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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三三話 激闘

 程度の低い悪口でしかなかったことは、コチョウ自身認めている。もう少し辛辣に言ってもよかったのだが、そこまでしてやる義理もなかったし、説教になりそうで嫌だった。

 コチョウはピリネ達に選択を突きつけ、ピリネ達もコチョウにうんざりしたように去って行った。誰一人として居残る気概を見せることなく、ピリネ達は帰った。不甲斐ないことこの上ないものの、彼女達からしても、コチョウにこてんぱんにされ続けなければならない謂れはまったくない。少なくともエノハの持つ技術の正体を知れないのは歯痒かったが、しかしエノハが弱すぎて、このままやり合っていても分かる気がしなかったので、コチョウも諦めた。

 面倒が去ったことで、コチョウは地下五層まで降りてくる冒険者達の相手をゴーファスに任せ、地下八層のその小部屋と、アーケインスケープからのポータルがある場所との間を繋ぐ新しいポータルを設置した。当然、アーケインスケープのメイジ共から奪った魔術で、コチョウ本人にしか反応しないポータルだ。他の冒険者共に利用されては意味がない。

 それが済むと、コチョウはいよいよ地下九層へと足を進める。実際飛んでいるので足は動いていないが。

 地下九層はやたら天井の高い、やけに空気の温度が高い洞窟になっていた。天井が高い理由は、地下九層のモンスターとの最初の遭遇で、すぐに分かった。入ってすぐに二股の分岐があり、左に進んだ先の袋小路で、すぐに遭遇戦があった。

 大型肉食爬虫類が三体。その生き物たちは、所謂太古の生物、恐竜と呼ばれるそれに酷似していた。体長はおよそ一三メートル。腹に奇妙な突起を持つ、二足歩行の爬虫類だった。

 ただのでかい蜥蜴くらいにしか見えないものの、襲い掛かって来た三体の恐竜の速さは、コチョウを超えていた。手強い。コチョウは即座にそう認めた。

 コチョウにはその恐竜の名前は分からなかった。もっとも、おそらく普通の恐竜ではないこともすぐに気付いた。睨めば石化、毒を吐き散らし、咆哮で獲物を昏倒させる恐竜が太古にいたというのであればその限りではないが。十中八九、恐竜を模して人為的に作られた人造生物の類だと考えて良かった。生物兵器に近い。明らかに生きた殺人マシーンだ。さらに、原始的で野性的な肉食動物としての集団の狩りができる知能はあるらしく、フェアリーのコチョウなどという極小の相手をターゲットとしながらも、個々に好き勝手に振舞うのではなく、連携をとって襲い掛かって来た。しかも、恐竜達の石化は、コチョウのローブの耐性の穴を突くもので、厄介極まりないことも確かだった。

 加えて、巨体に見合ったバイタリティーがある。アンフィスバエナ等よりよほど頑強にできているようで、コチョウが首を裂こうとしても、有り余るタフネスで一撃目は耐えられた。逆に手負いになったことで怒り狂ったその一体が首を振り回し、コチョウは巻き込まれて壁まで振り飛ばされた。

 背中を強かに打ち付け、コチョウは眩暈を感じながらも、再度距離を詰める。途中、口の中に溜まった血を吐き捨てて、コチョウは飛んだ。距離をとれば石化睨みの的になるリスクが上がる。幸い相手は巨体だ。接近戦で視界を避けた方が安全だと、コチョウの戦闘本能が告げていた。

 死角から、もう一度太い首を狙う。今度は、首を斬り落とすことに成功した。漸く一体。だが、コチョウが一体目を倒した瞬間も、他の二体がコチョウを狙っている。のんびり留まっている暇はなかった。体を捻るように飛び、連続で交互に噛みついてくるのを躱すと、二体目の首を狙った。一体目を倒したことに関する、身体能力上昇も特殊な能力も、何もなかった。

「ドレイン耐性もってやがる」

 忌々しい。コチョウは悪態をついた。さらにコチョウが執拗に首を狙っているということに気付く知能もあるらしく、恐竜共はそれを警戒したようにコチョウと距離をとるようになった。近づこうとするとフリーの方が邪魔をしてきて、思うように近づけない。アンフィスバエナは一体だったからマシだったと、今更ながらに気付かされた。

 膠着状態になると、不利なのはコチョウの方だ。ブレスも効果が薄く、呪文や超能力にも高い耐性があると見え、たいした手傷にはならなかった。何より時間が掛かる高威力な呪文や超能力を使うだけの隙がなかった。言葉が通じない為、暗示も効果がなかった。

 選択肢はほぼないに等しい。コチョウは無傷での勝利を諦め、多少の被害を覚悟の上で飛び込んで行った。フリーにした方は徹底的に無視し、狙った一体だけに確実に距離を詰めに行くしかない。その為に最適な手段は、テレポートしかない。

