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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三一話 悪癖

 コチョウは他人に説教ができるような人格者ではない。当然のことと自覚もあり、そもそも他人にそこまで思入れを持ちたいと思ったことがないから、自分が腹を立てていること自体が我慢がならなかった。

 蹴り飛ばしたスズネに追いつき、腹に拳をめり込ませる。スズネの体は、重力を無視したように、浮いた。

「死ぬなら!」

 浮き上がるスズネをなおも追い、鳩尾に一発。

「ひとりで!」

 壁にめり込むかという程の強さで叩きつけられたスズネの顔面の再度蹴りを一撃。

「勝手に死んでこい!」

 ずるずると床に崩れるスズネの髪をむんずと掴み、

「私がどの面下げて言うのかってことは置いといても、だ。お前エノハはどうするんだ」

 吐き捨てるように言い、スズネの顔を無理矢理エノハの方を向かせる。

「私は構わんが。それを聞いた仲間はどう思うか考えてみたか。いいご身分じゃないか」

 道理を説くなどコチョウの柄ではない。だが、スズネが自分の世界に浸っている様子には心底腹が立った。だったらパーティーなど組むな、そう思わずにはいられなかった。

 エノハもスズネを見た。スズネの行動は、仲間を見捨てて勝手に死ぬ選択だ。周りは堪ったものではない筈だ。

 コチョウはスズネの髪を掴んだまま、ずるずると引きずった。フェアリーが人間を引きずる絵面はある意味地獄的で、まるで喜劇でもあった。コチョウはスズネを、エノハの前まで引きずった。

「縄を解け。お前ひとりじゃ話にならん。二人同時に相手してやる。お前が戦わないなら」

 そう言って、手を離す。コチョウがスズネを殺すのは容易い。だが、それでは何の意味もなかった。

「エノハが死ぬ。それでも良ければお前は抵抗しなくていい。縄を解かなくても殺す」

 腕を組んでスズネを見下ろすコチョウに、スズネは息を飲んでから、傷だらけの体を苦しそうに起こした。エノハの縄を解くスズネの動作は緩慢で、呻きも上がっていた。

「遅い」

 コチョウは短気だ。とはいえ、もともと痛めつけすぎたことが原因ではある。舌打ちをして、ヒールの呪文をスズネに向かって唱えた。

「早くしろ、役立たず」

 ただでさえ気分が悪いというのに、待たされるのは勘弁ならない。いちいち回復してやるのも癪だったが、のろのろとされるのよりはマシだった。苛々しているコチョウに対し、答える声があった。もっとも、その声は、スズネのものではなかった。

「わたしのハルツゲを……」

 幼い声とは思えぬ程低く、呪うような僅かな声が、エノハの口から漏れた。

「ハルツゲを千切ったおまえに、ひとの気持ちなんてわかりっこないだろっ」

 それはそうだ。まったく正常な反応だ。自分でもそう思う、とコチョウは頷いた。

「まったくだ。その通りだよ。お前は良く分かってる。私に言われるようじゃ相当だぞ」

 エノハの涙はもう乾いている。だが、コチョウに対する恨みと憎しみは消えないだろう。皮肉なことに、それこそがコチョウが望んでいる反応だった。

「その威勢で是非とも実力の方も見せてくれ。捕まえた時みたいな温い醜態は繰り返すな」

 コチョウは、スズネがエノハの縄を解くのをぼんやり待っているのも手持無沙汰で、床に散らばった式札を拾い集め始めた。

「さわるなっ」

 エノハには完全に嫌われたらしい。怒号が飛んできたが、コチョウは無視した。

 鶯の札以外は問題なさそうだ。式札が全滅していては意味がない。エノハが使役するモンスター達の立ち回りが見られなくなってしまう。

 力に固執するあまり、知らない種類の技術や武具が存在していることが我慢できないというのは悪い癖だと、コチョウ自身、認めていた。書物などで調べられるものであれば、実際に目で見て確かめるまでには至らないが、そうでないものには、実際に使われている場面を自分で見ないと納得いかないのだ。発動方法や、正しい動作などは経験を奪えば早いが、それは使いこなせるという話とはまた別だった。どのように実際に使用されているのか、その情報は、奪った知識と経験だけでは、分からない。

 コチョウが鶯の札以外の式札をすべて拾い上げた瞬間、けたたましい足音を立てて、エノハが走ってきた。漸く縄がほどけたらしく、まるでバーサーカーのような憤怒の形相で、コチョウの手元にある式札を、奪い返しに来た。だが。

