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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三八話 魔剣

 本来であれば、襲ってきた相手に向かって飛んで行っているところだ。しかし、コチョウは、彼女らしくもなく、まだほとんどその場を離れていなかった。

 虚空から刃が突き立ち、コチョウがそれを迎撃するように折る。この奈落に落ちた時に、コチョウの腹を貫いた剣だ。しかし今回はコチョウを狙っておらず、スズネを、ピリネを、そして特にエノハを、刃は狙った。まるで彼女達がコチョウの弱点だと言わんばかりだった。

 突然襲ってくる刃に、ピリネ達は反応が遅れがちで、確かに、コチョウの援護を必要とした。一突きでも貰えば、スズネやエノハの死にかけている肉体はもたないだろう。だが、手をこまねいていても、彼女達はおそらく死ぬ。コチョウは打開の機会を探ったが、敵の所在すら掴めないまま、動けないでいた。

「見捨てて」

 ついには、エノハの口からそんな言葉が出た。スズネもピリネも同意するように、頷きはしなかったが、コチョウを思いやる目で見た。

「次言ったらぶっ飛ばす」

 コチョウは答える。しかし、できる筈もない。それができるくらいなら、最初から援護などしていない。コチョウが殴れば、エノハ達はやはり死ぬだろう。

「お前等は黙って縮こまって震えてればいい。余計なことは言うな。ここから楽しくなる」

 コチョウは笑った。足手纏いを三人抱えたくらいで勝てない、口先だけ強そうな奴だと思われているのは癪に障る。屈辱の極みだ。

 とはいえ、コチョウの思い一つで状況が覆る訳でもない。敵の姿は見えず、未だ掌の上で転がされているに等しい。何もしないのも面白くないと、コチョウは声を張り上げた。

「派手なのは最初の魔法だけか。随分慎重じゃないか。まさかフェアリー一匹が怖いか」

 見え透いた挑発でしかないが。ただ防戦一方になっているだけよりはマシだ。

「私は恐いです」

 背後で、ピリネが呟く。コチョウは一瞬顔を顰めたが、返答はしなかった。

 肝心の敵からの返答はない。淡々とピリネ達を狙う刃が虚空から出現し続けるだけだった。リズムも単調で、出現位置も読みやすい。だんだんとコチョウは馬鹿にされている気分になって来た。

 コチョウも虚空から出現する刃をただ砕き続けていた訳ではない。その正体については、既に解析が済んでいた。その攻撃の解析を通して、敵についての十分すぎる程の情報も得た。もう十数回の刃を叩き折ったあとで、コチョウは反撃に出た。刃を叩き折る代わり、刃を通して力を走らせる。一瞬の間をおいて、空間が揺らいだ。

「効いたか? 割合痛いだろう」

 通常の超能力のほとんどは、敵の所在が分かっていなければ効果を及ぼすことはできない。しかし唯一、攻撃が見えていれば、それを通して術者の精神を攻撃することができる力も存在する。テレパシーの応用で、認知能力を超えるだろう意味のないメッセージを瞬間的に送り付けるのだ。許容量をどれだけ超えたかによって効果は異なるが、最悪、脳神経が物理的に破壊、切断されることもあるメンタルシュートだ。はじめは読むだけだったコチョウの能力だが、当然その力も強化されていたのだ。

「正体を見せずに遠隔攻撃してれば安全だと高をくくったか? そう上手くいくものかよ」

 コチョウの声に、また、空間が震える。今や地下大空洞と化した地下深くの穴の奥から、巨大な、二足歩行の何かがゆっくりと近づいてくる影が見えた。明らかに元の迷宮の天井を遥かに超える身長の高さだ。もともとは何層分かの吹き抜けのようになっていたホールで待ち構えていたのだろうことが分かった。丁度コチョウ達の左後ろの方から、存在感と威圧感が大きすぎる化け物は近づいてきた。そちらが階層の最奥だったのだろう。

「あんなの……勝てるの?」

 不安そうに、エノハがコチョウに問い掛ける声が聞こえた。虚空から伸びていた刃は、コチョウの反撃に利用されるだけだと一度で理解したらしく、出現は止まった。

「任せろ。死んじゃマズい時くらい、私も弁えてる」

 コチョウはただ悠然と、明らかに魔神か邪神の類と分かる巨大すぎる威容が近づいてくるのを待った。それが一歩歩む度、床が揺れ、空気が振動した。まるで階層全体が震えているようだった。

「その代わり、何が起きても、自暴自棄にはなるなよ。お前等は私と違って簡単に死ぬ」

 その瞬間、おそらくコチョウの言葉の意味を正しく理解できた者がいたとは思えない。彼女はどう勝つかを気にしているのではなかったからだ。その飽くなき強欲さは、コチョウゆえのもので、こんな時であっても、あくまで、コチョウは、コチョウだった。