 コチョウは瞬間移動で片方の死角をとり、首を打った。しかし、首は落ちない。耐えられた。今ならまだ恐竜共も反応していない。もう一撃。今回も、首は落ちなかった。一度はコチョウを見失った恐竜共も、既にコチョウをまた視界に捉えている。テレポートで逃げるか、コチョウは一瞬迷ったが、手は読まれた以上、ここで離れたら、もうテレポートでの不意打ちも通用しないと考えるべきだった。つまり、ダメージ覚悟で、一体に集中攻撃を続けるしかない。

 三撃目。フリーの方の噛みつきを、最小限度で躱しながらになり、手刀が甘くなった。手傷にもならず、当然、即死の効果も期待できない。だが、翅をもがれたら最後だ。まともに噛みつかれる訳にもいかなかった。そこまでは無視できない。

 四撃目。うまくフリーの方から死角に隠れられたが、また首は落ちなかった。完全ではないが、耐性が高い。一体目が二発で首が落とせたのは、運が良い方だったのだと思い知らされた。

 コチョウが狙った方の恐竜も身を捩り、コチョウを目の前に捉えようとする。その死角に回り込めば、もう一体から丸見えになるように。分かってはいたが、コチョウもそいつの死角から外れる訳にはいかなかった。

 五発目。漸くコチョウの目の前の奴の首が落ちた。テレポートで飛ぶ。その瞬間、左足に鋭い痛みが走った。最後の一体の牙が掠ったのだ。血は舞ったが、致命傷にはなり得ない。コチョウのテレポートは、間一髪、間に合った。

 だが、残った一体は、援護のない状態で、死角を潰す方法も知っていた。壁に寄り添うように立ち、首の後ろにコチョウが飛ぼうものなら、巨体と壁で挟んで潰そうという構えを見せた。

 加えて、コチョウは左の太ももから脛に掛け、長い裂傷ができていた。僅かに掠っただけでも、フェアリーの小さすぎる身体には大きな傷になるのだ。雨垂れのように血の雫が床に落ちていく。左足はズキズキと痛み、動かなかった。リジェネレーション能力があるとはいえ、自然に治るのには時間が掛かるだろう。

 集中力が切れた。魔力は残っているが、テレポートを唱えるには、痛みが酷すぎた。逃げようにも、通路はいつの間にか恐竜の向こうだ。後ろは壁。そもそも相手は最後の一体。これに勝てないようでは、地下九層の探索など、夢のまた夢だ。

 ヒールを唱える暇は、くれそうもなかった。最後の一体の恐竜は、仲間の死骸を踏み越えて、壁沿いに距離を詰めてくる。その目を見ないようにしながら、コチョウは地面を舐めるように、低く飛んだ。恐竜の前肢の薙ぎ払いをすり抜けて、垂直に上昇する。首筋に向かって。恐竜が首を捻るが、コチョウはそれもすり抜けた。

 恐竜が首を左右に大きく振る。首に纏わりつかせないようにするためだ。だがその行動は恐竜自身にコチョウを見失わせるだけの行動だった。コチョウは恐竜の頭の上に乗り、後頭部を狙った。首を狙いたかったが、届かなかった。

 恐竜は激しく体をばたつかせ、コチョウを振り落とそうとする。がっちりと縋りついたコチョウは落ちなかったが、激しく揺さぶられ、傷口から血が飛び散った。気が遠くなる。しかし、これがコチョウにとっても最後のチャンスと言えた。隙を見ては恐竜の後頭部を何度も打った。手刀でなく、拳で殴りつけた。あまりにも大きな体格差から、傍目から見ればどこか遊んでいるように見えたかもしれない。当然のように当人たちにしてみれば生死がかかっている真剣勝負だ。双方必死だった。

 コチョウにとって悪いのは、恐竜が極めてタフで、激しく暴れる恐竜から振り落とされないようにする為には、コチョウが全身で組み付かなければならないということだった。いつしか恐竜の頭部はコチョウの血で濡れ、握力が徐々に落ちていくコチョウに、猶更捕まっていることを困難にさせた。何度拳を打ち付けても恐竜は止まらない。最終手段とばかりに、脳天を前に突き出す姿勢で、恐竜が壁に向かって走り出した。頭突きで潰そうというのだ。コチョウはその間に何度か恐竜の後頭部を打った。

 恐竜の足が止まる。壁まであと少しというところで、大きくぐらつき、前肢で空を掴むように藻掻いた。大きく体が左右に揺れた。コチョウも捕まっていることができなくなり、空中に放り出される。恐竜の体は大きくよろけて、横倒しに斃れた。だが、その寸前。

 コチョウは、恐竜と目が合った。


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