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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第四一話 劇変

 アーケインスケープの一室で目覚めたコチョウは、裸だった。魂の状態でローブの呪いがエノハに解かれた事実は、現実のローブにも影響を及ぼしたのだろう。消滅したのだ。とはいえ、最早彼女にはあのローブは必要がないものなのも間違いなく、コチョウは闇を固めたローブを、改めて実体として造り上げた。チャクラムと逸らしの指輪、アリオスティーンから預かった腕輪は残っているが、魔神の剣、ライフテイカーは手元にない。だが、試しに念じて呼ぶと、禍々しい多数の亡者が描かれた、刺々しいデザインの鞘に入った状態で、ライフテイカーが現れて浮いた。コチョウはそれを背負った。

 魔神の魂を吸収、同化したコチョウの魂の入れ物として、コチョウの肉体が悲鳴を上げるということもなく、快調そのものだった。ブルボグルに殺された時と同様、失った翅も元に戻っていた。コチョウは満足し、すぐに行動に移った。

 魔法陣を通り抜け、ダークハートの深淵の地下一層に出る。以前は静寂に包まれていた魔法陣の間に出ると、通路の彼方が騒がしいことに、コチョウは気付いた。気にはなるが、先にエノハやスズネを回収しなければならない。そっちを優先することにして、コチョウは、迷宮内の違和感には蓋をしておくことにした。

 地下一層と地下八層を繋げた魔法陣を抜け、小部屋に出る。部屋を出ると、地下八層の最奥には、ゴーファスは不在だったようで、無人だった。地下八層は、地下一層とは違い、以前同様、アンデッド達が漏らす怨嗟の呻きが響いてきているだけだった。

 早速スズネとエノハの捜索に乗り出すコチョウだったが、地下八層をくまなく見て回る必要はなかった。最奥からの通路沿いの部屋を見て回りながら逆走すると、三つ目の部屋の中で倒れている二人を見つけた。発見が早かった為、まだ息がある。滅びてしまったピリネの体はなく、ゴーレムのキリヒメの姿も見当たらなかった。

「やれやれっと」

 二人は瀕死であって、死亡後復活したという訳ではない。コチョウはアーケインスケープのメイジから奪った技術を用いて、最大効果まで拡大したヒールを唱え、二人を強制的に安定化させた。

「起きろ! 半人前共!」

 コチョウの叫びに、二人が起きる前に魍魎の類が寄って来た。ゴーファスの配下だったらしく、声の主がコチョウだと分かると、連中はすごすごと離れて行った。その間に、スズネが、唸りながら目を覚ました。

「寝坊助が!」

 コチョウが軽く悪態をつくと、

「怒鳴らないでください。頭がズキズキと痛みます」

 気分が悪そうに、やや青ざめた顔で、スズネが答えた。エノハはまだ起きない。規則的な寝息を立ててすやすやと眠っているところを見ると、状態は安定しているらしい。

「いい度胸だ。喧嘩を売ってるな。お? そうなんだな?」

 吞気な奴等だ、コチョウは心底うんざりした。だが、見捨てるという選択は、コチョウにはなかった。

「殴りたければご自由に。蹴りたければご存分に。いっそ死ねた方が楽かもしれません」

 これまでのやんわりとした口調ではなく、冷ややかに、スズネは答えた。彼女の傍には曲刀がなく、コチョウが部屋の隅を横目で見ると、砕けたスズネの剣が転がっていた。

「折られたのか」

 コチョウはスズネの言葉には答えず、そう肩を竦めた。コチョウの体から闇が噴き出し。それがコチョウを包むと、人間大の肉体を持った彼女が立っていた。ただし、背にあるのは蝶の翅ではなく、ヌルと同じ蝙蝠の翼だ。ヌルのものより武骨で荒々しいのは、コチョウの性格を反映してのことなのかもしれない。

