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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第五〇話 天将

 地下一四層から先は、いよいよその奥底に古代のアーティファクトが眠っていると言われても納得ができる地下深くの遺跡になっていた。コチョウが言うには、

「ここがかつては、地上一層だったらしい。要するに地上階だな」

 もともとダークハートの深淵は、地上一階、地下三六層からなる地下迷宮だった訳だ。三六層というのは中途半端な階層だと感じなくもないが、

「実際に攻略が必要なのは、かつての地下三五階である、現在の地下四九層までだ」

 残りの一層はアンチクロックなどが封印されている宝物庫階層になっているのだった。もっとも。

「ここまではどういう訳か後から付け足された序の口ってことになる。本番はここからだ」

 と言うこともできた。コチョウに言わせれば、ここまでの階層は、この先の遺跡と比べれば、ゴミ捨て場に等しい。その分、ここから先の一階層ごとの広さはたいしたことがない筈だ。

「スズネ、こいつを持て」

 スズネが一度、重すぎて持ち上がりもしないとぼやいた刀を、もう一度コチョウが超能力で作り出す。スズネは恐る恐る手を伸ばし、肩の柄を握った。

「あら」

 と、スズネはそれを片手で、風切音さえ上げさせて振った。問題なく扱えるまでに強さが蓄積された証拠だった。

「もう少し重くても良いかもしれない程です。今はスズネにも、とても軽く感じられます」

 スズネは答え、使えることを確認すると、コチョウはそれを腰に佩く為の朱塗りの鞘も造り出した。

「入れておけ」

 と、渡す。それをスズネが腰に帯びるのを待ってから、コチョウは次にエノハに視線を向けた。

「ここなら良いだろう。エノハも新しい式札を用意しておけ。低級霊など役にも立たん」

 しかし、コチョウの言葉に、エノハは困り果てた表情をするだけだった。

「式札用の紙ないの」

 予想できる問題ではあった。エノハに紙が作り出せるとは思えない。コチョウは仕方なしに、エノハに、

「どれでもいい。一枚式札を出せ。なるべく似せた紙を作ってみる」

 現実的に可能な案を提示した。紙というものはそれぞれ地域ごとに特色があり、おまけに貴重である為、製法などは職人毎、門外不出になっている場合が多い。正直、何処まで似せて作れるかは、コチョウであっても不安だった。さらに言えば、この手の呪術的な媒介は、少し品質が低いだけでも、思ったような結果にならないことが多いのだ。最悪、使役する筈の鬼神の類に、エノハが逆に貪り食われかねない。

「大丈夫かな」

 ベテランとは言えないエノハもその辺の事情は熟知している。酷く不安そうに、懐から式札を一枚取り出した。亀の札、とある。

「シオサイ、だったか」

 コチョウは何となしに笑った。夢の中で、呼んだのを見た。

「やっぱりあの時の鬼神も、コチョウだ」

 嬉しそうに、エノハも笑った。そう言えば、地下八層で、はじめてその姿にコチョウが変化した時は、エノハは眠りこけていて結局見ていない。

「鬼神より危険だぞ? 私は」

 コチョウが言ってやると、

「そうだね」

 エノハも頷いた。彼女もコチョウの躊躇のない暴力を忘れた訳でもないようだった。それを知りながら、エノハの瞳の中にはもう怯えが残っていないことが、コチョウには癪に障った。

「面白くない奴だ。まったく不愉快だ」

 エノハの目は、もしコチョウの理不尽な暴力が自分に向いても、受け入れるという目だ。信頼とも理解とも違う、もっと嫌な感情を感じる。コチョウはエノハの手の中にある式札の感触を確かめながら、同時に、エノハのそのおかしな瞳の輝きに、若干の恐怖を覚えていた。実力的に叩き殺せないという話ではなく、叩き殺されるならそれでいいというエノハの感情が、コチョウの背筋を氷のように撫でつけた。

「もういい、紙は分かった」

 コチョウは手を引っ込め、実際に再現しようと意識を集中する。エノハは式札を仕舞うのも忘れて、濁りのない目でその指先をじっと見つめていた。濁りのなさすぎる目で。

 こいつもこいつで狂っているな。コチョウはそう確信するに至った。そんな風に育った経緯を知りたいとは思わなかった。どうせ藪を突いて蛇を出す結果にしかならない。つまりは面倒なだけだ。

