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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五九話 妄想

 コチョウは、スズネやエノハが眠っている階段上のホールへと戻ると、フェリーチェルを膝の上に乗せたまま、座り込んだ。

「もし。もしだよ?」

 フェリーチェルがコチョウに背を向けて、寄りかかったまま言う。元気なように装っていても、実際に回復したという訳ではない。身を沈めるように寄りかかるフェリーチェルの体は依然冷たく、呼吸も荒い。やはり地下三〇層まで自力で降りたことの消耗は隠せなかった。

「私が知る限り、あなたは一回死亡してる。私も一回あなたに殺されてる。その時に、オーブの力で復活したと思ってた自分が、実は、あらかじめ用意されてるスペアに入れ替わってただけだとしたら、どうする?」

「どうだろうな。私は、むしろそれはないと見てる」

 コチョウはフェリーチェルとは別の意見を論じた。

「私自身が上の街の連中と同様に人形なのかは、確信がない。証拠を目で見た訳じゃない」

 それに、もし百歩譲って自分達が人形だったとしても、いちいちボディーを破壊するのは非効率すぎる。

「壊れた人形が捨てられるとしたらゴミが多すぎる。自己修復機能があっても面倒すぎる」

 記憶や能力を他のボディーに移し替えることは可能だろう。オーブがその為のバックアップ機能と考えれば良い。人間等の種族はそう考えれば理解できないことはない。だが、では、各地に蔓延るモンスターも人形なのか。ライフテイカーが吸っている魂と思しき物の正体は何か。釈然としない部分が多すぎる。そもそも、コチョウ自身の能力は、人形で再現するには複雑すぎる気がした。

「もっと暴力的で、もっと非人道的な、反吐が出そうなくらいの悪趣味さを感じる」

「……」

 フェリーチェルは眠ったように目を閉じた。実際に寝た訳ではない。考えているのだ。コチョウの言葉を、彼女なりに反芻しているのだろう。

「……少なくとも、魂は、本物ってこと?」

 再び目を開いたフェリーチェルは、そう、尋ねた。コチョウはしばらく黙っていたが、

「おそらくな」

 詳しいことは言わず、ただの憶測だと分かるように答えた。証拠は何もない。まずは最下層に降り、皆が回復してから、真実を探せばいい。だが、知らないままで終わらせるつもりにもなれない。

「体が人形かどうかも怪しい。死に方が生々しすぎる。何もここまで再現しなくてもいい」

 コチョウは軽くため息をついた。

「目的も分からん。もし人形だとして、それで世界を再現して、何がしたいのか分からん」

 考えられることはあるが、大掛かりすぎて、効率が悪すぎる。これだけの偽物の世界を作るにしたら、莫大な費用が嵩むだろう。それだけの利点があるとは思えなかった。まさに無駄でしかない。だがこれの世界が巻き戻し可能で、何度でも同じ筋書きを、何度も繰り返させることが可能なものだとしたら。燃える前の森のセットが地下に用意されているということは、残さなければならない理由があるからだ。そうでなければ森が火事で燃え、伐採された時点で既に役割を終えている。以前の状態を再現する必要など、現実にはあり得ない。

「劇、か」

 そう考えると納得できる気がしてきた。やはり憶測ではあるものの、そう考えると何となく、すべてがしっくりくるように、コチョウには思えてきた。

「すべてが都合良くできすぎてるのも」

 分かる気がする。やはり最初から、そういう筋書きなのかもしれない。

「すべてが都合悪くできすぎてるのも」

 フェリーチェルも口を開いた。何処までも転落していく彼女の人生は、まさに悲劇という他なさすぎる。そうなるように、筋書きされていたのかもしれない。

「あれより酷いことって、何だったのかな」

 弱々しくだが、フェリーチェルは冗談めかして笑った。本当に興味があった訳ではないのだろう。むしろ逆に、本来、コチョウに会った時の境遇が、自分の不幸のどん底ではなかったのだろうという、一種の諦めがあった。

「ああ、そうか。たぶん、何とかして逃げ出すのかも。ボロボロになりながら、それでも必死に這いずって、国を目指して、きっとそうなんだ。滅んだ国を見て、絶望して終わるんだ。そこで自分で命を断ったのかも。そんな筋書きだったのかな。何となくだけど、そんな気がする。だって」

