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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五五話 自白

 胴に突っ込んだコチョウの腕を刈ろうと、キリヒメの腕の刃が迫る。その腕が固まり、動かなくなった。

「キリヒメはわたしが抑えるっ。スズネはあいつをお願いっ」

 エノハの声が響く。コチョウの脇を、スズネが走り抜けた。左手に漆塗の弓が握られ、右手には三本の矢が指に挟まれている。頭上から、キリヒメを巻き込んでコチョウを狙った轟々たる稲妻が降るのを、スズネは振り向きざまに矢で射抜いて消滅させた。流れるような動作で行った、その一射ののち、スズネは止まらずにさらに回転し、アリオスティーン目がけて矢を放って牽制してからまた走った。その動作には一瞬たりとも同じ姿勢で留まることがなく、スズネは、狙う、射る、走る、までがまるで一セットの動作のように振舞った。アイアンリバー周辺で扱われている弓よりも明らかにサイズが大きく、形状も異なるアシハラ諸島国の弓を、スズネは明らかに手馴れているといった調子で扱った。

 コチョウはその間に、もともとキリヒメのコアがあった場所にいる筈のフェアリーを掴んだ。薄い魔法のバリアで封印されるように囲まれていたが、それは女神の力で消滅させた。手応えがある。コチョウは乱暴に引き抜いた。コアの固定シャフトに、フェアリーは魔力で強化された鎖で繋がれていたが、コチョウは鎖を無理矢理引きちぎった。

 キリヒメのボディーの割れ目から、フェアリーが取り出される。コチョウが推測した通り、中から出てきたのは、フェリーチェルだった。キリヒメは動力を失い、崩れ落ちて停止した。

 ボディーの割れ目で引っ掻いてしまい、フェリーチェルの体に浅い切り傷ができる。完全にキリヒメのボディーから引っ張り出してから、コチョウはヒールではなくパナケイアの呪文を使って傷を癒した。

 アゲハ蝶のような鮮やかな翅はぐったりと萎れ、目は閉じたまま開かない。呼吸はしているが、それも弱々しく、明らかに弱っていた。パナケイアは身体を完全に癒せるが、癒せないものもある。生命力を吸われ、魂が弱っているのだ。全身をだらんとさせたまま、フェリーチェルはまったく動かなかった。

「その子、預かる」

 エノハがすぐにコチョウに駆け寄り、頷いた。コチョウは無言でエノハにフェリーチェルを預け、自分もアリオスティーンと決着をつける為に走り出した。

 スズネはまだ、刀ではなく、弓で戦っていた。何処にどうやって弓など隠し持っていたのか、あとでとっちめて聞き出してやろうと、コチョウはそれが癪に障った。

 スズネに直接狙われたことで、アリオスティーンは大きな術を使えなくなったが、中級呪文以下だとしても、術者の能力が高い為侮ることはできない。スズネは弓矢を多芸に用い、術を防ぐ場を足元に展開して対抗していた。弓を使い、魔を退ける術を、スズネは複数知っているようだった。もともと、刀よりも弓の方が得意だったのかもしれない。コチョウがスズネの横を走り抜けると、スズネは援護に徹すると無言で告げるように、一歩引いた。下がりながら、立て続けにアリオスティーンの頭上から降る軌道に調節された矢を三本放った。動けば当たるが動かなければどの矢も当たらないと勘付いたらしいアリオスティーンは、無視してコチョウを呪文で迎撃する方を選択した。手元から必中の雷撃を放つ、ライトニングストライクという呪文だ。しかしそれは一瞬完成したように見えただけで、アリオスティーンの手元で消失した。

「しまっ」

 少年は己のミスに気付くが、その失敗はあまりにも致命的だった。コチョウはその隙に眼前に迫っており、ライフテイカーの、躊躇ない一撃が、アリオスティーンの腹を捌いた。骨が砕け、アリオスティーンの胴体が横一文字に両断される。そして、純粋な暴力は、その程度では満足せず、アリオスティーンの上半身を、数メートル先の壁まで跳ね飛ばした。アリオスティーンの腰から下が倒れ、上半身は壁をずり落ちた。コチョウは何も言わず、その両方を、ファイアブレスで灰になるまで焼き払った。

