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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五一話 残虐

 エノハの弁に偽りはなく、新しい彼女の式神は頼りになった。怪力任せの肉弾戦はもとより、距離を置いての対魔術戦もこなせる器用さを見せ、ただ一つ狭い遺跡内ではでかすぎる欠点に目をつぶれば良い戦力だった。徘徊するモンスターは強いのだろうが、ほぼコチョウやスズネが手を出す必要もなく、式神があっさり退けていった。

 何にせよ、エノハの式神にモンスターを任せられるのは、幸いだった。地下一四層の、かつての遺跡地上階内は数多の植物に浸食され、それらが異形化していたのだ。コチョウが嗅ぎ取った通り、巨大な菌類が蔓延り、アメーバかスライムかの如くに徘徊する中では、接近戦は明らかにご法度だった。物理攻撃で斬る、突く、叩くなどすれば粘体や粘液が飛び散り、身動きに困ったところに大量の胞子を吹きつけられていたことだろう。その末路は考えなくとも想像がつく。純粋な強さでは地下一三層までのモンスターの方が上とはいえ、危険度と厄介さはむしろ跳ね上がったといえた。こんな場所はさっさと抜けるに限る。コチョウ達は、エノハの式神を盾のように使い進んだ。

 苔や茸、どう光合成をおこなっているのかも分からない異形化した低木等に支配された迷路内で、主に活躍しているのは、青龍だった。どうやらコチョウが見たところ、朱雀は火、玄武は水、白虎は鉱物、そして青龍は植物を操る力を持ち合わせているようだ。青龍は深緑の色をした、足の生えた大蛇のような竜で、襲ってくる植物系のモンスターの動きを封じ、胞子や種子をばら撒かれるのを防ぎ、そしてやせ細った枯れた姿に成り果てさせた。枯れて脆くなったモンスターは、次々に朽ちた破片になって散った。

「便利な手下だな」

 コチョウが感心していると、

「てっ……そんな扱いできないって」

 エノハが慌てて否定するのも印象的だった。ともあれ、エノハの式神のお陰で、地下一四層はたいした問題もなく、すんなりと抜けることができた。とは言え、エノハの負担は大きいらしいことも分かった。コチョウは次の階層からはエノハに式神を呼ばせず、力を温存させることに決めた。

 遺跡の中は、階層を降りても迷宮の造り自体は変わり映えしないが、徘徊しているモンスターの種類はがらりと変わるらしい。地下一五層は、人型生物の坩堝だった。もっとも、ゴブリンやオークなどといった低級なモンスター達ではない。もっと危険で、狡猾なモンスターばかりだった。ほとんどが半魔神であり、それだけでも厄介なのにも関わらず、更に呪いの装備に汚染され怪物化したのだろう、古代の冒険者達の成れの果てまでうろついていた。前者は純粋に強く、後者は呪われた刃や術で打たれれば厄介な呪いを身に受けることになる。地底深くの迷宮で、それはあからさまに避けなければならない事態だった。特に、既にヌルによって呪われているエノハやスズネは、呪いに対する抵抗力が激しく低下していて、触れるだけでも絶命する危険すらあった。さらに汚染された古代の冒険者達の怨念と呪いが混じりあっているのか、それともその無念を糧としている半魔神の仕業か、迷宮自体にも呪いは浸透していて、あちこちが呪われた通路と化していて、そこを通るだけでもエノハやスズネの魂がもたないおそれがあった。コチョウはこの階層が二人にとってあまりに相性が悪いと判断し、無理はさせず、極力戦闘も回避して突っ切った。その分コチョウが体を張ることになったが、コチョウには呪いは効かない。細かい傷はできたが、リジェネレーション能力で放っておいても回復する程度で、無視できるものだった。それでも何とか地下一六層まで辿り着いた時には、三人とも休憩を必要とする程に体力を消耗していた。迷宮全体にうっすらと張り詰めていた呪われた空気のせいだった。

 地下一六層から下は、しばらく半竜族と半魔神が棲息する迷宮が続いた。どうやら地下一五層は半魔神の餌場であり、その半魔神は半竜族に狩られる立場であるようだった。そのせいで、半魔神の縄張りは迷宮内に点在する形になっていて、上の階層程半魔神の勢力域が大きく、魔獣の類もよく見られた。一方で、奥へ進めば進む程、半竜族の支配域が広く、野性のモンスターも、爬虫類型のものが増えた。実際には、地下一六層でいきなり争っている半魔神と半竜族に遭遇し、双方からこの辺りの階層を無事に通り抜けたければどちらかの味方につけと脅されたものの、頼み込んでくるなら兎も角、脅しで交渉してくる態度にぶち切れたコチョウが、無差別に両方ぶちのめした為、遭遇するのがどちらであろうと敵にかわりはなかった。

