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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五三話 前座

 扉を過ぎると、先は迷路ではなく巨大な単一の大空洞になっていた。左右には浅い水が張られ、壁、天井、床は平らに磨かれた人工の石製だ。天井は高く、空間は広い。分かりやすくボスが待ち構えているという雰囲気の場所だった。

 奥に、五メートルはありそうな半竜族の男が立っている。おそらくは竜の血を引く巨人かオーガ等あたりなのだろう。まれにそう言った半竜族もいることは知られている。周囲には他に誰もいなかった。あの巨体で手足や尾を振り回せば周囲の味方も巻き込んで吹っ飛ばすに違いない。単独の方が動きやすいのかもしれなかった。

「他の連中だと、奥に財宝の山一つでも見えればやる気が出やすいかもしれんがな」

 コチョウはライフテイカーをぶら下げながら半竜族のボスに近づいていった。残念ながら、宝箱の一つもない。本当に危険しかない、味気のない地下迷宮だ。

 コチョウが目の前に立つと、半竜族のボスは、無言で身構えた。言葉が分かるのか分からないのかは不明だが、どちらにせよ意思疎通のつもりがないのであれば同じことだった。

 コチョウも疲労がとり切れている訳ではなく、万全のコンディションとはいえないが、泣き言をいうつもりもなかった。半竜族のボスの向こうに格子門がある。あれを抜ければおそらく地下二六層に降りられるのだろう。

重そうな鉄の門で、半竜族のボスの隙を見て、無視して開けるということは難しそうだった。

 頭の位置が高い。コチョウは軋む体に鞭打ち、フェアリーの姿に戻った。ジャンプで頭を狙うのは体力的に厳しい。多少無理してでも飛行した方が安全だと判断した。長くは飛べそうにないが、一戦くらいはもってくれと、自分の体に期待した。

「ぅくうっ」

 羽搏くと背中が引っかかるように痛む。やはり完全に自然に動かせるようになるには、時間が掛かりそうだった。

 勿論のこと、半竜族のボスが、そんなコチョウの事情を慮ってくれる筈もない。コチョウが頼りなくなんとか上昇したところに、爪を振り上げて襲い掛かった。まだ二〇メートルは距離が離れていた筈だが、まるで床の上を、地に足を付けたまま滑空するかのように、一瞬で距離を詰めてきた。鮮やかに青い鱗が煌めいた。

「ぅおっとっ」

 何とか、身を翻して頭上に逃れる。急激に動くと、背中から力が抜けていくようだった。長期戦は、できそうになかった。

「巻き込まれるなよっ」

 スズネやエノハに警告を飛ばす声も荒くなる。呪文を唱え、遠距離攻撃で牽制しようとしたが、呪文は声にならなかった。仕方なしに、魔神の知識を使い、無詠唱での呪文攻撃に切り替えた。威力や精度が落ちるが致し方ない。鱗の色からすると、半竜族のボスはおそらくサンダードラゴンの血を引いていると思えた。つまり雷には高い耐性を持っている筈だ。効かなくとも驚かない。また竜というのは、アイスドラゴンを除き、基本的に炎や熱には高い耐性を持つモンスターだ。コチョウは雷系や炎系は避け、氷系の呪文で攻めた。

 主にフリーズフィールドで牽制する。地面に、踏み入れたものを凍結させる氷の場を発生させる設置系の中級呪文だ。効果が高ければ敵は氷像と化す程の威力をもつが、敵が強くとも、足だけでも氷に包まれるといった、敵の移動を封じられる効果も期待できる。半竜族が相手では力任せに脱出されるだろうが、一時的にでも移動を制限できるのは大きなアドバンテージが見込めた。勿論、エノハやスズネが足を踏み入れても影響を被る。だが、今の強さの二人であれば全身凍結して死ぬようなことはないし、そもそも二人とて、一時的に拘束されてもすぐに自力で脱出できる筈だった。

 だが、半竜族のボスは平気な様子でフィールドに入り込み、呪文そのものを踏み潰した。対呪耐性を持ち合わせているのだ。厄介な相手だ。呪文は効果が薄いとなると、逆に隙を見せることになる。コチョウは呪文での牽制を諦め、吸魂の刃での直接攻撃に戦法を変更した。

 コチョウ自身にヌルのその戦法が不意討ち以外で通用しなかったように、迂闊にも油断している相手か、そもそも相手の力量が著しく低いかでもない限り、絡め手無しの吸魂の刃はそうそう通用するものでもない。半竜族のボスの死角を含めて、刃を立て続けに複数ずつ出現させたが、そのすべてが半竜族のボスによって砕かれ、全く当たってくれる気配はなかった。無駄に力を消耗するだけだ。コチョウは軋む体で、ついに自身での肉弾戦をするしかないと観念した。

