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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五八話 確信

 研究施設らしい建物の中には、意外な程、コチョウ達が心配していたようなものは何もなかった。

 中はどちらかというと博物館めいた資料館になっていて、エンシェントエデンの開拓から現在の形に至るまでの歴史が残されており、これ見よがしに古めかしい石板や、古代の衣服を再現したような複製品、文明が未熟だった頃に使われていたという、石器や骨を削った粗末な道具、味気ない、土を捏ねた欠けた壺などが展示されている。かつて占いに使用されたとされる骨片や木板、木の棒などもあった。

 外を歩いている住民がゴーレムだらけでさえなければ、街の歴史の古さを感じられたことだろう。さもあったように展示されている内容と、外のゴーレム地獄のギャップに、コチョウ達は胃がむかつくような気味の悪さを感じながら進んだ。

 建物中にはゴーレムはいない。動くものの気配は皆無だった。警備のモンスターが襲って来るということもなかった。さらに下層へ進む為の手段は、やはり研究施設の中にあり、あっさりとそれは見つかった。

 研究施設はやはりさらに下層に続いている。それどころか、驚くべきことに、地下二六層から、地下四九層まで繋いでいる階段があることさえ分かった。階段があるエリアに続く扉は施錠されていたが、コチョウは鍵を探すなどというまどろっこしいことはせず、扉を破壊して侵入した。

 階段までの間に幾つか扉があったが、部屋には目もくれず、コチョウ達は階段を目指した。エノハに預けたフェリーチェルは昏々と眠り続けていて、弱々しい姿は相変わらずながらも、回復呪文で再度ケアしたところ、何とかひとまず小康状態に落ち着いたようだった。

 コチョウ自身は、階段をそのまま降りてしまいたいのはやまやまだったが、エノハの足元が覚束なくなってきている。疲労と睡魔で限界に近い。おそらく地上はそろそろ深夜に近い。フェリーチェルも容態も落ち着いた為、コチョウは階段に続くホールで、夜を明かすと言ってエノハとスズネ達を休ませた。

 フェアリーはもともと眠りたいときに眠り、そうでなければずっと起きているものだ。コチョウには、途中、地下一二層で一時間程眠ったこともあり、睡魔は訪れなかった。魔神化したことも影響しているのかもしれない。極端に睡眠の必要を感じない体になっていた。

 階段の下を見下ろす。地下四八層までの途中の階には寄るつもりがないのは急いでいるからという理由もあったが、それ以外の理由もあった。ありていにいえば、スズネ達に見せたくなかったのだ。コチョウ自身は、その間に何があるのか、推測はついていた。だが、答えがあっているかの確認は必要だ。コチョウはエノハ、スズネ、フェリーチェルの安全を確保する為に、彼女達をサンクチュアリの呪文で包み、自分は階段を降りていった。目指すのはどの階層でも良かったが、あまり近い階層では肩透かしに終わる懸念もあったから、とりあえず四階層下の地下三〇層を目指した。

 一階層降りるごとに、階段の脇に扉があった。地下二六層とは違い、階段から直接通路が繋がってはいない。地下三〇層につくと、コチョウは扉のノブを回した。鍵は掛かっていなかった。

 扉の向こうは暗い。まったく光源となるものはなかった。コチョウには明かりはもう必要がなかったが、つい反射的に照明呪文を使った。

 扉の向こうに入ろうとすると、

「待って……」

 と、声が掛かった。振り返ると、階段の手すりに縋るように、息を乱したフェリーチェルが必死に翅を動かしていた。

「動いたら死ぬぞ、馬鹿」

 コチョウはすぐにフェリーチェルに駆け寄って腕に抱え上げたが、戻れ、とは言わなかった。一人で戻らせたら、それこそ途中で力尽きて死にかねない。今から階段を戻るればスズネやエノハが起きてしまう恐れもある。このまま進むほかないと諦めた。