 当然のことながら、階層を降りれば降りただけ、敵の個々の強さも上がり、襲撃も激しくなる。そのすべてを引きちぎる程に、血に飢えた悪鬼の如くコチョウの目は燦々と輝き、反比例して、スズネとエノハの目から光が失せた。げんなりする程の血と肉の海を築き上げながら、コチョウが躊躇いなく敵を引き裂くのを、二人はコチョウの邪悪さを思い出したかのように、胃のむかつきと一緒に眺めていた。地下二〇層を過ぎる頃には、既に気分の悪さは限界を超え、二人は戦闘に参加できる状態ではなくなっていたが、もとよりコチョウは二人に手を出すなと言いつけていたことから、問題になることはなかった。ただ血まみれの両腕が、できることならば、このまま迷宮の奥底に封印してしまった方が世の為なのではないかという疑問を、スズネだけならず、コチョウにほとんど懐きかけていたエノハにも思い浮かばせた。

「流石にやりすぎではありませんか?」

 地下二一層に降りたところで休憩にしたコチョウに、スズネは苦言を我慢が出来なくなっていた。スズネとエノハは上階からの階段の横に壁を背にして並んで座っているが、コチョウだけは少し離れた通路の真ん中に、足を投げ出すように座っている。コチョウは悪びれた様子も見せなかったが、スズネの言葉に素直に頷いた。

「正論だ」

 コチョウはそんな二人に満足していた。信頼の念を寄せられることは願っていない。自分がそれに応えることはないし、鬱陶しいだけだ。二人にそのことを思い出させる為に、コチョウはわざと会話すら通じる相手との会話にも乗らずに、必要以上に惨殺しまくったのだ。

「思い出してくれたのなら有難い」

「その為にわざと?」

 エノハが悲しそうに顔を歪めたのを見て、コチョウは頷く。

「そんなことの為に大量虐殺なんてことができるのが私だ」

 爪の裏側にこびりついた肉片を払いながら、コチョウは平然としている。無表情は装う為の仮面という訳ではないが、適切な表情を知らないということでもあった。

「私はお前等に呪いが解けるまで死んでもらっちゃ困るだけだ。師弟ごっこもそこまでだ」

「一人に戻りたい?」

 エノハの声は少し震えていた。突き放されるのが怖いといった風だった。

「ついてくるなら勝手にすればいい。私の配慮を期待しないなら、別に構わんぞ?」

 呪いが解けたあとのことは、二人をどうしたいという希望もない。だが、コチョウが今回のようなやり方を変えることはない。それだけは理解しておいた方がいいのだろうとは、彼女自身思った。

「それなら」

 エノハが勢いよく言いかける言葉に、

「それと、私が積み上げる死体の山に耐えられるならだ」

 コチョウは被せるように言い放った。極めて重要なことだ。そのことにいちいちショックを受けられていたら面倒この上ない。

「うっ……そっちは自信ない」

 エノハの声も、急に萎んだ。彼女の横で、スズネが短く笑った。

「スズネは、やはりやりすぎだとは思いますけれど、あなたにとっては、少しもやりすぎではないのですね。考えてみればそれもまた時には必要は判断なのかもしれません。襲ってくるものを、返り討ちにすることを躊躇い、逆に殺されてしまっては、意味がありませんし、少し乱暴ではありますけれど、受け入れられないものを受け入れて、己の意志を曲げてまでどちらかに味方するというのも、思えばおかしなお話かもしれません」

「分かってるじゃないか。どっちも人を食う化物だ。突然裏切られる心配はしたくない」

 コチョウの意見は単純だった。変に親切心を出して話を聞いたりすれば、信用したり、情に流されてどちらかに肩入れすることもあり得る。しかし、そうやって聞いた話が真実である保証もなく、所詮は半竜族も半魔神もモンスターだ。良い関係が築けたと思っていたとしても、寝首を掻かれる心配は消えない。それならば、最初からどちらとも敵対したほうがシンプルだ。幸い、コチョウにはそうするだけの力があった。

「やるなら徹底的にやるさ。中途半端に見逃して進めば、多勢に無勢の破滅が待ってる」

「あ、それなら分かるかも」

 と、エノハも割り切った答えを出したようだった。

「死ぬのは恐いもんね」

「痛いものは痛いしな」

 コチョウは頷いた。

「さて、行くか。まだまだ敵が押し寄せてくるだろう。あまりのんびりしてると囲まれる」

 手に着いた汚れを粗方落とし終わり、コチョウは立ち上がった。半魔神にしろ、半竜族にしろ、ボスの気配はまだ感じられない。

 そいつらを叩くまでは安心はできなかった。


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