表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
54/200

第五四話 傀儡

 コチョウは自分で格子門を支え、スズネに手を離させた。声のした方向を振り返ろうとするスズネとエノハを、コチョウは門からさらに奥に片手で立て続けに押し込む。

「お前等は見るな」

 見せる訳にはいかなかったのだ。コチョウはそう判断し、自分は広間に残ったまま、格子門を再びおろした。

「今のお前等ならこの先も自分達だけで切り抜けられる筈だ。振り返らずに進め」

 格子門の空いた隙間に闇を染み込ませて、視界を遮る。向こうから広間が見えなくなると同時に、コチョウからスズネとエノハの二人の姿は見えなくなった。

 見せる訳にいかなかった理由も、二人を一緒に戦わせるわけにいかなかった理由も、たった一つだった。コチョウがアリオスティーンを振り返る。やはり、その少年の横には、女性型のゴーレムが一体、立っていた。キリヒメだ。スズネとエノハに、そのゴーレムを自らの手で破壊させる訳にもいかなかった。また、そのゴーレムが敵として現れたショックを背負わせる訳にもいかなかった。二人には力を強制的につけさせたが、それだけに、心は伴っていない。スズネとエノハの心は未だ硝子細工も同然で、ここで大きすぎるショックを与えれば、この先の攻略に大きな障害になりかねなかった。

「なんで?」

 まだ門の向こうにスズネとエノハはいるようだった。何故コチョウだけが残ったのか、理解ができない声を、エノハが上げていた。

「お前等だけで地下五〇層を目指しておけ。行ける筈だ。油断はするな。無理もするな」

 コチョウはエノハの問いには答えなかった。

「私が追いついた時に、進みが五層より少ないことは許さん。罰はきついぞ。分かるよな」

「行きましょう。()()()()()はお一人で大丈夫です。ですから、スズネ達は行きましょう、エノハ」

 スズネが、エノハに説得するように言うのが聞こえた。同時に、コチョウに死ぬな、と要求したのも、コチョウには分かった。彼女が敢えて、お師匠さま、と口にしたのはそういう意味だ。

「うん……」

 煮え切らないながらも、エノハが同意したのも聞こえた。そして、二人の気配が遠ざかって行った。もしかしたら、スズネは、気配で何がいるのかに気付いていたのかもしれない。力を付けたことと、素の自分自身を隠すなとコチョウに言われたことで、本来の心の強さを取り戻した、とも考えられた。

 二人が去っていくのに満足すると、コチョウは悠然と立っているアリオスティーンを無感動に眺めた。

「もう反故か。早いな。それに、合点がいった。お前のせいか」

 キリヒメなるゴーレムに暴走の種を仕込んだのは、奴だ。おそらくアーケインスケープであのあと回収したのだろう。外見はキリヒメのままだが、魔法でいろいろ弄られたあとだということは、コチョウにも感じられた。おそらく暴走の種となる術を忍ばせたのは、コチョウが付けている腕輪経由でだ。何かあるとはコチョウも思っていたが、おそらく、この腕輪を通して、深淵内の情報はアーケインスケープに送られていたし、逆にこの腕輪を通じて、アーケインスケープから介入することも可能な仕掛けと思えば正解なのだろう。

「ギアス」

 と、アリオスティーンは一言を口にした。コチョウはその言葉に反応し、即座に腕輪を念力で砕いた。なかなかの仕込みだ。そのまま腕輪を身に着けていたら、これまで手に入れたすべての力を封じられていたところだった。

「ああ、合点がいった。効かなくなるのか」

 コチョウが鼻で笑う。これ以上コチョウが力をつけると、腕輪で封じて制御することができなくなるのだ。それで、こんな中途半端な状況で、アリオスティーンがしゃしゃり出てきた訳だ。

「そうとも。君が制御不能な力をつける前に、危険は摘み取ることにした。僕は臆病でね」

 嫌な笑い。腕輪での能力の封印に失敗したというにもかかわらず、アリオスティーンの表情には余裕があった。見せかけだけの負け惜しみととることもできたものの、そう嘲笑するには嫌な雰囲気だった。まだ策が残っているのかもしれない。

「ひとつ残念な話がある。見てもらった方が早いな」

 そう言うと、アリオスティーンが何かを放り投げた。それは粉々に崩れて床に散った。小さすぎて良く見えないが、それで推測が付いた。死んでもらいたいとアリオスティーンは言った。ならば答えは一つだ。

 アリオスティーンはあの部屋をくまなく探させ、コチョウのオーブを見つけ出し、砕いたのだ。コチョウは、もうオーブによる復活はできないということだ。実際のところ、最早どうでもいいことだが。

