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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三六話 良心

 迷宮と言うより、そこは一本道だった。逆に言えば、遭遇戦があれば、避けようがないということでもある。また、実際に度々モンスターとの遭遇はあったのだが、魂食らいのハングリースピリットや、生気を奪いにくるライフスティーラーといった厄介なモンスターばかりが徘徊していた。前者も問題だが、後者はもっと問題だ。コチョウは、護衛している三人を、ライフスティーラーの攻撃に晒す訳にはいかなかった。

「厄介な、やつら、だ」

 魂だけの筈なのに、息苦しい。何度も道の途中で立ち止まり、コチョウはえずいた。慣れない。他人を守るというのは、こんなにも大変なことなのか。

「大丈夫?」

 エノハは心配そうにしてくれるものの、それが却ってコチョウの心を締め付けた。

「やめてくれ。私はお前の大事な式札でも平気で破り捨てる奴だ。思い出してくれ」

 脱出後に、エノハが苦しむと考えると、今のコチョウには苦しすぎた。おそらく戻ればそれも何も感じなくなるのだろう。自分がそうだと分かっているからこそ、今はそれが堪えた。

「でも、あなたの中には、今のあなたも、いるということ、ですよね?」

 スズネもそう首を捻った。疑うことがない純粋な目。それが何よりコチョウを苦しめた。

「違う。いない。頼むから。今の私はどうかしてると、そっちを疑ってくれ」

 コチョウには苦笑いを返すのが精一杯だった。

「性格というか、性質が反転しかけてるとでも思ってくれればいい」

 しっくりくる言葉はなかったが、コチョウ自身、自分の言動に困惑していることは確かだった。まるで自分ではないようで、気が狂わんばかりに戸惑っていた。

 それでも、それを無視してでも進まなければならないことも間違いなく、コチョウが前進を止めることはなかった。

 散発的に襲ってくるモンスターを退けながら(幸いなことにコチョウが失ったものは僅かで、思ったよりは実力が出せた。ただ、ファイアブレスやアイスブレスは吹けなくなっていた)しばらく進むと、目の前に突然真っ暗な闇が出現した。

 傍らの壁に、無機質で金属的な、文字が刻まれたプレートがある。コチョウ達はその文字を読み、首を捻った。

「光に闇を抜けることはできぬ。闇に闇を見ることはできぬ、か」

 コチョウが声に出すと、参ったような顔をした。

「スズネやエノハは、この闇に入れないってことか。私は入れるが真っ暗で何も見えんと」

 おそらく、だが。コチョウはそう解釈した。試しに、スズネやエノハがその闇に手を入れようとすると、まるで固形化した何かのように、その掌は闇の表面を撫でた。

「硬い」

 エノハが頷いた。

 問題だ。ここにスズネやエノハを残していくことは明らかに危険だと分かる。彼女達が、この奈落を徘徊するモンスターに対抗できるとは、コチョウにはとても思えなかった。おそらく生気を失い、魂を啜られて、まだ地下八層のどこかで脈打っているはずの、二人の命運も尽きるのだろう。かといって、ここに立ち止まっていれば、二人の肉体の方が地下八層のアンデッド共の糧になるだけだ。それもまた、死でしかない。

 進むしかない。そう決断し、自分だけでも闇に挑もうと考えたが。

「ん……? んんぅ?」

 コチョウの口から変な声が出た。入れない。コチョウもまた闇に拒まれたのだ。

「私が闇じゃなかったら、誰が闇なんだよ」

 そのくらい自分が悪人だと言うことは、他人に指摘されなくとも自覚はある。しかし、コチョウが拒まれるとすると、根本的に解釈が間違っているといえた。

「ものは試しだ。ピリネ、お前はどうだ」

 もしピリネは入れるのだとしたら、おそらく生者と死者の意味での光と闇の解釈もあり得る。スズネとエノハは肉体がまだ生きている筈で、コチョウの肉体もまた、アーケインスケープのベッドの上に復活しているだろう。つまり、三人とも生者だ。もしその解釈が正しければ、ヴァンピリック・ピクシーというアンデッドであるピリネには抜けられるのかもしれない。

