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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三〇話 非道

 コチョウはスズネの前に移動し、

「協力者が他にいるなら、私であればお前等みたいな半端者に頼ったりしない」

 特に理由もなく、頬を蹴りつけた。本気ではなく、即死の力も発現しなかった。力が増すのと同時に、力の発動を意志の力でコントロールすることもまた、容易になってきている。

「だいたい、ヴァンピリックの癖にあいつが弱すぎる。軟弱な精神でもしてるんだろ」

 吸血鬼というものは、元来闇夜の存在だ。生者を憎み、絶えず血に飢えている存在だ。間違いなくその根底は邪悪なもので、吸血鬼としてのポテンシャルを活かせば活かす程、その穢れた肉体に魂が染め上げられるものだ。つまりは、そういうことなのだ。

「とっくに血も凍って流れない体の癖に、まだ闇に抗おうと無駄な努力なんかするからだ」

 ぐったりとしているピクシーに視線を移し、コチョウは嘲笑う。だいたい、ヴァンピリックであれば、あの程度の損傷は、既に回復していなければおかしいのだ。

「本格的な吸血鬼に成り果てることを恐れているってとこか。自分で力を制限してやがる」

 もともと善人なのだろう。だからこそ、邪悪に堕ちることができないのだ。コチョウはそれを下らないとは思わなかったが、感心もしなかった。ただ、何処まで苦しめれば全力のヴァンピリックを見られるのかには興味があった。

「おい、お前の依頼を受けてくれたお人好し共が死にかけてるが良いのか?」

 今度はピリネの前に移動し、コチョウは見上げるようにその顔を覗き込んだ。ピリネは顔を逸らし、答えない。コチョウは顔を掴み、膝を一発叩き込んだ。遠慮はしない。どうせヴァンピリックには即死の力は効果がない。

「お前のせいでひとが死ぬかもってのに、随分呑気じゃないか。まあ、殺すのは私だがな」

 それから、ふと、さっきの手をもう一度使ってみるか、という考えが浮かぶ。少し離れた場所に散らばった式札の中から、鶯の札をもう一度拾い上げに行き、コチョウはそれをピリネの目の前でぶら下げてみせた。

「あっちのエルフの命と同じくらい大切なものらしいな。私に言わせりゃ、紙きれだが」

 ピクシーといえど、ヴァンピリックの力は強い。ピリネを拘束した縄など、簡単に引きちぎれるはずだ。そうすれば、手が届く。

「三秒後に破り捨てる。ヴァンピリック。お前が本気を出せば、取り返してやれるぞ?」

 やや離れた場所で、エノハが泣きじゃくったままの顔を、ピリネに向けるのが分かった。懇願するような、切羽詰まったような視線が、ピリネに突き刺さっていた。

「三」

 コチョウはカウントを始める。ピリネは動かない。エノハがもがいている。スズネの、

「お慈悲を」

 という声も聞こえてきた。

「二」

 だが、コチョウの良心が痛むことはない。もとから良心は薄かったが、ローブの呪いでその僅かな良心も失われている。コチョウはただ無慈悲にカウントを刻んだ。

「一」

 結局、ピリネは、動かなかった。コチョウは落胆と共に告げる。

「零だ」

 下らない。コチョウはピリネから興味が急速に消え失せるのを感じた。こいつは吸血鬼になれない出来損ないだ。どの程度の能力を持っていようと、これではまったく意味がない。

 コチョウは落胆のため息をつき、容赦なく式札を両手で引き裂いた。もうこの手も飽きた。エノハの絶叫が聞こえたが、コチョウは煩い、以外、何とも思わなかった。

 真っ二つになった紙を投げ捨て、鬱陶しいだけのヴァンピリック・ピクシーに、コチョウは止めを刺すことにした。吸血鬼を滅ぼすには、聖なる力をもって止めを刺すのが一般的だが、そうしなければ滅ぼせない訳でもない。吸血鬼にも魂はある。死せる穢れた魂が。それを滅ぼせれば、方法は何でも良いのだ。

 幸いなことに、アーケインスケープのメイジ達から奪った知識の中に、その為の呪文は幾つかあった。コチョウは、異界の悪魔を呼び出す為の呪文、ソウル・イーターなる呪文を唱えた。その詠唱が完了する瞬間、

「地獄に落ちなさい」

 ピリネはそれだけを告げた。異界の悪魔に、コチョウはピリネの魂を異界に持ち去るよう、淡々と命じる。ピリネはすぐに灰になって崩れ去り、その灰も燃え上がるように消滅していった。容赦のないコチョウを、離れた場所で、ゴーファスだけが頼もしげに眺めていた。