「それと君には失望したよ。何も送ってこないばかりか、あんなお荷物を抱えて先生ごっこを始める始末だ。もっと淡々と仕事を進めてくれると思っていたのだが、がっかりだよ」

 アリオスティーンは言いたいことを勝手に言うと、静かに笑った。それが戦闘開始の予兆だった。

「行け。奴を殺せ」

 キリヒメは完全にアリオスティーンの制御下にあった。彼が右手を水平に上げて命令すると、それまで静かに立っているだけだったキリヒメが、予備動作もなしに走り出した。以前スズネ達と纏めて相手した時とは比べものにならないくらい速い。これでもかと強化魔法を詰め込まれているようだった。

 外見は人間の女性に見えるが、材質は鉱物だ。腕の外側に僅かに隙間があり、そこから展開された刃がそれを物語っている。その刃も、以前のただの鉄製ではなく、魔法的に紫がかって発光する文字がびっしり書かれたものに交換されていた。明らかに魔法の武器だ。

 距離があった為、体力を温存する為にコチョウはすぐに走って応じず、半分程まで距離が縮まるのを待って、動いた。

 キリヒメが遠距離の牽制攻撃方法を持っていることも覚えている。もっとも、以前とは異なる攻撃方法ではあった。キリヒメが刃から地面を這うような魔法の刃を飛ばしてきたが、コチョウも牽制を警戒しており、余裕をもって対応する。女神の力を用いて、自らに当たる前に、打ち消した。同時に、背後から五本の光線がコチョウを連続で狙うが、それも纏めて消した。アリオスティーンも黙って眺めていてくれるという訳でもなかった。遠隔魔法だ。

 コチョウがキリヒメを迎えうち、交差する。キリヒメの両腕から繰り出される斬撃を剣で受けるように、ライフテイカーで両腕を斬り落とした。突如、あり得ないことが起こった。ライフテイカーが、キリヒメのボディーから魂を吸収している。キリヒメの中から、呻きのような、悲鳴のような叫びが上がった。

 目を見開いたコチョウは次の一撃を入れ損ね、その間隙を縫って両腕を失ったキリヒメが一旦距離をとる。斬り落とされた両腕はすぐに再生し、再び、叫び声がキリヒメの中から響いた。

「言い忘れたが、無理に暴走させたせいで、コアが損傷してしまってね。使い物にならなくなってしまった。それでもこのゴーレムは研究と拡張の余地のある、素晴らしい素材だよ。とはいえ、動力源でもあるコアがなければゴーレムはただの人形だ。同じようなコアが再現できなかった為、間に合わせの代替方式で動かしている。これも一つの成果だね」

 アリオスティーンは平然と喋る。繭ひとつ動かさない非情さは、コチョウにも覚えのあるものだ。コチョウは非道さを責める気にはなれなかった。

 ただ、ライフテイカーを使う訳にはいかなくなった。キリヒメのサイズは人間大だ。その中にコアの代わりに詰められる大きさのものは限られている。そしてそれは魂をもつものだ。アリオスティーンが簡単に手に入れられる、条件に合致するものは、すぐに推測が付いた。しかし、彼女には魔法の適性はなかった筈だ。つまり魔力ではない別のものを吸い上げられている。考え得る最も高い可能性は。

 生命力、つまり、命だ。

 動いている間も吸われ続けている。長くはもたない筈だ。このままでは、死ぬだろう。

 コチョウはライフテイカーを背に戻し、走った。キリヒメのコアを一度引き抜いたことがあるのは幸いだった。今のキリヒメは強いが、コチョウに匹敵する程ではない。コチョウはコアの代わりにされている筈のフェアリーをボディーから解放する為に、走った。

「甘いよ」

 と、アリオスティーンの声が聞こえた。キリヒメも走りだす。それに呼応したように、砕いた腕輪の破片が浮き、コチョウを取り囲むように纏わりついた。やはり策は残っていたのだ。

 腕輪を弾き飛ばさねば能力が封印される。しかし、腕輪の破片を壊せばキリヒメの刃を甘んじて受ける隙ができる。それでも、コチョウは腕輪に対応せざるを得なかった。だが。

「腕輪は無視してください」

 さらに別の声が響いた。先に行った筈のスズネの声だった。一本の矢が、コチョウの頭上を越えて飛んだ。

「破魔払呪。我は乞う。矢よ、(くう)を穿て」

 大きくはない声が響くと、腕輪の破片は散った。コチョウは走り、そして、キリヒメの斬撃を往なし、ボディーを拳で叩き割った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