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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第四八話 道理

 スズネ達の屋敷がある都市には、城に近い、武家屋敷が並ぶ武家町と、町民と呼ばれる平民達が暮らす市街を隔てる木戸と呼ばれる門がある。

 その内側、武家町側に、コチョウはスズネとエノハの姿を見つけた。結局自分達で屋敷を抜け出したらしく、だが、武家町を出る前に番兵に止められたようだった。

「スズネ様のお父上はこの先にはまだ出られておりませぬ」

 若い番兵だった。彼の言うことはもっともで、この国であろうとどこであろうと、戦の準備というものは時間が掛かる。現地登用の雑兵ならいざ知らず、一国の正規の兵であるならば、一度砦や城に集結してから遠征するのが通常だ。もしくは本隊より先行して、情報収集等の為に少数で現地入りする者達、所謂斥候の任についていることはあり得るが、その場合でも、今日の今日屋敷を出たばかりの兵が、城や砦で隊の人間と集合も、出発の報告もしないまま、現地へ向かうということは考えにくかった。

「間もなくお父上はご到着されます。それまでどうかここでお待ちください」

「そうおっしゃって、すべてがおわるまで、スズネをここにとどめるおつもりでしょう」

 だが、スズネはそんな番兵の言葉に聞く耳を貸さなかった。自分の危機感だけで動くとそうなる。上空から会話を聞いていたコチョウは、呆れ果ててため息を漏らした。

 あまり番兵に間近で姿を見せたくはない。魑魅魍魎が攻めてきた等と兵が集まってくるようでは本末転倒だ。致し方ないなら都市も壊滅させようが、意味もなく敵対するのは面倒だ。

 ひとまず、門の外の物陰で、蝙蝠の翼を消すことができるかを試してみた。明らかに場違いなローブが目立つのは仕方がないとして、翼さえなければ人間に見えなくもない筈だ。

 コチョウは何度か試してみたが、どうやら名もなき女神が変化の力を有していたらしく、人に化けることも可能そうだった。それができるなら確実だ。コチョウは、島国の衣装を真似、女武芸者に扮した姿に化けることにした。

 一度半魔神の姿に戻り、門を飛んで迂回し、人通りのない通りを選んで、平民達の長く連なる家屋に紛れるように裏路地に降りた。そこからは、人化して徒歩で都市の門に向かう。

 スズネはまだ番兵と押し問答をしていた。エノハはスズネの少し後ろにいて、オロオロと困り果てている。エノハの方が少しは冷静のようだ。

「もし、どうされた」

 慣れない言葉だが仕方がない。コチョウは番兵とスズネの会話に割って入った。スズネは見覚えがありそうに小首を傾げたが、思い当たる人物を思い出せなかったらしく、

「どなたですか? スズネはいまとてもいそいでいるのです」

 そう言って始まる前から会話を終わらせようとした。

「北西浜に攻めてきた異国の船団ならもうおらぬよ。何日かすればここにも報せが届こう」

 コチョウは人のよさそうな笑顔を装った。やろうと思えばできないことはない。表面だけ表情を演じるだけなら、さほど難しいことでもなかった。

「失せたのがまさに今日のこと故、報せには数日かかろうが。安心して家に帰るがよい」

「そのようなこと、スズネはおのがめでみなければ、とてもしんじることができません」

 なかなかに強情だ。コチョウは内心苦笑いした。実際に見せてやることはできないでもないが、下手に連れていけば誘拐になる。それはそれで面倒事に発展することは明らかだった。

 そうこうしているうちに、どうやら番所で斥候部隊を集合させていたらしく、スズネの父親が大股で歩いてきた。

「スズネ、ここで何をしておる」

 その言いようは頭ごなしそのものだった。それで子供が言うことを聞くと本当に思っているようなら、とんでもない愚か者だとコチョウには思えた。他人の家の事情に首を突っ込むのは本意ではないが、なんとなく、これをどうにかしなければ夢から覚めないような気がしてならなかった。