「さて、お前達の冒険は失敗した。雇い主は滅びた。だがお前達には少しだけ興味がある」

 コチョウはまだ生きている二人に、淡々と話す。

「まず、スズネ、だったか。お前の武器は何処で手に入れた?」

「貴女に答える口は、もうありません」

 数々の非道を咎める目で、スズネはコチョウを睨んだ。だが、正直に言って、迫力はない。生来おっとりした性格なのかもしれない。そんな性格が、顔つきに出ていた。

「そうか」

 コチョウは平然と答え、スズネが腰に帯びた剣を掴み、鞘から引き抜く。刃は美しいが、魔法の類は掛かっていないようだった。コチョウが持ちやすいサイズに縮んだりはしなかった。刃渡りだけでも、コチョウの身長の倍はある。流石に大きすぎてコチョウが振り回すのには適していなかった。

「すごい刃だな」

 切れ味が気になる。スズネ本人の技量が低く、コチョウが捕えた時は満足に振らせることもなかった為、実際にどれ程切れるのかは、まだ見ていなかった。

「よっと」

 床に散らばった式札の上に、刃を当ててみる。当てただけで切れるという程のものでもないようだった。十分に鋭そうに見えるが、扱いは難しそうだ。実際に使っているところを見るしかないらしいと、コチョウは自分で切れ味を試すことを諦めた。

 剣を一旦放り出し、スズネの戒めを解く。

「私に勝てたら解放してやる」

 とだけ告げ、手振りで曲剣を拾えと促した。身をもって切れ味を試すつもりにはならなかったから、コチョウ自身はキリヒメの腕を引っこ抜いてぶら下げた。斬らせるターゲットには、それが丁度よかった。

「……いや、前言撤回だ。不可能な条件は条件とは言わないな。私が満足できたらでいい」

 大きな譲歩だ。もっとも、今更感はぬぐえないのだろうが。

 だが、拘束を解かれたスズネは自分の刀を納め、床に散らばった式札をひとつひとつ拾い上げ始めた。襲うなら襲えばいい、殺すなら殺せばいいという、無言の反抗だった。

 戦っても勝てないことは分かっているようで、実力行使への抵抗の意志は見せない。ただ、真っ先に真っ二つになった鶯の札を拾い上げたあたり、相当の怒りが胸中に渦巻いていることは間違いなかった。

「馬鹿が」

 コチョウは抱えたキリヒメの腕を投げ捨て、スズネの無防備な背中を強かに蹴り飛ばした。コチョウの一撃は、スズネを軽々と跳ね飛ばし、彼女の手の中から、無情にも手放された式札が散った。

「鬱陶しい奴等め。お前達は私をおちょくってるのか。ふざけるのも大概にしやがれよ」

 コチョウは吐き捨ててから、

「お前、こんなとこまで何しに来たんだよ」

 倒れたスズネをさらに蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。ダークハートの深淵が危険な場所で、ほんの些細な不運で誰かが命を落とすことになることの覚悟もなく挑む場所ではないことは分かり切っている筈だ。無残に仲間が一人殺されたからといって、死んでもいいなどという考えに振り切るのは、軟弱に過ぎるとしか言い様がなかった。

「お前等が依頼を受けたのは、あいつの不幸だ。私がやらなくても、こりゃ滅んでたな」

「……」

 スズネが、ゆらりと立ち上がる。まだ剣は抜かなかった。それでも、コチョウを睨みつける目に、ほんの僅かな戦意が宿った。

「お前みたいな役立たずが、何のつもりで依頼受けたんだか。成功させる気あったのか」

 コチョウは鼻で笑い。

 もう一度、スズネの顔面を蹴り飛ばしに距離を詰めた。一瞬の交差ののち。

 コチョウは、自分の右肩から血が流れていることに気付いた。

「ほう。こんなもんか。痛いな」

 裂傷ができていた。かなりの出血に見えるが、傷は深くない。コチョウは振り向き、

「やる気になるのが遅すぎる」

 さらに挑発的にからかった。

 スズネは漸く剣を抜いていた。その気になりさえすれば、コチョウに手傷を負わせるくらいには、実力はあるようだった。当然だ。本来、そのくらいでなければダークハートの深淵では、生き残れない。

「やはり、深手は負わせられませんか。私の限界は、この程度です。もう、満足でしょう」

 ゆっくりと、スズネは告げ、剣を納める。

「降参します。どうか、せめて一思いに、殺してください」

 その言葉を聞き、コチョウは再び距離を詰めた。

「阿呆」

 と、力いっぱい、もう一度蹴り飛ばした。


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