第四話 敵対
グレート・ソードを構えながら、カインはコチョウにはすぐに斬りかからずに尋ねた。
「ところで、金貨を持っているように見えないが、どうやって運んでいるんだ?」
その疑問は、当然な筈なのに、コチョウには、聞かれた記憶が他になかった。全裸の、しかも、フェアリーが、どうやって大量の金貨を運ぶというのか、不自然極まりないというのに。
「持ち歩ける訳ないだろ。金貨袋が私よりでかくて重いわ」
そして、コチョウからしても、その答えは、当然のことだった。二九万枚以上もの(報酬は三〇万だったが、宿のツケの支払いや宿代、針礫の代金で一部は使った)金貨を僅か身長三〇センチメートルのフェアリーが抱えて飛べる訳がなかった。
「それなら、そう話せば良かったじゃないか」
指摘するカインに、
「見て気付かない馬鹿共に言って分かるもんかよ」
コチョウは、痺れを切らして襲い掛かった。不意打ちとはいかないが、重さで振り回す設計のグレート・ソードでは追いつけない速度が、彼女にはあった。
一撃。閃光のように飛んだコチョウは、カインの額に難なく肉薄し、拳で打った。それで勝負はつく。
――否、勝負はつく筈だった。
しかし、コチョウの拳は、カインの首を刎ねることができなかった。カインもコチョウのあまりの速さに肝を冷やした顔をしたが、すぐに距離をとって構え直した。
「即死、それに、ドレインか」
と、カインもすぐにコチョウの拳が帯びている力を理解した。
「鎧が特別じゃなかったら危なかったな」
「本当、面倒くさいなお前」
コチョウも効かないと悟り、一旦距離を取り直した。経験が奪えないのは残念だが、効果がないのでは仕方がなかった。
「何。自慢する程の事じゃない。凄いのは鎧だ。僕じゃない」
そうは言うが。一転、反攻に転じたカインは速かった。まるでグレート・ソードの重さを感じさせない軽快さで、斬り下ろし、斬り上げ、斬り下ろし、薙ぎの四連動作が、おそろしい精度でコチョウを襲う。反撃を許さない速度だった。とはいえ、振り自体はやはりグレート・ソードそのもので、身軽なコチョウに当たるものでもなかった。
「鬱陶しい」
上空に逃れ、コチョウがファイアブレスを吐く。当たらずとも、距離を離させるか、足を止められればそれで良かった。
だが、それもコチョウの思惑は外れた。炎に向かってカインがグレート・ソードを一閃させると、まさしく打ち返したと表現すべき角度で、炎の先がコチョウに向かって折り返した。
間一髪コチョウも上昇して避けるが、チリチリと熱せられた空気で気管を僅かに焙られ、軽く咳込んだ。
手が止まったコチョウに、更に、剣先から光線が飛んで来る。もはや何でもありだ。コチョウは身を捩って直撃は避けたが、僅かに髪の毛が散る程度の浅い一撃を受けた。右肩に、血が滲んだ。
漸く呼吸が落ち着いてきたが、もともとフェアリーはそれ程頑丈にできていない。コチョウは圧し掛かる頭痛を感じ、額を抑えた。それでも、襲撃者達から奪った、ヒール、つまり、癒しの呪文の知識もある。彼女は距離を取ったまま、受けた傷を呪文で癒した。
「やっと掠り傷ひとつか……ファイアドレイクを討伐しただけのことはある。強いな」
カインは、武装もないコチョウにことごとく攻撃を避けられたことを驚いていた。コチョウにしてみればそれどころではなかった。忌々しいことに、強敵であることは認めない訳にはいかなかった。どこまで武装のお陰なのかは知らないが、厄介この上ない相手だった。
跳ね返せるのは何処までなのか。コチョウはそれを確かめる為に、呪文攻撃を試した。まずは、ファイアボルト、小さな火炎弾を、続いてアイスボルト、氷の弾を、最後にサンダーボルト、雷撃を、空中を飛び回りながら奔らせた。
ファイアボルトは打ち返された。
アイスボルトは斬撃に当たると砕け、跳ね返っては来なかった。
そして、サンダーボルトは剣先で止められ、吸収されたように消えていった。