 フェリーチェルはそんな風に自分の想像を語った。乾いた声には、おどけたような、自虐的な響きがあった。

「そのあと、なんていうのか、いろいろ、雑」

 確かにフェリーチェルには、あの監獄を出てからも、相変わらずいいことはない。だが、それまで辿った変遷と比べて、明らかに異なる点があった。

「私がいて、初めて成立する境遇か」

 コチョウは頷いた。ある意味、フェリーチェルはコチョウに振り回されているだけとも言える。言われてみれば、奇妙なことなのかもしれない。

「ほんとは、あそこで私は死んでる筈で、その先の筋書きなんかないのかも。その筋書きから私を蹴っ飛ばしたのは、多分、コチョウ、あなただ」

 フェリーチェルは、実はずっと引っかかっていたことがあると言った。それはずっと前の話で、あの監獄から逃げた時のことだった。コチョウはあまり気にしなかったが、フェリーチェルは気になっていたのだという。

「コチョウが連れ出した遺跡。どうしてアンフィスバエナの所だけ、戦ってる間、コチョウが閉じ込められたのかって、不思議だった。バジリスクの時も、ゴーレムの時も、そんなことなかった。私にはどれも倒せる筈なくて、でも私がもし、コチョウもいない状態で、あそこから自分で逃げだしたとしたら、何となく分かる。多分、あそこで誰かがアンフィスバエナと戦って、倒した隙に、私が通り抜けることになってのかも。それなら、他のモンスターの階では閉じ込められなかった理由も分かる。それだと、私が逃げられないからだ。それ以前に、コチョウが壊して通った、通風孔の罠を、どうやって私が避けたのかは想像もつかないけど、あなたが殺したピクシー二人が、ひょっとしたら私を助けてくれるひと達だったのかも。私の妄想でしかないけど、私の不幸体質を考えれば、私はあの二人と脱出を図って、それで、あの罠の中で一人が脱落して、もう一人がアンフィスバエナと相打ちになって、何とか私だけが進めたとか、ありそうな気がするよ。それで、あの遺跡が、マラカイトモスの中にあったのも、私を絶望させるのには十分だ。あれは、私に向けられた、悪意のある構成だったのかも」

「そうかもしれん。違うかもしれん。私にはどっちでも同じことだ」

 コチョウは、長々と語ったフェリーチェルに、わざとらしい欠伸で返した。

「確実に言えることは一つしかない。お前が死にかけてるってことだ。良いからもう休め」

 余計なことを考えるのはあとで良い。コチョウはそれ以外のことは、ひとまずどうでも良かった。もっともフェリーチェルを助けなければならない理由もなかったのだが、コチョウ自身、フェリーチェルを見捨てられないということにはもう諦めがついていた。

「……うん、そうする」

 フェリーチェルも、コチョウの言葉に逆らうことはせず、頷くように俯いて、そのまま目を閉じた。そして、しばらくすると、寝息をたてはじめた。

 コチョウは一人、黙々と考えた。

 コチョウとフェリーチェルが思い至ったように、この地が劇の為の舞台装置なのだとして、だが、コチョウの物語には違和感があった。あまりにも生々しく、血なまぐさい。そもそもコチョウは常に本気で殺してきたし、本気で破壊してきた。演じさせられている自覚も、そうなるように仕向けられていると感じたこともない。劇であれば、ここまで悪趣味な程にリアルにする必要もない筈だ。もう少しマイルドな方が――観客がいる劇ならば、の話だが――大衆受けするものだろう。むしろ、ある意味、コチョウの物語は、最初から破綻していた、という方がもっともらしい気がした。とはいえ、筋書きがあったとする確たる証拠もなく、フェリーチェルが言った通り、今のところ、コチョウやフェリーチェルが推測しているだけの妄想に過ぎない。今考えても結論は出まい、コチョウは意味のないことを考えるのをやめた。

 スズネは眠っている。

 エノハは――目を開けていた。

「起きてたのか」

 コチョウが声をかけると、

「目が覚めちゃったの。お師匠、ちょっと、わたしの話、聞いてくれる?」

 エノハは寝転がったままそう話した。コチョウは短く笑い、

「さまを付けるってんなら、考えてやる」

 半ば冗談のつもりで答えた。

「じゃあ、いい」

 と、エノハが寝返りをうって、向こうを向いた。背中越しで、さらに続ける。

「心の底から師匠って呼べる人じゃなきゃ、さまはつけない」

 コチョウには不可能な条件で、

「じゃあ、寝ておけ。眠れなくてもな」

 そう、笑うしかなかった。


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