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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六三話 勝敗

 エノハの必死な表情から、式札に魔女を封じるのが、未だ困難であることが分かる。失敗すれば式札が燃え尽き、エノハ自身も危険に晒される。それを防ぐ為に、コチョウは何度も吸魂の刃を魔女に突き立てた。

 コチョウが背負ったライフテイカーを通じ、魔女の魂の一部がコチョウ自身にも流れ込んでくる。通常、吸魂の刃で奪い取れる魂の量と質を考えれば、おそらく一〇分の一にも満たない。如何に高い抵抗力を持っているかが、はっきりと分かった。

 果たしてコチョウ自身がその刃を今受けたとして、ここまで抵抗できるものだろうか。おそらく全くの無抵抗ということはないだろうが、同じことはできないだろう。やはり相手の方が能力自体は格上だと、認めざるを得なかった。吸魂の刃を連続で突き立てても、その差が埋まったようには思えなかった。

 しかも、吸収できる量が徐々に減ってきている。気のせいではないだろう。コチョウは吸魂の刃での吸収を諦め、ライフテイカーで直接斬りかかった。しかし、魔女は明らかにライフテイカーの一撃すら抵抗した。目に見えない何かに弾かれ、刃が逸れた。

「駄目……っ」

 エノハの悲鳴が上がる。式札用の白紙が青白い炎を上げ、エノハはそれを思わず手放した。もう少し諦めるのが遅れていたら、エノハの精神が逆にもっていかれるところだったに違いない。封じることは、できなかった。

 舌打ちし、コチョウも一旦魔女から離れる。魔女は自分を床に釘付けていた吸魂の刃をたたき折り、床に封呪の陣を張った矢を、気合のような衝撃波で弾き飛ばした。

「このような珍しい力で封じられかけたのは、なかなか新鮮だった。良い経験になったぞ」

 と、悠然と魔女が笑う。魔神の姿を捨て、フェアリーの姿に戻った。魔神の姿では、コチョウを捉えるのは難しいと判断したようだった。

「そして私。お前には、礼を言っておこう。自分一人で生きると決めたことを曲げればどうなるか、しっかりと肝に銘じた」

 魔女の言葉に、スズネやエノハ、フェリーチェルの視線が、コチョウに集まる。何とかならないのか、まだ何か勝てる方法を知っているのだろうという期待が、寄せられていた。コチョウはもう一つ舌打ちし、誰の視線にも応えることはなかった。

「そうだな。結局、自分以外はあてにならん。その通りだ」

 魔女に答え、コチョウはライフテイカーを背負いなおした。そして、笑う。

「私もお前には礼を言っておく。私自身を思い出す、いいきっかけになった」

 魔女が闇を生み、コチョウは飛んだ。その選択の差がすべてで、魔女の選択は最善手で、コチョウの選択はもっともシンプルだった。

 コチョウが魔女に届くよりも一瞬速く、闇が撃ち出される。コチョウはそれを避けることなく、真正面から受けた。闇が弾け、コチョウを包み込みながら、辺り一面を埋め尽くした。

 スズネ、エノハは部屋の隅に退き、身を守ることしかできなかった。コチョウが何をするつもりなのかは分からなかったが、何か考えがあって、わざと正面から受けたのだと信じるほかなかった。

 闇が薄れ、視界が晴れる。コチョウはいない。魔女の背後にも、頭上にも、真下にもいない。

「成程」

 と、魔女が呟いた。

「こういうことか」

 それは深い理解であり、真実と事実を悟った者の言葉だった。彼女は目を閉じ、笑った。

『そういうことだ』

 声が響く。何処から。スズネ、エノハは周囲をきょろきょろと見回し、声の出所を探したが、フェリーチェルだけが、くすくすと可笑しそうに笑い声を上げた。

「ああ、そういうことね」

 彼女にだけ、何が起きたのか、分かっていたのだ。そして、まだよく分かっていないスズネとエノハに向かって、

「探しても無駄だよ。見つかりっこない」

 そう告げた。

 そして。

 魔女の体が真っ二つに裂けた。コチョウはやはり何処にもいない。誰もコチョウを目視できないまま、魔女の体は細切れにされて行った。

 突如、コチョウが止まる。超能力で造った衣服も、イヤリングも、チャクラムも、ソウルテイカーも身に着けていなかった。コチョウはまったくの裸で、次の瞬間、すべての装備を再生させ、身に着けた。

