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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三二話 弱者

 ソウル・イーターは、召喚した術者を攻撃することはできない。コチョウは自身が召喚したソウル・イーターに、防御だけでいい、と言い含めておいた。

 ピリネとキリヒメを自分の手で復活させられる羽目になり、相応に不愉快な思いではあったが、そうでなければスズネの剣技もエノハの陰陽道とやらも見ることができないのだから、我慢はできた。スズネがコチョウに手傷を負わせるほどの鋭さを見せたのは、肩を切りつけたあの一瞬だけのことで、その後はまったく精彩を欠いた。コチョウが受けた傷は、リジェネレーション能力で、既に塞がっていた。

 そして、結論から言って、ソウル・イーターを護衛につけてもなお、ピリネ、スズネ、エノハは弱かった。表層階くらいのモンスターであれば勝てるだろうと考えれば、有象無象の冒険者共よりはマシと言えなくもないが、裏を返せばその程度でしかなかった。あからさまに、コチョウが強すぎた。

 そんな中、キリヒメだけは比較的柔軟に、うまくソウル・イーターを盾にする老獪さを見せたが、ゴーレムの戦闘技術を見てもコチョウにはまったく得るものはない。ある意味、一番どうでも良いのが一番マシという、コチョウにとって、まったく面白くない冗談のような結果だった。戦闘中一言も発しなかったあたり、やはり発声機能はないのかもしれない。

「口答えしないのはいいな。主人認識を書き換えるか」

 無様に床を舐めているピリネ、スズネ、エノハの三人を尻目に、膝をついて立てなくなっているキリヒメの前に飛んで行った。

「ん? 主人登録されてないな。どうやって言うこと聞かせてるんだか」

 コチョウは首を捻った。通常ゴーレムに意志はない。主人登録なしで特定の者達と協力することは不可解だった。

 珍しい。アーケインスケープに送れば喜んで魔術師連中が喜んで解析することだろう。だが、連中に使えるものを送って喜ばせてやるのも面白くはない。

「登録キーワードが設定されてないぞ。何で動くんだこの欠陥品。面白いな、お前」

 後付けで主人登録用の汎用魔術が有効かを試してみるか。コチョウはそう決めて、呪文を唱えた。コントロール・アーティファクトは最上級の呪文で、負荷が高い。唱えてみたが、今のコチョウではまだ、制御に集中が必要なようだった。

「拒否シマス」

 声が響いた。不意を突かれた形になり、コチョウの集中が途切れ、呪文は失敗した。

「は? 喋れたのかお前」

「私ハ誰ノ物デモアリマセン。私ハ私ノ物」

 人間のような外見のゴーレムは、自我意識があることを、簡潔に表現した。コチョウは、肩を竦め、

「そりゃ失礼。まさか欠陥品じゃなくて失敗作だとは思わなかった。こいつ暴走してるな」

 匙を投げた。それなら話は別だ。こんな危ないゴーレムは傍に置いておきたくない。

「さて、と。ま、それはおいといて、だ。全くがっかりだな」

 コチョウはゴーレムのキリヒメに興味を失い、スズネやエノハに視線を移した。問題は殺すかだ。コチョウは迷った。このままでは一生こいつらの持っている技術を知ることができる望みが薄いのは確かだが、殺してしまえばその可能性はゼロになる。生かしておいた方が僅かにでもマシだと考えることもできた。

「そもそも、ゴーファスを倒したいのも、ピリネの私怨なんだよな?」

 コチョウが問いかけるも、ピリネは答えない。ピリネは未だ許しがたいものを見る目で睨みつけているものの、彼我の実力差もまた埋めがたく、地に臥し羽搏くこともできないヴァンピリック・ピクシーの怒りは、まさに負け惜しみに等しかった。

「もう一回、異界に行っとくか?」

 力がない者の怒りなど少しも怖くはない。涼しい顔でコチョウはピリネに無邪気とも言える冷酷な笑顔を向けた。瞬時に、もともと青ざめているピリネの顔が、ますます青くなった。余程酷い思いをしたに違いない。異界は、それはそれは地獄のような場所だと言われている。コチョウは、自分で体験する気には、さらさらなれないが、無理もなかろうと感じた。

「嫌なら答えろ」

 必要なら何度でも魂を異界送りにしてやるだけだ。コチョウの言葉は脅しでもブラフでもなくただの事実だった。コチョウに躊躇いはないと理解できているからこそ、ピリネは力の入らない首で、顔を床に擦りつけるように首を激しく横に振った。