 スピードは明らかにコチョウの方が速い。加えてコチョウが小さすぎて、半竜族のボスはコチョウを視界に捉え続けることができないようだった。度々コチョウは死角をとれ、ライフテイカーを突き立てることができた。ライフテイカーの前では、頑丈な竜の鱗も、なんの意味も持たない。まるで薄皮しかないように鱗を無視し、半竜族のボスの魂を吸い上げた。

 しかし相手も半分とはいえ竜だ。一度で奪える魂は僅かだった。スタミナもバイタリティーもあり、おまけに愚鈍でもない。コチョウは無理をせず、一度刃を突き立ててもすぐに引き抜き、ヒットアンドアウェイを続けた。腕を振るい、尾で薙ぎ払い、背の竜の翼で飛び、半竜族のボスはコチョウを追ったが、巨体が仇となっており、空中では小回りが利かないことをコチョウはすぐに見抜き、コチョウはボスの背を容易く取った。半竜族の身体構造上、そこに届くボスの攻撃は尾の一撃しかない。それさえ注意すれば、滅多突きでボスを弱らせることも難しくなかった。そして、コチョウが一撃一撃を入れる度に、彼我の強さの差は大きく離れて行った。魂を吸い上げられていくボスは加速度的に弱体化していき、反比例してコチョウのコンディションは改善していった。所謂、高い生命力と回復力をもつ、竜の血の力、を得ていったのだ。

 結局、結果だけを見ればコチョウの圧勝ではあった。竜の血とサンダーブレスの能力は儲けものだ。とはいえ、竜の血も万能という訳ではない。再生してまだ完全ではない翅が万全に回復することはなかったし、翅をもがれた時の背の筋肉の反動が消えることはなかった。半竜族のボスが膝をつき、ゆっくりと倒れていくのを尻目に、コチョウもまた、木の葉のように揺れた軌道を描いて、地面に落ちた。背の痛みは燃え上がるようで、飛ぶ体力も限界だった。地面に膝をついて人化したコチョウの背後で、必死の、半竜族のボスの最後のあがきが迫った。叩きつけられるような鉤爪が、背中越しに降ってくるのが分かったものの、コチョウは四つん這いに崩れたまま、動けなかった。

 半竜族のボスの鉤爪が、金属とぶつかり合う鋭い音を上げ、火花が散った。スズネが割って入り、鉤爪を振り払ったのだ。返す刀で一刀のもとにスズネはボスの腕を斬り飛ばし、刃に付いた血と脂を、布切れで拭いてから刀を腰に納めた。

「勝手な手出し、お許しください」

「いや、助かった。手間をかけた」

 何とか立ち上がり、コチョウは顔を歪めて軽く仰け反った。背中が焼け付くように痛む。やはりここまでの階層の、細かい蓄積が効いた。フェアリーの姿に戻りすぎたのだ。飛行しながらの戦闘はまだ極力避けなければならないことを思い知った気分だった。

「進むか……こいつの手下が集まってきたら面倒だ」

 一歩ごとに痛みが増すようだったが、コチョウは歯を食いしばるように歩いた。休息は次の階層に降りてからの方がいい。この階層に留まるのは、兎に角危険だと判断した。

 しかし、数歩歩くと、逆に痛みが引いていく。気が付くとエノハが式神の狗霊を呼んでいて、癒しの力を使ってくれていることが分かった。

「もともとの式神も捨てたもんじゃないな」

 コチョウがそう言って笑うと、

「勿論。みんないて、初めて、わたしだもん」

 エノハは自慢げに頷いた。しばらく歩き、コチョウは半竜族のボスを振り返った。闇を撃ち出し、倒れているボスの体を食わせる。闇に包まれた巨大な半竜族の肉体は、収縮していく闇の中で消滅していった。ボスは間違いなく死んだ。念のため、コチョウはとどめを刺したのだ。

 それから、三人は並んで奥にある鉄の格子門を押し上げた。降ろし戸になっているそれを、コチョウが上げる前に、スズネが前に出て開けた。彼女の腕力もそれなりに成長している。鱗ごと半竜族の腕を斬り落とした程だ。並のモンスターであれば問題なく一人で倒せる実力がついたといえるのだろう。エノハが先に門をくぐり、心配するようにコチョウの手を引こうとする。その手を、身振りで制したコチョウの足が止まる。まだ彼女は門を潜り抜けてはいない。前座か。コチョウは内心で、先程の戦いをそう評した。

「何の用だ? 見ての通り、まだ攻略の最中だ」

 コチョウが振り返らずに答えると、広間の中から、少年の声が答えた。

「君は力をつけすぎた。僕も想定外だった」

 声の主は、アーケインスケープにいる筈だった。だが、突然現れたことにコチョウは驚かなかった。

「深淵の踏破は悲願だが、怪物を生むのは本意じゃない。悪いが君には死んでもらいたい」


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