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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第四三話 問答

 コチョウは武器を失ったスズネの為に、新しい刀を提供した。コチョウ自身のローブと同じく、超能力で作り出した刀だ。見様見真似で作り出した紛い物ではあるが、魔法の武器でもなかったスズネの刀よりは、威力はある筈だった。まあ、それも、

「あ……うっ、あ、あの」

 持ち上がれば、の話だ。刃先が床に沈みこまんばかりに持ちあがらない刀を両手で握りしめ、スズネが顔をくしゃくしゃに歪めている。

「いくら何でも、重すぎます。このような刀では、とても戦いになりません」

 それ以前の問題なのは見れば分かる。コチョウは呆れたように片手でスズネから奪い取った。まるで重さなど感じていないように、コチョウはそれを片手にぶら下げて飛んだ。

「嘆かわしい弟子だ。先が思いやられる」

 勿論、魔神が振った剣を、指先で止めるフェアリーと比べてはいけない。コチョウの方がおかしいのは間違いない。とはいえ、コチョウが言いたいのはそう言うことではなく、これくらい振れるようにならないと、この先の階層では通用しないから覚悟しておけ、ということだった。保持もできないというのは、相当にまずい。もっとも、すぐにそれも解決するだろう。コチョウは一旦刀を消し、

「行くぞ」

 と、スズネとエノハを急かした。

「もうですか?」

 スズネが聞き返すのも無理はない。彼女はまだフラフラなのだ。無論のこと、エノハも真っ直ぐ歩けそうになかった。ついさっきまで瀕死だったのだから、当然だ。

「弟子が師匠に逆らうのか。偉そうだな。ならば私を超えてみせろぉ!」

 無理なことを分かっているからこそ、コチョウも芝居がかって両腕を広げてみせる。歩くこともままならないスズネやエノハがコチョウに勝てる方法などある訳がなく、さらに言えば、スズネには振れる刀すらないのだ。

「お願い。ちょっとだけでいいから、休息をちょうだい。五分で体調整えるから」

 エノハも砕けるようにペタンと座り込み、コチョウに懇願した。それを聞いたコチョウが苦笑いを浮かべる。

「軟弱者共が」

 だが、コチョウの目から見ても、満足に探索できる状態ではないのは明らかだった。とはいえ、のんびりしている暇はない。コチョウは高位の回復呪文に頼ることにした。失われた部位を復活させ、すべての傷や病毒を癒し、蓄積した疲労を取り去り、石化なども打ち消す、肉体を癒すことに関しては完璧な回復呪文で、パナケイアという呪文だった。本来は何処かの女神の名であり、その言葉にはすべてを癒す力があるのだという。ライフテイカー経由で魂の迷宮階層から吸い出した呪文の中では、サンクチュアリと並ぶ程の高等呪文だ。まばゆく光る癒しの光球が現れ、すべてを癒すといわれる光を振りまいた。

「うお」

 思わず声を上げたのはゴーファスだ。全治の呪文は、アンデッドである吸血鬼には即死呪文に等しい。思わず離れるのも無理のないことだった。

「はあ、ありがとうございます」

 立ち上がり、スズネは礼を言ったが、顔色は冴えない。肉体以外の精神的な要因で、元気がないのだ。それも当然のことだった。

「キリヒメは暴走し、ピリネは消滅しました。とても平然と探索をする心情にはなれません」

「欠陥品を連れまわして、暴走させたことに関しちゃ、擁護のしようもないな」

 コチョウはそれをスズネ達の罪と称した。どう言い繕っても、彼女達の引き起こした事態だということは間違いなく、そのリスクは承知しておく必要があったのだと考えた。コチョウはそれを擁護するつもりもなく、また同時に口に出して責めるつもりもなかった。

「思うようにやった結果だ。他の連中がどれだけ死のうが気にしなけりゃいい」

 コチョウに言わせれば、弱いのが不運だっただけだ。想定外の敵にやられるのは、それに対応できない自分が不甲斐なかったというだけのことだ。自分が死ぬ原因になった奴を恨むのも自由で、だが、恨まれた方が返り討ちにするのも自由だ。純粋に強い方か、運が良かったかした方が勝つ。運が良ければ生き残るし、そうでなければ死ぬ。それだけのことだ。