「や、やめてください。わ、私が、生意気でした。ごめんなさい。ごめんなさい」

 すっかり怯えている。視線から棘が抜け落ち、哀れに慈悲を乞うだけの表情になった。

「役にも立たん謝罪などいらんわ。口が利けるうちに質問に答えろ」

 その顔を踏みつけたいくらい苛々したが、コチョウがそれをすれば、ピリネに止めが刺さりかねない。コチョウは苦虫を噛みつぶしたような表情をしただけで、自重した。

「あなたには理解もできないでしょうけど」

 当てつけのように前置きしてから、ピリネは答えた。情けない顔のまま悪態をついても、実際には、負け犬の遠吠えに等しかった。

「吸血鬼になって良かったことなど一つもありません。何を食べてもおいしくなく、水はまるで毒のようで、血以外の物が飲めません。お日様の下ではまるで全身火だるまのよう。世界は冷たくて、憎らしく見えそうで。とても、辛い日々なのです。そんな犠牲者は私だけでもう沢山です。私のような目に遭うひとがこれ以上出ないようにしたかったのです」

 言葉は切実ではあるものの、声や口調には感情が乗っていない。コチョウに言っても同情すら得られないことを、既に諦めている虚しさが感じられた。

「ああ、そういうことか。確かに、自分が吸血鬼化すると考えるとぞっとするな」

 しかし、コチョウはピリネの考え方を、笑いはしなかった。

「だからと言って他人の為に身の危険を顧みないかといえば、まあ、別問題だが」

 と、断っておくのもコチョウらしい反応ではあった。とはいえ、ピリネの言葉に一定の理解を示したことは、彼女にとって意外だったようだ。呆気にとられたような顔で、コチョウを見上げた。

「私はこいつより強くて、こいつが私の血を吸いに来ようとするなら返り討ちにできる」

 だから放置しているだけだ。コチョウにとって脅威であるならば、全力で排除している。

「要するに、それだけだ」

 コチョウも、他人から自分がどう見えているかは自覚があったから、ピリネの驚いた顔に、特に何の不都合も感じなかった。ただ、淡々と、告げた。

「脅威であれば、ヴァンピリック・ピクシーなんぞもファーストコンタクトで滅ぼしてる」

「あ」

 放置されているという点であれば、自分も同じ身なのだとピリネも漸く気付いたようだった。一回、魂を異界送りにはしたものの、それすら、言い方を変えれば、復活の手段をわざわざ残したとも言える。

「で、だ。ゴーファス、お前にも聞きたいことがある。迷宮から出たことはあるのか?」

 コチョウは話題の振り先をゴーファスに変えた。ダークエルフの吸血鬼は、右腕だけを竦めて、壁に背中を預けたまま、

「何故わざわざ危険に飛び込むのだ」

 それだけ答えた。

 街には、ろくでなしの集まりとはいえ、軍隊もいる。一人一人はたいした実力でなくとも、都市国家の規模だ。戦力はそれなりの頭数に上る。さしものヴァンパイアとはいえ、単独で相手をするには、危険が大きすぎた。

「だろうな。どう考えてもこいつよりお前の方が危ないんだよ、ピリネ。自覚はあったか」

 歯に衣を着せないコチョウの言葉は、氷の刃のようだ。ピリネの心を引き裂かった訳でもなく、ただ純粋に事実を突きつけているだけだから、余計に質が悪かった。

「お前には正義感がある。自分が折れないことで精一杯で、一番大事なことを忘れた訳だ」

 どうでも良いことだが。

「お前も吸血鬼でしかない」

 犠牲者が増えないことを望むのであれば、ダークハートの深淵から出ていないゴーファスを倒すことに心血を注ぐよりも、まず、自分の身の振り方に覚悟を決めて然るべきだった。それが決められないのであれば、ゴーファスを倒すという決意は、ただの自己満足でしかない。

「お前のは詭弁だ。本心は私怨だ。だが何処が悪い。お前の境遇を恨まない奴は馬鹿だ」

 コチョウが見せた一定の配慮。境遇に関しては、物心ついてからずっと、ひとに言わせればコチョウも不幸だった。自覚もある。だから分かることもあった。同情はしないが、共感はできた。

 それから、コチョウは苦笑いをして、スズネとエノハを見た。二人はじっとピリネを見ていたが、コチョウの視線にすぐに勘付いて、見返してきた。

「お前等が全員弱いのは建前を捏ね繰り回して遊んでるだけだからだ。いい加減にしろ」

 コチョウは、ため息をつき、吐き捨てた。

「帰れ。じゃなければここに残れ。建前も忘れるくらい何度でも、私が叩きのめしてやる」


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