 勢いが良すぎたのが災いした。無意識的に反応したコチョウが、そのつもりはなかったのに、蹴り返してしまったのだ。

「ぅあっ」

 短い悲鳴を上げ、エノハは球のごとく転がって行き、壁に激突して倒れた。

「かえ……かえ……せっ」

 その一撃だけですぐに起き上がれない状態になったエノハだが、コチョウを睨みつける目に諦めはなかった。

「っと、すまん。事故だ、許せ」

 コチョウは蹴り返したことを詫び、俯せて倒れているエノハの前まで飛んでいくと、式札をすべて差し出した。もとより、返すつもりで集めたものだ。ついでに、ヒールも掛けておく。見た目通り、エノハは体力に不安があるようだった。

「え……あ……っ」

 立ち上がれるようになると、エノハは奪い取るように式札を受け取った。

「破れるぞ」

 コチョウが警告しても、睨み返すだけで、すぐに走って距離をとった。途中、二つに破けた鶯の札も拾い上げていった。その傍らに、スズネも立った。剣は、抜いている。二人ともやる気だ。

「よし。かかって来い」

 コチョウは腕を組んだまま、二人を悠然と見据える。ゴーファスは相変わらず無言で、壁に寄りかかって立っていた。

 最初に動いたのはエノハだった。式札ではなく、術を使って、コチョウをその場に縛り付けようとしているようだった。魔術とはかなり違うが、呪術の一種のようだった。

 一瞬遅れて、コチョウを自由にさせないように考えたのか、スズネが距離を詰めてきた。地面を擦るような、あまり見ない足の運びをしているが、速い――のだが。

 まず、剣先を潜り抜けたコチョウが無造作に蹴り、スズネが壁に激突するまですっ飛んで行った。そして、エノハも、術が完成しないうちに、時間を稼いでくれる者がいなくなり、コチョウに蹴り飛ばされて壁に転がっていった。

「うーん。こりゃ話にならんな」

 スズネは立ったが、コチョウの足元に剣が放り出されている。エノハは立つことすらできなかった。

 仕方がない。コチョウは一対二では勝負にすらならないと諦め、部屋の隅に転がっている、ゴーレムのコアを拾い上げた。そして、キリヒメの所に行き、胴体の元の場所にセットする。がっちりと収まり、転がり落ちてこないのを確認すると、コチョウは呪文を唱えた。破壊された物品を復元する高等呪文、レストアの呪文は効果をすぐにあらわし、キリヒメは、コチョウが捕える前よりも、むしろ綺麗になった程だった。鎖を解き、コチョウはキリヒメも解放した。

「動けるな。よし。お前も戦え。一対三なら、もう少しましな戦いになるだろう」

 コチョウが告げると、キリヒメはスズネとエノハに駆け寄って行った。やはり無言だ。ひょっとしたら、発声機能がないのかもしれなかった。しかし、驚いたことに、無詠唱で呪文効果を発動できるらしいことも見て取れた。キリヒメは両腕からヒールを放ち、スズネとエノハを癒したのだった。

「珍しいゴーレムだ」

 おそらくマジックデバイスが埋め込まれているのだろうと、コチョウは推測した。とはいえ。

 一対三でも、結局、全く相手にならなかった。三〇秒と経たず、コチョウに良いように蹴り飛ばされたスズネ、エノハ、キリヒメの三人は、這いつくばるように、立てなくなった。

「本当に弱いな、お前等」

 ため息が出る。コチョウはげんなりしてきた。未だ、コチョウは腕を組んだままなのだ。かなりハンデを付けているつもりなのだが、まったくと言っていい程、話にならなかった。

 困り果て、コチョウはさらにハンデを与えることにした。異界のデーモンを呼び出す呪文、ソウル・イーターを唱え直し、現れたデーモンに、命令を下す。

「おい、さっき持ってった魂を返せ」

 つまり、ピリネを復帰させろ、ということだ。ソウル・イーターは命令に背くことはできない。ピリネの汚れた紫色の人魂は現世に戻り、何処からか塵が集まってきてできたピクシーの姿の中に消えていった。

 復活したピリネは憎々しげにコチョウを睨んだ。余程異界は酷いところだったのか、うっすらと闇夜の色のオーラが漂っていた。

 その視線を気にせず、コチョウは告げた。

「ソウル・イーター。お前もあっちだ」


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