サンダーボルトは悪手だ、とコチョウは判断する。そして、グレート・ソードの効果も無限ではなく、おそらく魔力補充が必要なのだろうと推測した。そうでなければ呪文を吸収する必要はない筈だった。
気付かれたか、という顔をカインもする。ブラフではなかった。表情で引っかけようにも、コチョウには心が読める。カインの心境の変化から、コチョウは自分の推測が正しい確証を得た。
とはいえ、もともとコチョウの魔法の知識は奪ったもので、他のフェアリーのように天性のものではない。限界がある。どちらが尽きるのが早いかという賭けではあった。
無駄にすることはできない。跳ね返ってくるファイアボルトで万が一自分が傷つけばじり貧になる。無効化はされても跳ね返っては来ない氷系で、コチョウは徹底的に遠距離戦を仕掛けた。
今度はカインの武装の効果を確かめる為ではない。遠慮なく、五月雨のようにアイスバレットを降らせた。アイスボルトは点攻撃だが、アイスバレットは面攻撃だ。追いつめるのにはそちらの方が都合が良い。距離を保ちながら撒き、ただし、一定の場所には留まらない。
「くっ」
カインも流石に防戦一辺倒になった。回避し、剣で防ぐので精一杯で、反撃をする余裕はなかった。如何な特別な鎧でも、すべての呪文から身を守れるわけでもない。大量に降る氷に少なからず打たれ、カインの体のあちこちに傷が増えていく。
しかし、コチョウもまた、余裕はなかった。思ったよりもずっと相手が頑丈だ。このままでは致命傷を与える前に、魔力が尽きてしまう。魔力が尽きてしまえば、コチョウが手傷を負わせる方法がほぼない。彼女も、決定打を探していた。
そしてその思案が、一瞬の隙を生んだ。
カインが、自分の体がまともに呪文に打たれることも顧みず、逆にグレート・ソードから、斬撃の光線を放ったのだ。当然、まともに呪文に晒されたカインは大きくバランスを崩し、転倒こそ免れたが、防御もままならないままに、傷を増やした。
一方のコチョウも、無事では済まなかった。自分が放ち続けた氷弾の弾幕が目くらましとなり、瞬時に光線を避けることができなかった。光線を避け損ない、コチョウの呪文も、そこで途絶えた。
なんとか地面に落ちる無様だけは免れたにしろ、呼吸もままならず、左腕は動かなかった。切断されているということはなかったが、ボタボタと大量の血が流れ落ちていた。
「やりやがったこいつ……お前も狂ってるじゃないか」
悪態をつく。何とか止めの一撃を先に出そうと方法を探すが、集中が切れてしまったコチョウには、もうそれ以上、呪文を唱えることもできなかった。
「ふざけやがって」
また、悪態をついた。
だが、カインもまた、グレート・ソードを地面に放り出していた。彼にも、頭上を飛ぶコチョウに届く攻撃方法が、既になかった。アイスバレットに打たれ、剣を握る握力が失われていた。
「お互い様だ。ここまでひどくやられたのは、初めてだ。まったくおっかない妖精だな」
カインも、初めて感情を露にしたように、苦笑いで、答えた。今にも倒れ込みそうで、だが、意地だけで立っていた。
「もうお前の相手は、ゴメンだ。何処となりとでも行けよ。私にかまうな」
止めはさせない、そう諦めたコチョウは、追い払おうと、決めた。自分は最も強いと勘違いするつもりもなかったし、勝つこと自体には、興味もなかった。ただ、くたびれ損、やられ損だという忌々しさだけがあった。
「そういう訳にはいかない……君を見逃すわけには、やっぱりいかないなあ。君は危険すぎるよ……」
打つ手がない筈のカインはそんな風に笑い。
その瞬間、コチョウは突然後頭部に激しい衝撃を感じ、落ちた。その一撃は軽いものだったのかもしれないが、耐える体力は、もうコチョウには残っていなかった。
「遅いよ、ルエリ」
そんなカインの言葉が、ぼんやり聞こえてきた。
「すまないな。言っていなかったが、僕には、仲間がいるんだ。君と違って」
そういうことか、と。
コチョウは、何に敗れたのか、納得した。
そして、彼女は意識を手放した。