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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五七話 人形

 地下二六層。

 再び迷宮内の様相が変わった。

「なんだこれは」

 コチョウも流石に、そうとしか言えなかった。そこに広がっていた光景は、彼女をしてそう言わしめるのに十分だった。

 街があった。地下都市だ。そしてそこに暮らしているのは、人間であり、エルフであり、ドワーフだった。フェアリーもいる。ピクシーもいる。こんな場所に人が生息しているなど聞いたこともない。もし目の前の光景が現実であれば、今までの最高到達階層数とは何だったのかという話になる。

「おい」

 通りを歩くエルフを呼び止め、コチョウは聞いた。

「ここは何処だ」

「ここはエンシェントエデンです」

 まるで用意されていた答えのように、エルフは答えた。当然のことながら、コチョウも、スズネも、エノハも、そんな名前の街は知らない。

「そんな街は聞いたことがない。この街はいつからある」

 コチョウはさらに聞いた。それに対する答えは、コチョウ達を当惑させ、不吉な予感を感じさせるのに十分すぎるものだった。

「ここはエンシェントエデンです」

 エルフの答えは、一字一句違わず、同じだったのだ。コチョウは胃のむかつきを抑えられず、答えたエルフの首をほぼ反射的に飛ばしていた。案の定、それは生物ではなかった。

「ちっ、やはり土くれか」

 エルフの首は飛び、遠くでボロボロになって地面の出っ張りのように土の山になった。勿論、胴体も同じだ。そして、道行く住民達は、そのことに全く反応しなかった。

「ゴーレム共だ」

 コチョウはその異様そのものの事態に、腕に抱えたフェリーチェルを一旦エノハに預け、スズネを追い越した。自然にこんな街ができる訳がない、何者かの実験場でしかないことは明らかだった。そして地下一五層以下の迷宮は、古くからある遺跡だ。つまるところ、これは古代に捨てられた実験場と見て間違いなかった。

「お前はこれを人間というのか」

 コチョウは、白虎を睨みつけた。だとしたら、式神には魔法生物と人間の区別もつかないということだ。

 だが、エノハは違うと言っているという。

「白虎様は、これじゃないって言ってる。これは放棄された文明の過ちそのものだって」

 そうだろう。そうでなくてはならない。こんなものが脈々と受け継がれた人の営みだとは、流石のコチョウでも受け入れられなかった。

「でも、このなかにはいるって」

 と、エノハが告げる。言った当人すら、青ざめて怯えている様子だった。

「壊して進む」

 コチョウの判断は極端だった。誰に聞いても愉快とは程遠いと言うだろうが、だからといってその反応が滅ぼすという決断になるのは、コチョウならではといえた。勿論スズネもエノハも褒めてはいない。

 そんな二人の意志はまるで無視したように、コチョウは目につく住人達を惨殺し始めた。ほとんどのゴーレムは先程と同じクレイゴーレムで、体内まで土が詰まっていたが、一部はキリヒメと同じで、外殻は金属で中は空洞だった。コチョウの苛立ちは募るばかりで、その苛立ちをぶつけるようにゴーレムを破壊して回っても、彼女の不愉快さは一向に晴れなかった。

 そして、何体ものゴーレムを破壊したのち。

 はた、と、コチョウの動きが止まった。

 階層の街は大通りを中央に街が広がっていて、コチョウは大通りを奥に進みながら、通りの中で活動しているゴーレムを破壊し続けていた。

 一体のゴーレムを破壊した時に、コチョウは目を見開いた。何となくであるが、階層内の街で活動しているゴーレムには種類というか、世代差があることには気付いていた。おそらくキリヒメと同等のゴーレムがもっと古い第一世代で、それよりも人間に近いクレイゴーレムが第二世代だと思われた。第三世代は歪ではあるが生体素材によるフレッシュゴ―レムで、そして。

 第四世代だと思われるゴーレムを、コチョウは切ったらしい。そのゴーレムは第三世代と同じ生体素材で、しかし、第三世代のそれとは明らかに異なった特徴があった。

 斬り落とした首から、鮮血が飛び散ったのだ。言わばホムンクルスに近い。そしてそいつは他のゴーレムとは違い、コチョウが襲い掛かると、けたたましい程の悲鳴を上げたのだった。