「速すぎて見えなかったか? 精進が足りんな」

 と、コチョウはスズネ達に皮肉っぽく笑った。装備のないコチョウの身のこなしは、素人同然の頃ですらファイアドレイクの攻撃を避けきる程度のものだった。それは、力を増した今では、極限と言っていいレベルにまで達していたのだ。それこそ、コチョウの原点のひとつで、自分自身の力そのものだった。

「あいつは最善手を選んだ。私は開き直った。それだけの差だ」

 装備を捨て、身軽になる。コチョウ自身も久々に思い出した、このところ、選択肢にすら入っていなかった、忘れていた力だ。やぶれかぶれ。最初からそうだった。それで無理をこじ開けてきたのだ。

「要は、私が筋金入りに頭のおかしい奴で、あいつがただのつまらん奴だったってことだ」

「言えてる」

 フェリーチェルが頷いた。もともとフェリーチェルも裸のコチョウが戦っているところを冷静に見たことがあった訳ではなかったが、それでも、コチョウが裸だと身のこなしが普段より上がることは、知っていた。実際、その時フェリーチェル自身、冷静ではなかったが、煮えたぎる大鍋で蒸された檻の中から、裸のコチョウが何人もの人間を一方的に殺して回ったのを、見たことはあった。むしろ、それがフェリーチェルがコチョウを初めて見た時の光景だ。その印象は、フェリーチェル自身が思っていたよりもずっと強く、心に焼き付いていた。

「待って。ちょっと待って」

 コチョウとフェリーチェルの会話に、理解しきれない状況を整理しようとするように、エノハが割って入った。

「あっちも、お師匠も、即死は効かないよね」

「そうだな」

 コチョウも平然と認める。エノハが何にそんなに驚き、恐怖しているのか、気がついてはいた。だが、そのことを、何を今更、とコチョウは考えた。

「ってことは、え。素手だよね? 純粋な、お師匠の破壊力?」

 そうエノハが問いかけると、スズネが息を飲み、フェリーチェルもそっちには初めて気付いたと言わんばかりに、表情を凍らせた。

「そうなる」

 コチョウは眉ひとつ動かさない。純粋に同じ状態で勝負したら、スピードも、パワーも、おそらく魔女の方が高かったのだろう。しかしそれは、あくまで同じ条件なら、だ。そして、パワーが上回るから、魔女がコチョウの攻撃でダメージを負わないということでもない。

「だからつまらん奴だったのさ。言ったろ、操り人形だ。型に嵌った戦法以外はしない」

 まさしく、力で一番重要なのは、強さでなく使い方、だ。

 向こうが先に裸になって襲い掛かってきていたら、間違いなくコチョウにも勝ち目がなかったろう。だが、相手が人形であればこそ、守りを捨てて攻撃に全力を傾けるなどという馬鹿な真似はしないと、コチョウは理解していた。当然、相手の攻撃を一撃でも貰っていたとしたら、即死していても不思議はなかったかもしれない。だからこそダークボムを目晦まし代わりに使い、奇襲をかける必要があった。そういう意味では、運が良かったとも言えた。

「動けるか?」

 もっとも、終わった戦闘のことの種明かしを、いつまでも得意顔で自慢する趣味もない。コチョウは話をきっぱりと切り上げ、全員に問い掛けた。その背後に、影が蟠る。フェリーチェル達が声を上げるよりも早く、影はフェアリーの姿を纏い、コチョウを殴り飛ばした――

 ――かに見えた。

()()()()()()()()()()

 コチョウが笑う。散って落ちたのはコチョウの方ではなく、再度実体化した、魔女の方だった。コチョウが闇の蟠った場所に、ほぼ同時にチャクラムを『置いた』のだ。

「どうだ、私。生きたまま内側から内臓を切り刻まれるのは痛いか?」

 コチョウは、血を吐いて落ちた自分を、冷ややかに見おろした。自分のことだ、切り刻まれたと見せて一旦実体を捨てただけだと、とっくに見抜いていた。隙を狙っていたことも。だからわざと隙を見せて誘った。自分のことだ、絶対に背後からの不意討ちで形成逆転を狙うことは、分かっていた。

「私をトレースするなら、もう少し、頭を使って行動を捻れ」

 コチョウは、動けなくなった、最早魔女とも呼べぬ自分そっくりの操り人形の自分の顔を片手で掴み、引きずり上げる。

「くたばれ」

 その一言で、今度こそ、コチョウの姿の人形はボロボロに崩れ去り、消え去った。


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