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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第四二話 徒弟

 ゴーファスの答えは現実の厳しさを示していた。

「長くても二日堰き止めておければ上出来だ。連中の一部は、こちらの戦力の内情に既に対応しはじめている。アンデッドだけで冒険者達を退け続けるのは不可能だ」

 コチョウを確実に仕留める為に、腕利きのパーティーを集めているのだろう。経験が豊富なパーティーは最初の内は無理をしない為に、退けやすく感じるものだ。しかし、実情では単純に階層の脅威を図りながら、危険が大きいとみれば引き返して対抗策を用意してくるというだけで、むこうの試行が増えれば増える程堰き止めておくのは難しくなる。地下六層に到達するパーティーが現れ始めているということは、地下五層の決壊は近いということだ。

「地下八層までで、今日だけ耐えられるか? 前線を後退させながらでいい」

 コチョウが思案しながら問いかける。ゴーファスも、一旦考え込んでから、頷いた。

「そのくらいであれば、何とでもなる」

 しかし、コチョウが何を考えているのかは理解できなかったらしい。声は怪訝そうだった。

「しかし、その意図は?」

 と、逆に質問があった。

「私は二日で地下五〇層まで進むつもりでいる。連中も下の恐竜共に常勝は見込めまい」

 コチョウはそう判断した。これまでのパーティーの最大到達深度は地下一三層だという理由も、コチョウ自身体験として納得していた。地下九層の時点の恐竜――ヌルが持っていた知識によると、コチョウが戦ったあれは、ギガノトサウルスというらしい――があの強さだ。並大抵の備えでは、先に進む余力を残して突破などできない。

「それは私達も同じではないのですか?」

 スズネはやはり不安が大きそうだった。コチョウはともかく、スズネやエノハは間違いなく今のままでは即死するだろう。

「二度手間になると面倒だから、エノハが起きてから説明するつもりだったが、まあいい」

 と、コチョウは右手を広げ、妙に赤い、見てくれが気持ちよくはない光の球を浮かべた。それから、勝手に左手で眠っているエノハの口を無理矢理開けさせ、口の中に光を押し込んだ。それが済むと、もう一つ、同じ球をもう一度右手の上に浮かべる。

「飲め」

 と、スズネに差し出した。

「ええと。毒とか、支配されるとかは、ないのですよね」

 それはないとスズネにも分かっているのだろう。半信半疑で尋ねた。今の自分達を支配して、コチョウに得があるとは思っていないのだ。

「私の力の一部だ。これを飲めば、私が敵から奪った強さの一部が、お前等に分配される」

 面倒臭そうに、コチョウは答えた。彼女からしたら、デメリットが大きい。

「私自身が手に入れられる“強さ”がその分目減りするんだぞ。有難く思えよ」

 要するに、コチョウが敵を受け持ち、倒すことで、強制的にスズネやエノハも成長させようというのだ。暴力的な方法だが、許された時間を考えれば現実的にそれしかなかった。

「何故そこまでして、私達を伴わなければならないのでしょう」

 それもスズネには分からないようだった。だが、コチョウはその内容を説明する時間を惜しんだ。

「私は一から十まで説明したりはしない」

 実際の所、教えたくない、というのがコチョウの本音でもあった。というのも、スズネやエノハに死なれると、間接的にコチョウにも無視できないフィードバックが来るからだった。スズネ達に掛けられた呪いは、末期の呪いだけに、ヌルとコチョウであっても解く方法がない。しかも、厳密にヌルの魂は滅びず、コチョウが吸収しただけの状態で残っている。その関係で、魂の側面で、ヌルを取り込んだコチョウとスズネ、エノハは繋がってしまっているのだ。それが突然切れると、コチョウの魂も削れてしまう。そうなった場合、おそらくコチョウの身体にも、恒久的に癒えない大きなダメージが入ってしまう。だからスズネ達の呪いを解かなければならず、その前に死なれては困るのだった。当てつけのように自殺でもされたら困るから、コチョウは、スズネ達本人に知られたくなかった。