「何でもありですね」

 呆れたようにスズネに言われ、

「デモニック・フェアリーだからな」

 コチョウはふざけたように笑った。未だ眠りこけたエノハを小麦粉の袋か何かのように担ぐと、コチョウはスズネを労わることもなく、歩き出した。

「最奥へ移動するぞ。中途半端な場所では落ち着かん」

「落ち着きなど、元からなくはありませんか?」

 スズネは言い返したが、覚束ない足取りで、コチョウを追った。残っても逃げても、無駄死にするだけだと分かっていたからのようだった。

「当たってる」

 コチョウは、今度は屈託なく笑った。その通りだ。コチョウに落ち着きなどという言葉があったためしはない。

「随分近い場所で全滅したな、お前等」

 逆にコチョウも言い返した。地下八層のモンスターにスズネ達が敵う訳もなく、無理もなかったとはいえ、キリヒメの姿がないのが気になった。

「キリヒメが暴走したもので。あなたが面妖な術を掛けたのではありませんか?」

 そういうことらしい。あの失敗作だ。本格的な暴走はいずれ避けられず、むしろ、いつ起きても仕方がなかったかもしれない。

「知るかよ。何処で拾ったか、あんな欠陥品、私なら危なくて弄りたくもないね」

 コチョウは身に覚えのないことと一笑した。ほんの少しくらいは汎用の主人登録呪文が影響することもあるかもしれないが、もしあれが原因だとしたら、事態が起きるのが遅すぎる。あの場で戦闘中に暴走していた方がまだ現実味があった。

「亡霊に憑依されて乗っ取られでもしたんじゃないか?」

 コチョウからすれば、その方がまだ納得できた。もともとそれに近い状態だったとも考えられる。動いている方が奇跡なのだ。

「まあ、いい。それよりもお前等のことだ。とにかくこの階層の最奥に移動してからだ」

 自分の足で歩くというのは、コチョウにとって新鮮だ。結論から言えば飛んだ方が楽という意見にはなるが、今回の場合、ようやく立っているだけのスズネがエノハを運べるでなし、致し方ないといったところだった。できれば二度目はないことを期待した。

 最奥はすぐそこだ。コチョウ達が最奥のホールに着くと、ゴーファスも戻っていた。人間大のコチョウを見て一瞬訝しんだ彼も、翼以外の容姿がコチョウそのものだと知ると、安心したように警戒を解いた。

「戻っていたか」

 ホールの床にエノハを放り出すように寝かせ、さっさとフェアリーの姿に戻った。やはりコチョウがフェアリーであることは依然変わりなく、他の姿に変化できるとはいえ、元の姿がしっくりくる。

「迷宮の上の方が騒がしいな。何かあったのか?」

 コチョウはまず、地下一層でも感じたダークハートの深淵の異変について、ゴーファスに確認した。横目でスズネの様子を窺うと、座っていいといった覚えはなかったが、勝手にエノハの隣にぐったりと座り込んでいた。

「原因は二つあるようだ。一つは貴女にも身に覚えがある筈だ」

 と、ゴーファスはやや疲れた様子で答えた。

「一つは暴走したゴーレムが、上の方で暴れているらしい。その討伐で冒険者が多い。私が直接確かめた訳ではないが、おそらくはそこにいるパーティーと一緒にいたゴーレムだ」

「何層あたりだ?」

 コチョウが尋ねると、

「詳しくは分からんな。少なくとも地下四層よりは上だ。我々が気にすることではない」

 つまりは自分の手下の行動範囲内ではないことを、ゴーファスは示唆した。

「よくもまあ。上まで単独で辿り着いたのか、あれが。お前の手下もたいしたことないな」

 コチョウは口さがなく呆れてみせた。ゴーファスの手下のアンデッド共も、もう少し実力があると思っていたのだが。もっとも、出ていく者の分にはそこまで興味を覚えなかった。

「とにかく、そういうことか。それは気にする必要もないな。勝手にやらせておくか」

 と、一つ目の理由とやらは、コチョウも話を切り上げた。スズネには思うところがあるかもしれないが、それこそ、コチョウに言わせれば、知るかよ、だった。

「で、もう一つって奴は? ……いや待て。分かった。言わなくていい。今思い出した」

 地下五層で虐殺したパーティー連中のことだろう。あいつらが、コチョウがダークハートの深淵を徘徊していると報告したのだ。おそらく、それだろう。

「私の討伐か捕縛目的だろう? そういやそうだった。地下五層で冒険者連中を殺したな」

 例の監獄に放り込んだ筈のコチョウが、どういう訳かアイアンリバーの真下を徘徊している。そう考えただけで、権力者連中には生きた心地がしない筈だ。あの地獄から生きて出てくる囚人がいることなど想定していないだろうし、あそこの内情を知っている奴が野放しになっているというだけで、連中は相当困るだろう。金に糸目をつけず、報酬をばら撒いて冒険者を雇い、大掛かりな討伐を行ったとしても、不自然ではなかった。

「どこまで耐えられる?」

 コチョウはそう長くは保つまいと考えた。

「ほぼ五層。稀に六層に到達されている」

 ゴーファスが答えた。芳しくはなかった。


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