文字が浮かび上がった。スズネやエノハがアシハラ出身だからでなく、フェリーチェルにも読めなかった。

 コチョウはそれが読めているように文字を指先でなぞり、機能を呼び出して行く。目まぐるしく宙に描かれた文字や図形が別のものに置き換わっていき、最後に、唱えよ、と、コチョウ以外にも読める文字で表示された。

「アンチクロック」

 コチョウが声で指定する。すると、六角柱の壁面に、ランダムな点線のように緑の筋が並んで浮かび、コチョウ達の目の前の床に、記号のような文字で描かれた円が現れた。直系は五メートル程だ。

「エノハ、フェリーチェルを円の中心に寝かせろ」

 コチョウの指示に、エノハが頷いて従う。床に寝かせられたフェリーチェルは、半ば焦点の定まらない目でコチョウを見て、青白い顔で頷いた。円は大きく、その中心に転がるフェアリーの体はあまりに小さい。

「寂しい光景に見えます」

 スズネが、そんな風に漏らした。コチョウは苦笑いを浮かべた。

「だが、生きる為の装置だ」

 コチョウの言葉に、やや躊躇いがちにだが、スズネも頷いた。

 エノハが円から出ると、コチョウは再度文字盤を操作し、再び、唱えよ、という文字が浮かび上がったところで、

「魂の衰弱状態のリセット」

 そう、唱えた。文字表示が切り替わり、枠だけが残る。やがてしばらくしてから、処置終了の文字が表示された。

「起きられるか?」

 コチョウがフェリーチェルに声を掛け、

「ばっちり」

 フェリーチェルはすぐに翅を広げて自力で飛んだ。もう弱った様子はなく、顔色も戻っている。

「生き返った気分。だけど、何かがすっぽり抜け落ちた気もする」

 フェリーチェルには話し忘れていたことに、コチョウも気付いた。後からの説明になってしまったが、一応教えておくべきだと判断した。

「寿命がなくなった。不老不死って奴だ。もっとも、怪我とかの外的要因では死ぬが」

「え。何それ聞いてない」

 フェリーチェルは眉根を寄せたが、寿命が消滅したことに怒っているというよりも、コチョウが言い忘れていたことに怒っている様子だった。

「良いから退け。次が痞えてる」

 コチョウのぶっきらぼうな答えに、フェリーチェルは呆れたような笑いを浮かべ、円から出てきた。

「言い方くらい選ぼうよ」

 とだけ、コチョウの傍に来ると、文句を言った。いつものフェリーチェルといった様子だった。

「私らしいだろ?」

 コチョウが問い、

「小憎らしい程ね」

 フェリーチェルが頷いた。どうやら絶好調らしい。

「スズネ、エノハ。纏めてやる。二人とも入れ」

 そのやり取りに満足し、コチョウはスズネとエノハの呪いを除去する為に、話す相手を変えた。

 二人が円の中に並び、コチョウがまたアンチクロックを操作した。彼女の、呪いの除去、という言葉が、装置の前で響いた。


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