「何で来た」

「うとうとはしてたけど……ゴーレムの街のこと、だいたい、分かってる」

 フェリーチェルは答えた。そして、半ば顔を顰めるように笑う。

「忘れた? 私も心が読めるって。あなたが何を想像してるのか分かるよ。私も知りたい」

 そうだ。フェリーチェルも超能力を持っている。コチョウが薄々気付きかけている、この世界のおかしさに、フェリーチェルも気付いたと言いたげに彼女は頷いた。

「扉の先に、何があっても私は平気。行こうよ」

「そうするか」

 コチョウも頷き、歩き出した。今度こそ扉を抜け、その先に進んだ。

「何もかも都合良くできすぎてる」

 コチョウは言った。

「何もかも都合悪くできすぎてる」

 フェリーチェルは言った。

 二人の意見は正反対で、しかし、その実全く同じだった。とにかく、話がいつも、数珠つながりになりすぎているのだ。因果は巡るとはいうものだが、あまりにもきっかけと結果が繋がりすぎていた。作為的に辿る軌道が決められているように、物事がある方向に彼女達を誘導している力が働いているように感じた。

「だがどこかでその調和が狂った気もする」

 コチョウが呟くと、

「交差する筈のなかったものが交差した結果じゃないかな」

 フェリーチェルはそんな風に笑った。

「きっと、ほんとは。あなたの辿る旅に、私はいなかった。私の辿る末路にも、あなたはいなかった」

「そうかもしれん。そこで予定調和が狂ったのかもな」

 コチョウは足を止めた。通路を進んだ先には両開きの扉があった。厳重に、鎖でノブ同士がぐるぐる巻きに繋がれ、封印されている。

「行くぞ?」

 コチョウはフェリーチェルの答えを聞く前に、鎖を斬った。フェリーチェルが以前言った通りだった。その気である場合、コチョウは警告する前に動いていた。

 片方のノブだけを回し、扉を開ける。そこにコチョウが求めた確信に至る答えは確かにあった。

 ある意味見覚えがあり、ある意味見覚えのない景色が広がっている。だが、フェリーチェルにはコチョウよりももっと見覚えを感じているようだった。

「森、だな」

 と、コチョウが言う。迷宮の地下深くという場所には、あまりにも似つかわしくない、樹木が密集した、夜の森の景色が広がっていた。

「見忘れる筈ない。私が見間違える筈ない。これは、マラカイトモスだ。燃える、前の」

 フェリーチェルは森の奥を凝視し、震える指先で、森の奥、視界のやや右側の方を指差した。

「見て。ぼんやりと明るい。あれ、多分、まだ、幸せだった頃の、私の国だ」

 それがここにある。保存の為に再現された、ということではないだろう。それにしては、あまりにも生々しく、木々が茂っている。模型ではない。コチョウもそう感じた。

「もう少し近付けないかな。幸い夜みたいだし、誰も外にいないだろうと思う」

 フェリーチェルに懇願するように頼まれ、コチョウは無言で頷いた。

 なるべく落ち葉を鳴らさないように、気を付けて地下の森を進んだ。木々の葉が折り重なるように頭上を覆っているが、ところどころ、僅かに天井が見通せた。しかし、そこにはまるで天井などないかのように、星空が覗いている。

 やがて、ぼんやりとした明かりが木々の幹の中から漏れた光だと、はっきりと確認出来る場所まで辿り着いた。奥の方には、やはり心当たりがある巨木が聳え、そのあちこちに僅かに空いた穴から、幾筋もの光が漏れていた。

「城」

 フェリーチェルが、ほとんど声に出さないように囁いた。あの中に、まだ、不幸が訪れるということを夢にも思っていないフェリーチェルが、もうひとりいるのだろうか。疑問には思ったものの、コチョウも、フェリーチェル自身も、それは確かめるべきではないという気もした。

「戻ろう。もう良いよ」

 と、フェリーチェルもまるで過去を振り切るように告げる。コチョウは、彼女の求めに従い、森を出て、扉を閉めた。コチョウは疲労感を感じ、フェリーチェルは生き返ったように深いため息をついた。

「やっぱり、これは、そういうことだよね」

「それしか考えられないな」

 フェリーチェルも、コチョウも、疑念は確信に変わっていた。その意味するところまでは、まだ完全に理解できたわけでもないし、それはそれで様々な疑問は残る。それを調べている時間は今はなかった。まずは最下層で、スズネ達の呪いを解き、フェリーチェルの魂を回復させてからだ。だが。

「本当は、地上には最初から焼けて伐採された森しかなかった。私が覚えてる平和な森は、きっと、この……別に用意されたセットだ」

 フェリーチェルは、そう、遠い目をした。


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