「私を騙すとは、お前等、やってくれたな」

 コチョウがやっと口を開く。笑っていた。

「あのままじゃ、お師匠さまが安心して戦闘に臨めないかと思い、一旦、聞き入れた振りをすべきと、思ったものですから」

 悪びれず、スズネも笑う。

「まさか人の思い通りになることがお嫌いなお師匠さまが、人にそうされて怒ったりなどは、されませんよね?」

「だが言ったことはやるぞ。追いつくまでに五層以上攻略していなかったからお仕置きだ」

 コチョウは言い返すが、罰の内容など考えてもいない。エノハに、

「罰が恐かったら戻ってこないよ」

 そう言い返されて、コチョウには肩を竦める以外になかった。

「でもこの子、術ではもう癒せないね。そもそも生きる力が残っていないから、放っておけば魂がどんどん弱って死んじゃうよ。可哀想……」

 エノハは自分の手の中にいるフェアリーを見下ろし、コチョウに告げた。その隣にいるのは白虎だった。白虎には、金属を含め、鉱物を操る能力がある。それでキリヒメを止めることができたのだ。見れば、格子門も、一部金属が溶かされたように穴ができていた。格子門も鉄製だった。

「そうか」

 散々な目に遭いながらも復興を目指した国は既に滅んでおり、両親を失い、周囲の者達も粗方死に絶え、フェリーチェルのはもともと生きる力が薄くなっていた。いずれ死を選ぶだろうとも、コチョウには感じられていた程だ。このまま回復しなかったとしても、何の不思議もない。結局アリオスティーンはフェリーチェルを解放することなどなく、挙句の果てにゴーレムの動力源代わりに使った訳だ。何と薄幸のお姫様であることか。

「ろくでなしがのさばり、真っ当な奴が死ぬ。何とも愉快な世の中だってか、まったく」

 もう一度ため息をつき、コチョウはエノハの手の中のフェリーチェルの顔を見た。フェリーチェルの肌は蝋細工のように白く、まるで血が巡っていないようにも見えた。それでもまだ、かすかに心臓は脈打っており、細いながら自力で呼吸もしている。

「私にとどめを刺されるのは、やっぱり嫌か」

 答えは期待せずに、コチョウはフェリーチェルに語り掛けた。それに反応して、フェリーチェルの瞼が動いた。最初は気のせいかと疑う程に微かな反応だったが、やがて、はっきりと動き、うっすらと目を開けた。焦点の定まらない目でコチョウを見上げ、相手がコチョウだと気付いていないように、滓れた、囁くような声で答えた。

「どなたか存じませんが……ありがとうございます……出して、いただいて……」

 マラカイトモスの姫としての振舞い。最期まで失われた王国を背負うのだと、フェリーチェルは願ったのかもしれない。

「私だ。他人行儀な礼はいらん。お前はとばっちりを受けただけだしな、私を恨め」

 コチョウが答えると、

「ごめんなさい……視界がぼんやりしていて……あなたの言う、『私』が……誰のことか、良く見えないんです……」

 フェリーチェルは何とか笑おうと、口元を震わせた。力が入らないフェリーチェルの体は、彼女の意志に反して、笑顔の表情すら満足に作れなかった。

「人化してるから気付かんか。私だ、コチョウだよ」

 コチョウが名乗る。フェリーチェルはそれをどうとったのか、

「ああ」

 とだけ囁いて、目を閉じた。コチョウはフェリーチェルが文句を言うのを待ったが、エノハの手の上で横たわるフェアリーがもう一度目を開けて告げた言葉は、違う一言だった。

「ごめんね」

 目に涙を溜めて、フェリーチェルはコチョウに詫びた。

「消えてなくなりたい……私はあなたを裏切った……だから、この末路は……自業自得」

 フェリーチェルの話は途切れ途切れで、ひどく聞き取りにくかったが、要約すると、コチョウがアーケインスケープの部屋で、フェアリーにしか見つけられない場所に隠したオーブを探し出したのは、フェリーチェルなのだという。それはアリオスティーンとの取引の筈で、コチョウのオーブを探し出し、差し出すことで、自分は何もされずに解放される筈だった、フェリーチェルの自白は、何も知らないが故の、ただの自虐に過ぎなかった。

 運が良かったというのも本当ではあるが。オーブが発見されたのが地下九層でコチョウが死亡するよりも先の話であったとしたら、確かに無事では済まなかっただろうが、そのタイミングではまだ復活できたことで、それ以降はもう、オーブの存在はどちらでも良かったのだ。

「気にするな。私にはもうオーブなど必要ない。私はフェアリーだが、同時に死の魔神であり、殺人の女神でもある。最早通常の生物の生と死のルールから、私は脱却している。お前が私のオーブを、自分が助かる為にアーケインスケープの連中に売ったとして、私が被る被害は何もない」

 しっかりと説明するコチョウの言葉に、

「……そうなんだ……良かった……」

 フェリーチェルは、ただ、涙を流した。


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