「お前等は黙ってついてくればいい。死にたくないだろう?」

「しかし、せめて、アンチクロックとは何か、寿命がなくなるとはどういうことか、それだけでも教えては頂けませんか?」

 スズネは多くを問いかけることは諦めたようだが、それだけは知りたがった。変質の内容如何によっては死ぬのと変わらないことはあり得る。その疑問はもっともではあった。

「アンチクロックは、対象の時間を操作する為のアーティファクトだ。限定的に、だが」

 コチョウは一瞬面倒臭いと考えたが、結局、まあいいだろう、と話し始めた。

「簡単に言うと、『対象の、過去にあった特定の出来事を、なかったことにする』ものだ」

 逆はできない。なかったことをあったことにする力はない。だが、とはいえ、それだけでも、極めて強力な魔法装置と言えた。

「そして、アンチクロックを使うと、そいつは自然には時間的な物理変化をしなくなる」

 生物であれば成長や老いなどといったことが起こらなくなるし、物品であれば経年劣化しなくなるということだ。ただし、魔法的な若返りや加齢は有効で、そういったものに対して耐性を得る訳ではない。とはいえ、それはある意味での不老不死の技術で、むしろそちら目的で使用されていたのだろうことは明白だった。だが、強力すぎるがゆえに、悪用を恐れた者達によって、迷宮の地下深くに封印されたのだ。

「そんなものが眠ってる迷宮だ。階層が五〇層にも及んでることは納得できるって訳だ」

 簡単に到達されたら、せっかく封印した連中も堪ったものではないだろう。コチョウはそんな風に苦笑いを浮かべた。

「変な奴に使われると面倒なのは確かだ。このことは誰にも喋るな」

「理解できました。ありがとうございます」

 スズネも、その意見には同意のようだった。コチョウとは危惧することは真逆だろうが、奇しくも、おいそれと使われたくない、という結論については一致した。

 もとより吸血鬼であるゴーファスには寿命は存在しない。彼はたいしてアンチクロックに興味を示さなかった。それだけに、ゴーファスはついてくる素振りも見せない。残って冒険者を押し留めさせるのに、これ程の適役はなかなかいなかった。

「という訳だ、ゴーファス。時間だけ稼げればいい。無理にお前自身が戦う必要はないぞ」

 便利な手駒だけに、こんなところで失うのは惜しい。コチョウも彼を無駄な危険に晒すつもりはなかった。

「承知した。頃合いを見て通そう」

 ゴーファスにも異論はないようだった。

「しかし」

 困ったことに。すぐには出発できない。

「起きないなこいつ」

 全く起きる気配がないエノハの幸せそうな寝顔に、コチョウはだんだん腹が立ってきた。

「起きろ、こら」

 軽く蹴っ飛ばす。思いっきり蹴ると頭がもげて飛んで行ってしまうから、面倒なことに加減が必要だ。

「んふゅ」

 寝ぼけた声を上げて、漸くエノハも目覚めた。身を起こして、目をこすりながら、呑気に欠伸をすると、

「おはよう、コチョウ」

 のんびりとそんな挨拶をした。危機感などまったくない様子に、コチョウは大きなため息を漏らした。

「ぶっ殺せないのが腹立たしい」

 本音も漏れる。コチョウの言葉を聞いて、エノハもやっと状況を飲み込んだようだった。はっとしたように覚醒し、急に飛び起きた。

「ご、ごめんなさいっ。あ、いたたっ。……寝てる間に蹴った?」

 勢いよく頭を下げると、こめかみあたりが痛んだらしい。涙目になってコチョウを上目遣いに見た。

「起きない方が悪い」

 コチョウは悪びれなかった。腕を組んで不快感を露にしたまま、舌打ちをする。

「分かってると思うが、私はお前等を仲間だとはこれっぽっちも思ってない。いいな?」

 そんな風に思われたらと想像しただけで虫唾が走る思いがする。コチョウにとってそれこそ屈辱だ。こんな頭の中にお花畑でもできてるんじゃないかという連中とは、一生折り合えない気がした。

「私と対等だと思うなよ。したくもない譲歩をして、やっと手下か子飼いかってとこだ」

 それも本音では嫌なのだが、と言いかけたところで、

『口ばっかり』

 そんなフェリーチェルに揶揄われる声が聞こえた気がして、コチョウはやめた。まったく気分が悪い。代わりに、スズネとエノハに、選択を迫った。

「好きな方を選べ」

「弟子にしてくれるの?」

 エノハは嬉しそうだった。厄介この上ない。

「弟子でお願いいたします。百歩譲ってです」

 スズネの嫌そうな顔に、コチョウはむしろ何故か安心を覚えた。


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