「その出立ちは、戦に出られるのか?」

 コチョウは、スズネの父に仕方なしに声を掛けた。水掛け論を続けさせても、時間を無駄にするばかりだ。

「失礼だが、そなたは?」

 聞かれるのは当然と理解している。コチョウはあらかじめ用意していた返答を口にした。

「ただの風来人だ。名乗る程の者ではない。ここには戦の気配を感じて立ち寄っただけだ」

「女だてらに戦場に加わろうと? 功を上げても士官の口もあるまい」

 そういう社会であることも、コチョウも理解している。そもそも、その戦自体がなくなったのだから、加わるも何もない。

「いや。私が知る戦であれば、異国の船は失せたと誰ぞに伝えるべきかと思ったまでだ」

 と、コチョウは知るところを伝えた。当然嘘ではない。撃退した当人が言っているのだから間違いない。

「北西に襲来した異国船の件であれば、だが。急ぎ確かめるとよいだろう。挙兵は不要だ」

「なんと。まことであれば喜ばしい。どのように知られたか、仔細をお聞きしても良いか」

 聞かれ、コチョウはしばらく考え込んだ。一番楽な証明方法は何か。実際に見てもらうのがもっとも確実だろう。

「私は大陸を旅したことがあり、魔術というものに心得がある。この目でしかと確かめた」

 そう前置きして、コチョウは実際に見たければ今すぐ連れていけることを伝えることにした。

「てれぽーとなる術の心得があってな。今すぐ実際にお連れすることも可能だが」

「それは、戻っても来られるということで宜しいか」

 そういった海向こうの技術があることは理解しているらしい。スズネの父も、テレポートの呪文を疑うことはなかった。ただ、帰路の心配だけは口にする。当然の懸念だ。コチョウは頷いた。

「うむ。無論だ。安心めされよ。必ずこの場に戻れる。任されよう」

「では、幾人か人を集めてきたい。問題ないか?」

 スズネの父は、慎重だった。確かに複数人で改めれば話はスムーズに進むだろう。一〇人程度までであればコチョウとしても負担ですらない。コチョウはそれにも頷いた。

「そうなさるが良かろう。私も嘘や騙りを疑われるのは心外だ」

 スズネの父は、すぐに五人程の武者を連れてきた。だが、すぐに現地へ飛べたかというとそうでもない。ひと悶着が残っていた。

「ちちうえ、スズネもどうこうしたくぞんじます」

 スズネがそう言い張ったのだ。当然、それもコチョウは見越していた。言い合いになるだろうことも。

「ならぬ。お前は屋敷に戻るのだ」

 スズネの父も、認めようとはしなかった。どちらも折れずに不毛な言い合いが続くだろう。コチョウは割って入ることにした。

「勝手な振舞いはせず、私のそばを離れぬと誓えるか?」

 コチョウは、らしくもないことは分かっていながらも、スズネに約束を問いかけた。

「はい。スズネはしかとちかいます」

 真っ直ぐな瞳だ。子供らしい、穢れを知らない。コチョウは満足して頷いた。

「お父上。放っておけばこの子は勝手に街を出ようとするだろう。その方が危険だ」

「うむ。しかし……」

 スズネの父は、まだ迷っているようだった。コチョウは続けて尋ねた。

「子供というのは大人が思っているよりも賢く、本人が思っているよりも愚かなものだ」

 と、前置きのように告げてから。

「私が面倒を見ておこう。いっそのこと満足させてやった方が安全だと思うのだが如何か」

 そう、提案した。自分の普段の行動を思えば、あまり口うるさく言える訳でもないのだが、そこは棚に上げておく。

「上から押さえつけては、子供は愚かに走り、良くない結果になることの方が多いものだ」

 道理を、どの口が説くのか。口が曲がりそうだった。

「そのような悲劇は、お父上も、望んでおらぬのではないか?」

「確かに」

 スズネの父は折れた。やはりこの手の問題は大人を口説くに限る。

 スズネやエノハも一行に加えることにし、コチョウはテレポートの呪文を唱えた。何事もなく、一行は、コチョウが名もなき女神の魂を奪った海岸に到着した。

 当然、沖に船などいない。コチョウが飛び去った時よりも、警戒の武者の姿が減ったようにも思えた。おそらく方々へ伝令に走ったのだろう。

 スズネの父たちは、浜に積めていた兵達に事実の一部始終を聞き、確かに船が消滅したことを事実として理解したようだった。海岸に長くとどまる必要もなく、コチョウはまた一行を連れ、元いた木戸の傍へと戻った。

 スズネの父に礼を言われ、城へとともに報告に立ち会ってほしいと請われたが、それは辞退した。スズネも、納得して屋敷に帰った。ひとまず、もう問題はないだろう。

 コチョウは一人、裏路地に向かう。裏路地に着いた途端、コチョウは急に座り込んだ。視界は白く霞み、やがて、暗転した。


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