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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第六二話 魔女

 十分な休息を取った後で、コチョウは扉を開けた。

 扉の向こうは、地下二五層によく似た構造の大部屋で、ただ、室内の脇に背の低い石柱などの装飾があることが差分のように見うけられた。まるで再デザインし、造形をもっと豪華にして再現したとでも言いたげな様子の場所だ。

 その奥、奥の格子門の目の前に、丁度アリオスティーンとコチョウが戦った際に、コチョウ自身が立っていたように、それはいた。

 黒いローブを纏った、フェアリーの女性。瞳は赤く、頭髪は銀。翅の色までコチョウと同じ。違いとしては、腕はどす黒く変色していて、指の先には長い爪が生えていることだった。コチョウ自身よりもやや血色が悪いようにも見えた。

「来たか、私よ」

 芝居がかった大仰な口調で、ゆっくりという。雰囲気を出す為なのか、やけにゆっくりとした喋り方が、コチョウには気に入らなかった。だが、少なくとも、完全な問答無用で襲ってくるつもりもないようだ。興味深げにコチョウを見つめていた。

「雰囲気を大事にする性格でもあるまい」

 と、コチョウは答えた。当然、会話をたのしむ性格でもない。

「まあ、急くな。まだ戦うつもりはない。楽にしろ」

 流石は魔女とでも呼ぶべきか。それが命令のように告げると、コチョウ以外の三人は、ぺたんと腰をおろした。エノハに抱かれているフェリーチェルでさえ、その腕の上に姿勢を直して座り込んだ。驚くべきことでもない。暗示の力だ。

「相変わらず抵抗力のない奴等だ」

 コチョウだけが平然と浮いている。曲がりなりにも自分も操れる力だ。抵抗する術も知っている。コチョウはスズネやエノハに苦笑してから、もう一人の自分といえる魔女を見据えた。

「操り人形と楽しく遊ぶ趣味は生憎ない」

「奇遇だな。私もない。が、私でない私には興味がある。お前は私だ。だが、明らかに私とは異なる人生を歩んでいる。その差異は極めて興味深い」

 人の話が聞こえているのに意に介さず自分の興味を優先させる。コチョウにも身に覚えのあることだ。

「私は興味がない」

 平然と言い返す。コチョウは会話にも飽き、テレポートを唱えて魔女の背後に飛んだ。

「強者の余裕は必要だぞ」

 背後から蹴り飛ばしにかかったコチョウの足首を、魔女は造作もなく受け止める。お互い自分だけに、行動パターンは、読めるのだ。魔女はコチョウの足をすぐに離した。

「買いたくもない喧嘩を売られずに済む。万が一売られても力の差をすぐに悟らせることができる」

「ぶちのめした方が早い」

 コチョウは自分の足を確かめた。魔女も自分の爪に慣れているのだろう。切られたりはしていなかった。

「なんか、ねえ」

 座ったままで、エノハが横にいるスズネにぼそぼそと話すのが聞こえてきた。

「あっちを残す方が、世の中の為じゃない?」

「そんなことないよ」

 はっきり答えたのはフェリーチェルだ。自信をもって明言した。

「あっちのコチョウが、私を助けてくれる想像ができない。何だかんだ酷いことも言われたし、されたけど、結局私を助けてくれたのは、こっちのコチョウだもの。あっちには、そういう、気まぐれだけど情を見せてくれる、温かみを、全然感じないよ」

「お前等やめろ」

 コチョウはどちらも面白くなかった。苛々しながらではあるが、

「良いから立て。死ぬぞお前等」

 そう声を掛けると、スズネとエノハは、体が急に軽くなったように、立ち上がった。

「あ、立てる」

 と、エノハが頷いた。当然だ。暗示をコチョウが無理矢理解いたのだ。あのまま座り込まれていると、邪魔で戦うこともできない。

「そうまでして私を拒むか。がっかりだな」

 魔女が手を振り、突風を生む。その激しさたるや、スズネやエノハですら、僅かに足の裏が床から浮き、押し下げられた程だった。当然二人は目を開けていられる状態ではなくなった。それでもエノハは、フェリーチェルを腕で庇っただけ、たいしたものではあった。

 本来であれば木っ端に等しいフェアリーなど、吹き飛ばされてしまうものなのだが、コチョウはまるで微風の中の神魔の如くに、平然と浮いていた。

 コチョウが指を鳴らすと突風が止む。スズネとエノハが再び目を開けると、コチョウの傍にいる筈の魔女の姿がなかった。二人が見回すと、天井の一角が抉れ、めり込んでいる。

「力に溺れるとああなる」

 コチョウは両手を広げ、肩を竦めてみせた。

「たまには師匠らしく教えの一つでもやろう。力で一番重要なのは、強さでなく使い方だ」

 効かなかったらどうなるかを想定していない時点で阿呆なのだ。自分の突風の中で、力が劣るコチョウが動ける筈がないと、魔女は過信した。だからその思惑が外れ、コチョウに殴り返されるのを、避けることもできなかっただけだ。コチョウは自分がそう簡単に壊れないことも知っている。当然力いっぱい殴りつけることになり、天井も抉れるという訳だ。

