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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五六話 封魔

 フェリーチェルは再び眠った。起きて喋っているだけでも体力を使う。そのまま寝かしておいた方が良いのだろうと、コチョウ達はフェリーチェルをそっとしておいた。

「ありがとうございます、白虎様」

 丁寧にエノハが式神に礼を言うと、白虎は誇らしげに低く唸った。白虎はその名の通り白い虎の姿をしているが、一般的な虎よりも随分と細長い胴体をしていた。

「キリヒメが敵にいたからお前等に戦わせたくなかったんだが、余計な心配だった」

 コチョウが、俯くように座り込んだ姿勢で動かくなったキリヒメに視線を向ける。

「思ったよりも、感傷は少ないです」

 スズネも隣に並んで頷いた。そして、こんなことを告げた。

「直そうと思えば直ると分かっているからかもしれません」

「直るのか」

 コチョウは意外なことを聞いた、と感じた。コアがないゴーレムなどガラクタにすぎない。コアを再生する方法が現状あるとは信じられなかった。

「もともと、わたしたちが見つけた時、キリヒメ、コア、なかったの」

 答えたのはエノハだった。そして、コチョウにフェリーチェルを預け、エノハは胸の前で何度か複雑に手刀を斬るような動きをした。その動作が止まると、エノハの前に以前キリヒメの内部に納められていたコアと同じものが出現する。

「霊玉っていうのね。空気中の気を集めた、精霊力の塊……魔力球みたいなもの、かな」

 と、エノハは笑った。霊とはついているが、別に彷徨っている魂を捉えてどうのという訳でもなかった。

「ほう」

 漸くキリヒメが不完全な術式で動いていた理由に、コチョウも合点がいった。

「精霊が乗り移ってたのか」

「そ。わたしたちは、神霊って呼んでるけど。アシハラだと、あやしくふかしぎなもの、は、みんなかみさまだから。妖怪、怪異、鬼、お化け、全部ひっくるめて、かみさま」

 エノハが語る。それから、徐に、わざわざ作った霊玉を解放して、消した。

「直さないのか?」

 つまりその行動は、キリヒメを復活させるつもりはないということだ。コチョウは流石に意図が分からずに聞いた。

「復活させても、戦いのレベルについてこられないでしょう。こればかりは、素体の方の問題ですから、いくら霊玉の質が上がろうと、どうにもならないと思います。おそらくメイジの方が付与された強化も消えてしまったのではないでしょうか。復活させたところで、すぐに壊れてしまいますもの」

 スズネも、エノハの選択に賛成のようだった。少し寂しげではあったが、割り切った諦めがあった。

「そうか。お前等がいいのなら、私もそれでいい」

 コチョウもそれ以上言い返すつもりにもなれなかった。ゴーレムが成長しないのは当然で、足手纏いなのも間違いなかった。

「それより、お前の弓は何処から出てきた」

 キリヒメの扱いの話が決着し、コチョウは気になっていたことをスズネに尋ねた。そんなものをどう隠し持てるのか、全く理解が及ばなかった。

「これは」

 スズネが弓を振り上げ、手を離す。弓は一瞬宙に浮いたあと、陽炎のように揺らめいて消えていった。

「霊弓といいます。霊気を束ね聖光と成すと口伝を受ける魔封じの弓です。以前は修練が足りず、生成することができませんでしたが、お師匠さまのお力のお陰で、こうして可能になりました」

 対妖術の為の業は、近接武芸を生業とする職業には必須の技術だったのだという。実際の弓でも同じ効果を出すことはできるが、アシハラの弓は大きく、目立つので物理的に持っていると警戒されることから、秘儀として編み出されたのが霊気で弓矢を造り出すということだったらしい。

「ほうほう。なかなか面白い術だな」

 いるかと言われれば、コチョウにはもう必要ないが。魔弓でも聖弓でも、好きな方を幾らでも作れる。同じことができる力は、コチョウにもあった。だが、魔封じの陣を張る射術は便利そうに見えた。アリオスティーンの呪文の発動を妨害できたあたり、極めて強力な技だ。