「何だこれは」

 斬った後に、コチョウは呆然と立ち尽くした。彼女が知る魔法生物に、こんなものがいるとは記憶されていない。

「これは魔法生物なのか」

 素手での破壊を止め、ライフテイカーを抜く。さらにコチョウはゴーレム達を斬り捨てて回ったが、やはり、どのタイプからも、魂を吸い出すことはなかった。再度、斬ると血が出るゴーレムにもあたることもあったが、そいつにも魂はなかった。

「どうなってやがる」

 コチョウは理由の分からない気味の悪さに舌打ちした。エノハやスズネもコチョウについて来てはいるが、恐慌状態に陥ったように声もなかった。

 どれだけ破壊しても、他の街のゴーレム達が反応を返すことはまったくなかった。街は地下二六層全体に広がっていて、さらに地下二七層にまで及んでいるように見えた。街自体が地下だというのに、まるでその地下階のように、二七層が存在しているように見えた。

 モンスターの流入を防ぐ機能も存在していない街だというのに、モンスターがまったくいないことも奇妙だった。とにかくすべてが不気味で、そもそもゴーレム共が何の為に人の生活を模した活動を行っているのか、コチョウにも理解ができなかった。何より理解の域を超えているのは、この階層の情報が、魔神の知識にも全く存在していないということだった。地下五〇層の知識すらありながら、こんな妙な階層を全く覚えていないのは理屈に合わない。その事実自体が、この階層には何かあると、コチョウに推測させるのに十分な根拠だった。

 とはいえ、今は調べている時間がない。そんなことをしている間に、フェリーチェルは死ぬだろう。それでなくとも、地下二七層に降りられ、かつ、さらに下の階層に続いている建物も探さねばならないのだ。奇妙な違和感を抱えながらも、コチョウは兎に角先に進む方を選んだ。それならば目についたゴーレムをわざわざ破壊する必要はない筈なのだが、それを無視できないのが、コチョウの性分だった。

 コチョウはゴーレムを破壊しながら通りを抜け、大きなモニュメントのある建物を見つけた。ゴーレムばかりの街にある研究施設らしい建物というだけで、最早あからさまなまでに、知らなくていいことを知ることになる予感がするが、最も奥に続いていそうな、無視するには怪しい建物であることも間違いがなかった。

「行けそうか?」

 万が一の場合でも、コチョウは内部を滅茶苦茶にして苛立ちをぶつけるだけだが、エノハやスズネには、そういった暴挙は不可能だろう。反応が薄い二人は、少し間をおいてから、何とかといった風に頷いた。

「なんか怖いけど、入るしかないよね」

 エノハは正直な心境を告げた。

「いかにも下に続く階段がありそうです。見たくないですけれど、無視できないですよね」

 スズネも正直な意見を口にした。

 二人ともコチョウと同意見だった。当然だ。何か良からぬ実験がされていたか、あるいは、今も続けられていることは、街を見れば分かる。むしろ、今も続けられていると言ってくれた方がまだマシかもしれない。捨てられた実験場というのが、一番堪える話だ。せめてゴーレムをどこかで処分しておいてくれれば、廃墟と化した地下都市という認識で終わるが、今なお無意味にゴーレムが人の暮らしを模した虚構を形作り続けているとしたら、そんなものは恐怖でしかない。

 その情報が残っている可能性が一番高いのが、今から入ろうとしている研究施設で、しかも、地下へここからもし続いていたとしたら、そこにあるものも想像がつく。

 ゴーレムには明らかに世代があり、新しいものになるつれ、人に近くなっている形跡が見える。何処かで研究開発が行われていた筈で、それがありそうな場所はさらなる地下だ。ここから何層か、ゴーレム開発と量産の為のラボ兼工場があったとして、誰が不思議に思うだろう。そして、場合によっては、こんな奇妙な街が作られた目的も、そこに残っていることは十分にあり得る話だった。

 知ってどうなる訳でもない上に、知れば胸糞悪い思いをすることになる予感はあった。明らかな面倒で、本来であれば関わり合いになりたくないことだ。しかしおそらく、そのおぞましいラボを、さらなる下層を目指して通り抜けなければならないのだ。

 だが、おそらくエノハやスズネは気が付いていないだろうが。

 コチョウは歯ぎしりをした。

 おそらくここから先に、ここまでに起こった様々なことの違和感の答えがあると。


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