「隙は見せるな。隙は見逃すな。派手な魔法も特殊能力もいらん。殴る蹴るの方が速い」

 落ちてきた魔女を、コチョウはさらに蹴り上げた。一発殴った程度では死んではいないが、ダメージは入っている。何とか体勢を整えようともがく魔女に、避ける術はなかった。もう一度、天井に打ち上げられる。

「まあ、この程度じゃ倒せないんだけどな」

 そう言って、コチョウは急加速してその場を退いた。コチョウがいた宙を貫いて、床に闇の筋がぶつかり、石組みの床を抉った。

 殴られるのを承知で、魔女も天井に背を向けて叩きつけられることを選んだのだ。自分はその程度では気を失わないと知っているからこそ、天井にめり込んだ状態からの反撃を選んだ。

 その後、天井から半ば落下するように、魔女は飛んだ。その間に姿が膨れ上がり、身長三メートルはあろうかという、いかにも魔神といった風体の、硬質化した表皮をもつ異形に変貌した。背の翼は蝶の翅ではなく蝙蝠の翼、体表は紫色に変色し、頭髪もない。頭部には三対の角が生え、だが、顔の構造だけは女性の顔そのままだった。勿論顔面も硬質化して、紫色ではあった。

「最早許さん。死をもって詫びろ」

 魔王気取りか何かのようだ。魔神となった魔女がコチョウに迫る。体格差がそのままスピード差となり、コチョウよりも速かった。

 もっとも、掬うようにコチョウを捕えようとした腕は、虚しく宙を薙いだだけだった。体格が大きいということは、小回りが利かないということでもある。戦闘で重要なのは、純粋な速度差ではない。機動力だ。コチョウは容易く魔女の背に回り、

「スズネ、エノハ、下がれ。巻き込まれるぞ」

 二人に警告を飛ばしてから、スズネに目配せした。水平に跳躍するように、まるで床の上をすべるように下がるスズネの手に、弓が現れる。コチョウの無言の指示を正しく理解している証拠だった。スズネが直接白兵戦を行っても、戦いのレベルについて行けることはないが、そんな彼女にも、予め、封呪の陣を貼っておくことならできる。

 続いて、コチョウはばたばたと走って魔女の体を上り、壁際で振り向いたエノハにも頷いた。エノハが紙を懐から取り出す。まだ式神が付いていない、まっさらな紙だ。その紙は式神を呼ぶだけが機能ではない。ある意味似たことではあるが、魔や祟り神を封じる依り代とすることもできる。問題は、魔女に対して、エノハが能力で上回れるかだ。そこは、コチョウに考えがあった。

「よしっ」

 とひと声。コチョウが魔女の背を踏みつけた。見てくれはフェアリーでも、その一撃は鎧竜に踏みつけられた如くの衝撃がある。苦し紛れに、魔女は、魔神化した口から獄炎を所かまわず撒き散らした。スズネやエノハが下がらねば、一瞬で魂まで焼き殺されていた程の炎だ。当然、あのまま焙られていれば、真っ先に死んだのはフェリーチェルだっただろう。コチョウは魔女の背から浮き、魔女が振り返るのから逃れようともしなかった。目が合う。コチョウはニヤリと笑った。正面から殴り合えば、有利なのは小回りが利くコチョウだ。コチョウが至近距離に接近するのを嫌い、また、死角をとられるのを嫌がり、魔女は上を向いたままコチョウが迫る逆方向に飛んだ。当然、コチョウよりも自分の方が速度があることが分かっているからだ。コチョウが追い付ける筈もない。

 しかし、追いつく必要はなかった。魔女の体に、数本の吸魂の刃が、床から突き立った。魔女は、それでも死にはしない。もっとずっと頑丈だ。吸魂の刃では足りないが、少なくとも、床の一角の上には、釘づけにされた。

 魔女が吸魂の刃を叩き折ろうとするのを、コチョウがチャクラムを投げつけ阻止する。

 コチョウのチャクラムを腕で受け止めるのは危険と判断し、呪文で迎撃することを選んだ魔女だったが、その呪文は、掻き消えた。

 そして、魂が吸い出され、若干であれ弱った魔女に対し、封魔の光が、降り注いだ。


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