「どうだ?」

 造り出した紙をエノハに渡してみる。エノハは表面を撫でただけで、すぐに頭を振った。

「だめ。これじゃ雑気が多すぎる。たたりがみを呼んじゃう」

 分かるものらしい。陰陽道とやらの素質は高いのかもしれない。だがエノハは、

「最初にみっちり修業させられるの。儀式用の紙の見極めは、基本だから」

 基礎の基礎なのだと語った。

 しかし、そうなると困ったことになる。一枚でも成功すればあとは複製を作るだけだが、それすら難易度が高いとなると厄介だ。汚れなく純度の高い札となると、魔神の力や超能力では難しい。コチョウは造り方を変え、もう一度チャレンジしてみた。殺人の称号は多少気にかかるところだが、女神の力であれば神聖なものができるかもしれない。

「これでどうだ」

 清廉、神聖、光輝、もとよりコチョウの性格からはもっと遠いところにある概念だ。それを吸収した女神の魂から絞り出そうとすると、結構な疲労感があった。なにより、自分自身の影を落とせば、それだけで濁りになる。

何とか出来上がった紙を、エノハに差し出す。

「これなら大丈夫」

 エノハはにっこりと笑い、それを受け取った。その様子を見て、コチョウはもう四枚複製を作成し、渡す。エノハは全部問題ないと言って受け取った。

「ちょっとだけ時間が欲しいな。失敗しやすいから、ひとに見られちゃ駄目なの」

「二、三分で済むならいいだろう。それ以上かかるなら、一枚だけにしておけ」

 一気に戦力を確保しておくのは理想だが、コチョウはそれよりも冒険者共との距離を稼いでおく方が先決だと考えた。未だ追いついてくる気配はないが、だからと言っていつまでも遭遇しないとは限らない。どうせこの先も休憩は挟むことになる。その時に式神は増やしていけばいい。

「できれば直接戦闘ができるタイプにしておけ。この先は遺跡だ。分散することもある」

 どんな仕掛けが眠っているかもしれない。分かれて同時に別々の場所で操作しなければならない仕掛けなども、遺跡では定番のものだ。そういったものに対処する為に、自分の身は自分で守ることが必要なケースがないとも言い切れなかった。

「そうだね。そうしとく。ちょっとやってくるね」

 そう言って一旦離れて行ったエノハだったが、意外な程すぐに戻ってきた。その表情は困惑しているようで、かつ、驚いているようでもあった。

「……うぅーん……いいのかな……」

 呟きながら戻ってきたエノハを、

「どうした?」

 コチョウが気にしてやると、エノハは苦笑いに近い笑みを浮かべた。

「四体付けられた。けど、ちょっと格が高すぎるって言ったらいいか……」

「能力が足りなくて出せないか?」

 もしそういうことであれば、意味がないことになる。コチョウも僅かばかりの危機感を覚えた。

「それは平気だった。ちゃんと呼べる。呼べるけど、恐れ多くて困るっていうか、うーん」

 抱えて持っている式札を、エノハは広げてみせた。朱雀の札、青龍の札、玄武の札、白虎の札とある。

「強いのか?」

 おぼろげに名は分かるが、コチョウの中の魔神の知識にも、詳しい情報はなかった。ただ、エノハが体得している陰陽道というものにおいて、極めて重要な存在ではあるらしい。本来の陰陽師としての役割、所謂占術において、本格的な占いする際に、大きな意味を持つ錚々たる面々らしい。

「それは間違いなく。わたし、いらないくらい」

 それならば問題にする理由などはない筈だ。コチョウはエノハが慣れればいいだけの話だと捨て置くことにした。

「なら問題ないな」

 それで話をぶった切り、遺跡に向かって歩き出した。翅はないが、凝りのように残る背中の疼きが、すぐには飛べるようにならないことを彼女に思い出させる。地面を歩かなければならないのは億劫だが、今は仕方がなかった。

「行くぞ」

 エノハとスズネを引き連れ、コチョウは遺跡に入る。地下一四層。モンスターの気配はあるが、嫌に静かだ。

 うっすらと靄のように漂う匂いは、空気に微量に胞子ガスが混ざっているからか。

 まずは、菌類が蔓延る地獄が広がっているのだろう。コチョウはそう推測した。


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