「あ」

 そっちの解釈が正しいようだった。

「入れます」

 闇の中に溶け込んでいき、ピリネの姿が見えなくなる。見えなくなった背中に、コチョウは声を掛けた。

「自分だけ通り抜けて逃げるという選択肢もあるってことを忘れるな」

 最悪それでいい。ピリネが闇の中に入れたからと言って、ピリネに他の三人が通れるようにできるという保証もない。もし、全員が助かる見込みがないのであれば、逃げられる一人が他人に付き合う必要もない。逃げられる奴だけ逃げればいいのだ。

「そうですね」

 闇の中で、短くピリネは答えた。元はと言えば、エノハのハルツゲをコチョウが破り捨てたのも、自分の闇を恐れてピリネが動けなかった為に、エノハからすればピリネに見捨てられたと言うこともできる。ピリネも、善人と言い張るつもりもないようだった。

「見えるか?」

 とはいえ、コチョウには気になっていることもあった。闇に闇を見ることはできぬ、だ。

 入れたはいいが、真っ暗闇でまともな探索にならないのではないかと懸念したのだ。しかし、そういった問題ではなかったことが、すぐに理解できた。

「あっ」

 という悲鳴に近いピリネの叫びが上がり、何かに弾き飛ばされるように、ピリネが戻ってきた。それを追って、モンスターが現れる。生ける魂の捕食者、ソウルスティーラーだった。腹部は臍のあたりで大きく裂け、内蔵の代わりに牙の生えた口がある。本来生物の顔がある場所は無貌で、濃い肌色ののっぺりした指のない手足と相まって、見た目は極めて不気味だ。

「この中だと、モンスターが見えません……」

 やや傷ついた体でもんどりうちながら床に転がり、ピリネが告げる。彼女への追撃を阻止する為、コチョウはすぐにソウルスティーラーに飛び掛かり、そのモンスターの胴体を、手刀で上から下へと真っ二つに引き裂いた。

「大丈夫か?」

 本気で自分の発言とは思えない言葉が、すんなりと口から出た。

「なんとか、無事です。少し殴られただけです」

 ピリネは頷き、身を起こした。少し足元が覚束ない。立ったことは立ったが、無理はさせられない状況だった。

「一人でこれ以上突入させるって訳にはいかんな」

 舌打ちして、コチョウは闇を睨んだ。かくなる上は、何とかこの闇を力押しで退けるしかない。何が起きるか想像もつかないことも事実で、あまり暴力的な手段に頼りたくはなかったが、致し方ないだろう。

 コチョウは一瞬そう考え、ふと、思考を止めた。何故実力行使をそこまで躊躇ったのか。最短距離で実力行使上等が自分の思考パターンではなかったか。違和感は今や最大に達していた。

「ちっ」

 もう一度舌打ちする。呪いだ。ローブの呪いはあくまで有効だったのだ。それが反転させられているのだ。良心の喪失が本来の効果だった。反転し、良心の肥大化になっている。それが分かれば、解決方法はひとつだった。気に入ったローブだったが、害になるのであれば、捨てていくまでだ。

「エノハ、スズネ。呪いの解除はできるか?」

 コチョウは早速二人に尋ねた。迷っている場合ではないのは確かなのだ。

「わたしはできる」

 エノハが答え、

「そこまでは、私には」

 スズネは首を横に振った。一人できれば問題ない。ピリネ、スズネ、エノハに、コチョウは、

「私のローブは呪われていてな。本来、良心の喪失の呪いなのだが、この場所の影響なんだろうが、反転して良心の肥大化を招いている。そのせいで私は元の大胆さが発揮できない。このままでは全員危険だ。ローブの呪いを解いてくれ。ローブは消滅するだろうが、無事にこの場を出る方が大事だ」

 そして、さらに告げた。

「スズネ、ピリネを連れて離れていろ。エノハ、私は闇の方を向いておく。背中越しに解除してくれ。そしてローブの呪いを解いたら全速力で私から逃げろ。私が前進するまで来るな。私が脱出するあとを、付かず離れずの距離を保って追え。呪いから解放されれば、私はただ残虐な狂人だ。近づけば死ぬと思え。いいな。それが、全員生き残る唯一の方法だ」

 あるいは、今の方が幸せなのかもしれないが。幻の幸福に浸ってエノハ達を死なせる訳にはいかない。今のコチョウは本気でそう考えた。

 エノハが頷く。コチョウが背中を向けると、呪いの解除を行った。それは成功し、ローブは粉微塵になって消えた。エノハが走り出す。

 コチョウは振り向かず、眼前の闇を睨んだ。

 黒々とした憎悪の炎が、再び心に灯った。


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