 見るからに甘露そうな絶対的な力がやってくる。コチョウの目は期待にぎらついていた。普通の方法ではその力は奪えまい。どうせ即死にもドレインにも耐性があるだろう。ただ殺すのでは奪えないのであれば、方法を考えなければならないことは、確実だ。このまたとないチャンスを、逃がさず、確実に、食う。

 徐々に敵の姿が見えてきた。少なくとも巨人といった類の野蛮な種族ではなかった。巨体の背には蝙蝠の翼が生え、右手には虚空から伸びてきた刃とよく似た、剣が握られている。柄には骸骨の意匠があり、刀身は黒く、刃は銀色だ。頭部には悪魔のような角があり、全体的に肌は赤褐色だ。呼吸に合わせて、邪気の黒い靄が口元から散り、瞳は魔力を湛えた金だった。

「我が名はヌル。我は死である。死せる運命の者達よ。我が刃を受け入れよ。我が名の下に死は永遠であり、即ちお前達も永遠となる」

 重々しくも、朗々と響く声で告げる言葉には、弱い心を挫く厳めしさがあった。コチョウは平然としていたが、スズネは青ざめ、エノハは涙し、ピリネは腰砕けに崩れた。

「お前等ちょっとは抗え」

 呆れを隠せずに、コチョウは三人を振り返った。コチョウが視線を外した瞬間、ヌルはすかさず横薙ぎにコチョウに斬りつけ、しかしその斬撃は、苦も無く、僅か一フィートしかないフェアリーの腕によって、後ろ手に受け止められた。コチョウは刃を指先で摘まみ、がっちりと離さなかった。受け止められたヌル自身はもとより、ピリネ、スズネ、エノハの三人も、そのシュールとも言える光景を、度肝を抜かれたように呆然と見つめた。

「不意打ちとは、小物みたいな真似するじゃないか。お前が何だって? 三下だったか?」

 コチョウは口の端を吊り上げるように笑みを投げ、ヌルに向き直った。そして、鼻を鳴らす。

「さて、この状況だ。どうなるか、もう分かってるよな?」

 どちらが魔神か最早分からない。コチョウが問いかけると、ヌルは剣を手放して表情を歪ませた。剣を通して、再びメンタルシュートが襲ったのだ。ヌルは一歩後ずさり、精神的に受けた衝撃に、頭を抑えた。

 コチョウが剣先を摘まんだ指を振り、真上に剣を放り投げる。回転しながら降ってくる巨大な柄を彼女がキャッチすると、コチョウが振り回すのに程よい大きさに、ヌルの剣は縮小した。魔神の剣だけのことはある。やはり魔剣だった。

「これでも、あれが怖いか?」

 コチョウは、剣を弄びながらピリネ達に背中越しに声を掛けた。

「まあいい」

 と、迷宮の床に剣を突き立てる。刃が迷宮から何かを吸い上げるように光り出し、その光はコチョウの体に流れ込んだ。

「迷宮に吸われた分、まずは返してもらった」

 虚空からの刃に奪われた、ブレスの能力が戻ってくるのを、コチョウは感じた。ただそれだけではなかったが。他の連中から吸った物もそれなりに残っていたようだ。あの刃で流れ出たものは迷宮に吸収され、この剣の力でヌルが吸い上げるというシステムだったらしい。そんな物騒な剣が、コチョウの手の中にあった。単純な暴力であれば魔神は恐竜以下だった。もっともそれで終わりということはないのだろうが、兎に角、力比べでは、アンフィスバエナの暴力を持つ、コチョウの方に軍配が上がったのだった。

 コチョウは振り返らずに今迷宮から吸い上げたばかりの呪文を唱えた。ヌルが迷宮から剣を通して吸い上げたものを、何処まで有効に扱えるのかは知らないが、少なくとも、コチョウはそのまま自分の経験として再利用できる力があった。

「サンクチュアリ」

 その呪文は、あらゆる脅威から完全に守られるフィールドを出現させる、高等の神聖魔法だった。迷宮から吸い上げた経験により、コチョウは高位の神官達の呪文知識や、今すぐに役に立つ訳ではないが、ベテランの盗賊達のトラップ知識が流れ込んできた。数々の冒険者の魂を啜り、ヌルはそれを糧に生きているのだろう。

 サンクチュアリで守ったのは、当然、ピリネ達三人だ。こと、ヴァンピリックであるピリネなどはダメージを受けそうな呪文の名前ではあるが、幸いなことにそういった効果ではない。問題はない筈だった。

「来い。遊んでやる」

 ヌルを挑発しながら、コチョウが闇を纏う。マントのように彼女を包み、ローブになった。

 彼女自身が、超能力で造り上げた衣だった。


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