「良い子ちゃんでいるのがお前の選択ならそれでいい。だが、死んで詫びるのはやめとけ」

 それだけは間違いなかった。

「誰に対する満足にもならん。せめて殺されろ。責任を取るなら詰所に出頭すればいいさ」

 とはいえ、呪いで蝕まれた魂を抱えたまま出頭する訳にはいくまい。コチョウはそう考える。

「その為にも、まずはヌルに掛けられた呪いは解け。呪いで死ぬのは逃げるのと同じだ」

 もっとも、とコチョウは口にしかけてやめた。懇切丁寧にそこまで話してやる気にもなれなかった。面倒臭い。

 突然暴走したにしても突然すぎる。ある意味もともと暴走していた訳であって、コチョウには、自我が暴走している状態で安定しているように見えた。それが崩れたのは内的要因よりも、むしろ、外的要因の方がしっくりくる。要するに、それが誰で、何の為にどうやったのかは一切の謎とはして、何者かによって狂わされたのだろうと、コチョウは推測していた。スズネ達が連れまわしたことに、おそらく責任はない。

「ですが、私達の仲間ですから。忘れることなどできようものでしょうか」

 スズネは、頭を振る。仲間とは困ったものらしい。コチョウは、自分がパーティーを組めなかったのは、むしろ幸運だったのかもしれないと感じた。こんな面倒極まりないことになるくらいなら、一人の方がマシというものだ。

「所詮ゴーレムだ」

 コチョウは冷淡だった。自我があるにしろ、それがどこまで造られたものでないかなど分かりもしない。すべてが紛い物で、その実態が虚無だとしても驚かない。コチョウは言った。

「お前は生きるか死ぬかの瀬戸際に立ってる。ここから帰れもしない程度の弱さのお前がだ」

「でも、悲しんで、苦しむ心に、蓋はできないよ。そんなの無理だよ」

 そんなコチョウに反論したのはエノハだった。それが止まるようであれば、それこそ生き物ではない化け物に近い。彼女の反論は正論だった。

「仲間が死んだんだ。仲間がおかしくなっちゃったんだ。辛いし、悲しいよ」

「ああ、そういうことか。そういうものなんだな」

 コチョウにも理解はできた。共感はできないし、自分自身がそうなることもないと分かる。コチョウはそれだけに、どうしたら二人が動けるのか、扱いに困った。すぐにでも行かなければならないのだ。こうしている間にも、二人の魂の呪いは進行している。

「お前等は本当に冒険者なのか?」

 だが、同時に、疑問でもあった。ここで落ち込み動けなくなるような奴等が、迷宮で無事に生き残れる未来像が浮かばなかった。

「うーん、どうなんだろ……それも分かんないや」

 エノハも自信がなさそうだった。魂の一部を預けてもいなかったあたり、その自覚はないのかもしれない。

「ああ、そういうことか」

 もう一度、コチョウはその言葉を口にした。やっと合点がいった。この二人は、冒険者ですらないのだ。

「武者修行って奴か。何でもそういう風習があるらしいな」

 遥か東の国に伝わる、戦闘技能の修業方法のひとつらしい。魔神と融合したことで、広く世界の知識もコチョウの頭には入って来た。スズネは武士という職業で、エノハはまだ見習いではあるようだが、陰陽師という職らしい。どちらもアイアンリバー近郊では見かけない職だった。スズネの武者修行に、エノハがお供として同伴しているということなのだろう。

 武者修行中の武士というのは、冒険者に近いことは確かだが、根本的に異なるのは、技能の向上というのも当然なこととして、精神修業に重きを置いていることにあるらしい。その方向性はどんな武士を目指したいかによって各々異なるようだが、清廉な武芸者を目指すものは、己の鋭さを増すことよりも、大いに人を助け、融和の心を育むことを是とするものらしい。つまりは、スズネは困っているピリネを見かねたのだろう。

「できもしない癖に、お節介を焼いた訳だ」

 その是非は、コチョウはどうでもいいとは思ったが。

「さては馬鹿だな、お前」

 そうは感じた。

「そうきっぱりと言われると、立つ瀬がありません……」

 しょんぼりとしたまま、スズネが呻き声に近い答えを返した。余計なお節介のせいで、取り返しがつかない事態になっていることは自覚があるらしく、それが一番堪えているようだった。

「よし、こうするか」

 コチョウは割り切り、動けないなら動けないでいいということにした。どうせ戦力にならないのだ。余計な出しゃばりをしない分今の状態の方が邪魔にならない。

 コチョウは、念力で二人を無理矢理浮かし、二人の意志を無視して地下九層に向かった。


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