「あの呪文を阻害する矢は良かったぞ。私も驚いた」

(くう)を穿つ、という秘儀です。呪文を封じ、魔気を退けるというものになります」

 と、スズネは答えた。

「一方、三方、五方、六方、一二方と五種類の陣があり、数が多い程強力になります。当然用いる当人の力量次第で、一方でも完全な効果をもたらすこともあります……けれど、スズネは未だその域には至っておりません。修練不足まことに申し訳ないばかりです」

「魔気を退けると具体的にどうなる」

 そこのところが、コチョウには理解できなかった。全く未知の業もあったものだと感じた。

「様々な効果があります。一番分かりやすいのは、瘴気を払うことです。あとは、例えば魔術妖術を帯びていない武具でしか傷つかないものに通常の武具が通じるようになる、燃え盛る魔物に火が通じるようになる、等の効果もあります」

 スズネの説明だけでも、かなり強力であることが分かった。つまり耐性を無効化できるということだ。

「そいつは凄いな。意外にお前、修業さえ真面目にやってれば、有能だったんだな」

 コチョウは感心し、横目で見た、スズネがやっていたことを思い出してみた。

「つまりはこういうことか」

 空中の一点に視線の焦点を向け、指を鳴らす。空中で目に見えない何かが割れる音が響き、コチョウはそのあたりに向かってファイアボルトを放った。飛んで行ったファイアボルトは、ある程度までコチョウの手元から飛んでいくと、弾け飛ぶように消えた。

「うーむ、これは便利だ」

「そうあっさりと、弓不要の模倣をされると、スズネも反応に困ります」

 コチョウがアレンジ版で再現したのを見て、スズネは困ったように苦笑いを浮かべた。

「ひょっとして式神とかも」

 エノハも自分の存在価値がなくなることを恐れたように呟く。コチョウはため息をついた。

「そっちは再現できそうにないな。そもそも、お前が呼ぶ奴等が何処から来るのか分からん」

 正直、陰陽道については魔術とは異なるということまでしか、コチョウにも理解できなかった。エノハに使えているのだから、何らかの原理や理屈はあるのだろうが、それがさっぱり分からなかった。

「だが、良かったな。お前にとって幸いなのは私が一人しかいないってことだ」

「ええと」

 コチョウの言葉の意味が分からず、エノハは首を傾げた。

「お前から経験を奪ったら、私が全部やらなきゃならん。お前にやらせておいた方が楽だ」

 コチョウが答えると、納得したような顔で、エノハは頷いた。コチョウは、満足して歩き出した。

「ま、雑談はここまでだ。放っておくと死ぬ奴が増えた。さっさと先に進むか」

 当然、スズネやエノハが動くのを待ったりはしない。二人は、小走りにコチョウを追いかけた。

「知り合いですか?」

 歩きながら、スズネがコチョウの背中に問い掛ける。フェリーチェルを腕に抱えたコチョウは、振り返らずに答えた。

「フェリーチェル。アイアンリバーから少し離れたフェアリーの国の姫だ。国は滅んだが」

 フェリーチェルは眠っている。ぬくもりは確かに感じするものの、体温は低い。かなり危険な状態であることは間違いなかった。

「スズネ、先を歩け。私はしばらく、こいつの面倒を見なきゃならん。本気で面倒だが」

「かしこまりました」

 スズネはコチョウを追い越して、格子門は上げずに、門に開いた穴をそのまま潜った。そのあとを、コチョウとエノハが続く。

「たいした力だな。白虎の能力って奴か」

 門を抜けながら、滑らかな門の穴の縁に視線を向けた。

「うん。白虎様には、加減していただいたから。本当なら、全部溶かすのも簡単なんだけど、流石にやりすぎな気がしたの」

 エノハはまた、自慢げに笑った。

 全部溶かすのが、何故やりすぎなのかはコチョウには理解できなかった。あまり変わりはしないように思えるが。エノハの半歩前には、まだ白虎が控えていて、主をいつでも守れるようにしているように、歩調を合わせていた。

「戻さないのか?」

 コチョウが問いかけると、

「白虎様、このままでいることを望まれてるみたいなの。満足いただけるまで戻さないよ」

 エノハは白虎を眺めてコチョウの疑問に答えた。白虎はちらっとだけ顔だけでエノハを振り向き、喉を鳴らすように唸った。

「まだ人間の匂いがするって、白虎様が。先の階層で、何か起こってそう」

 新たな問題の予兆を、エノハが告げた。


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