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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第三話 面倒

 それからも、コチョウは何食わぬ顔で、アンバー・エール・インに泊まり続けた。ツケはファイアドレイク討伐の報酬を受け取った際に既に清算済みで、宿泊費用も前金で支払ってある。むしろ、引き払う理由がなかった。

 襲撃者達にも一応プライドの欠片くらいはあるのか、コチョウが五人一組の冒険者パーティーを返り討ちにしたことは、噂になっていないようだった。コチョウにとっては好都合だ。彼女は他の冒険者達が会得している経験を奪う為、その後も無警戒な振りをしてフラットグレー平原に出た。多数の冒険者がアイアンリバーに集まっているということは、碌でもない考えを持つような山賊紛いの連中も一定数いるということだ。コチョウの思惑通り、襲撃者はあとを絶たなかった。しかし、そうやって襲ってくる連中は、中途半端な実力の者達ばかりで、あまり有用な経験が奪えないということにコチョウが気付くまでに長くはかからなかった。

 それでも彼女が生来持ちえなかった魔法の知識が奪えたことだけは悪くなかった。世の中には多種多様な呪文が存在するもので、魔術師や神官に関しては、似たような実力だとしても知っている呪文が異なり、それらを広く奪えたことで、コチョウの初級の魔法知識は、熟練の魔術師や神官にも引けを取らないものになっていった。もっとも、一〇日もすれば、それも頭打ちになったのだが。

 モンスターがもつ経験を奪うことも、コチョウは精力的に続けた。強さの面においては、半端な冒険者を相手するよりも、モンスターから奪った方が力となりやすく、効率は良かった。強さを奪取していくにつれ、コチョウは本人の能力として生来持っていた超能力も自然に強化され、最初は小さな傷をつけるのが精一杯だった彼女の念力は、いまや下級のモンスターであれば纏めて引き裂くほどにまでになっていた。ファイアブレスや魔術の知識も得た彼女には、数だけ多いだけの雑魚を蹴散らす手段は、事欠かなかった。

 そろそろ噂が広まってもよさそうなものだが、彼女を襲撃しているパーティーがことごとく返り討ちにされているという噂はなかなか他の冒険者達には広まらず、相変わらず襲撃者はあとを絶たない。パーティーによっては、懲りずに何度も襲ってくる始末だった。相手をするのが面倒になりつつあったが、襲撃者を見逃すことも、また、しなかった。

 ただ、困ったことが、ないでもなかった。冒険者達には、ろくでなしが多いのは前述の通りだが、純粋に自分達の力を試し、力のない他人の為に力を振るうことを夢見てやってくるお人好し達、コチョウに言わせれば自分で虚実の区別も付けられない馬鹿共、も一定数いるということだった。

 それは、例の如くろくでなし共の襲撃をコチョウが受けた時に、突如として嵐のように訪れた。

「貴様等、何をしている!」

 突如として乱入してきたのは、高そうなプレートメイルを纏った、若い男だった。少年とまではいかないが、大人にはなり切っていない微妙な年代。煌びやかに光る銀の鎧には、青いラインの模様が入っている。盾は持っておらず、赤い宝石が嵌ったグレート・ソードを携えていた。

 襲撃者達は答えなかった。否、答える暇がなかった。まさしく問答無用。何をしている、と声を掛けながら、若者は、答えも待たずに一歩的に襲撃者達を蹴散らしてしまった。

 こいつ、絶対面倒臭い奴だ――

 コチョウは明らかにそう認識した。不意打ちで片付けてしまおうか、とも考えたが、どう見ても手練れで、その隙を見つけることはできなかった。

「大丈夫かい? 可哀想に。身包みはがれたのか。何と卑劣な」

 何を勘違いしたのか、若者がしまった、という顔をする。それも無理はない。若者は襲撃者達を絶命させた為、もしコチョウの装備を連中が持っていたとしたら、一緒に街へ送り返してしまったことになるからだった。勿論事実は、連中がコチョウの装備を持っていることはないのだが。

 私は最初からこうだ。

 そう言い返しても良かったのだが、コチョウは、それも面倒くさそうで、黙っていた。自分で襲撃者を返り討ちにするのも面倒になってきていたところだったから、助かったのも事実だ。

「助かった。お礼でも渡した方が良いのか?」

 襲われたことは多々あれど、助けられたことなどこれまで一度もないコチョウには、そういう時にどう振舞うべきかなど知る筈もなかった。いたずらに敵を増やす趣味がある訳でもなく、その場限りでも友好的に接してくる相手には、面倒なく済ませておきたかった。

「いや、結構。身包み剥された子からのお礼は受け取れない」

 若者が断って来たので、コチョウは、

「そうか」

 とだけ答えてその場を去ろうとした。荒野の奥へ。しかし、若者に静止の言葉を掛けられ、既に状況がそれなりに面倒なことになっていることを、コチョウも認識した。

「街はそっちじゃない。その格好じゃ、モンスターに襲われたらひとたまりもない。町まで送るよ」

 普通に考えれば、当たり前の反応だった。もっともコチョウにはその当たり前の感覚がない。流石に纏わりつかれたくはなかった。

「私は前からこうだ。身包み剥がされてもいない。ひとの力は借りない。借りる必要もない」

 即座に断った。本気で必要は感じなかったのもあるが、何よりも関わり合いになりたくなかった。

「しかし、それじゃ。……最近、冒険者の死亡が相次いでいるのって、あの手の連中のせいじゃないのか?」

 若者の問いに、コチョウは心底うんざりした。正義の味方気取りで、相次ぐ冒険者の死の元凶を取り除こうとでも考えているような口振りと、その背景を全く理解していない無知ぶりに呆れるばかりだった。

「山盗紛いの馬鹿共が繰り返し死んでるだけだ。お前が気にするような事件じゃない」

 コチョウは答えるのも面倒になってきていたが、正確に答えた方が早いと判断した。この手の奴は、納得できるまで引き下がらないものらしいことは、なんとなく知っていた。

「急増してるのは、私が襲ってきてる連中を返り討ちにしてるからだろう。私はパーティーを組まない。ファイアドレイクを討伐した報酬で懐も潤ってる。連中からすれば、一見美味しい獲物に見えるんだろ。相手の実力も理解できない馬鹿共ってだけだ」

「ファイアドレイクを討伐した? 君が?」

 若者は、訝しげな声を上げ、それから、ようやく思い出したかのように、剣を背中に収めた。

「常宿を教えてくれ。確認すれば事実かは分かるだろう。出来れば名前も」

「宿はアンバー・エール・イン。名前はコチョウだ。聞いてみな。すぐ分かる筈だ」

 それで厄介払いできるなら安いものだ。只より高い物はないのかもしれないが。

「ありがとう。僕はカインだ。カイン・ハンカー。聞いてきてみよう。だが、そうなると、これ以上人死にを出すのは不毛だ。君も来てほしい。この状況を一緒に解決しよう」

 青年は名乗ったが、コチョウは覚える気にもならなかった。なにより、いちいち襲撃者の相手をするのは面倒だが、状況の改善をコチョウが望んでいるかと言えば、正直どっちでも良かった。むしろ、やはり面倒臭いとしか思えなかった。

「私は別にいい。やりたいなら一人で勝手にやってくれ。むしろお前に纏わりつかれる方が迷惑だ」

「しかし、それでは……君は繰り返しひとを殺すことに何も感じないのか? 楽しいことではないだろう?」

 カインは引き下がらない。本当にしつこい相手に、コチョウは苛立ちすら覚えた。

「私以外の命には二種類しかない。襲ってくる奴と、襲って来ない奴だ。襲ってくるなら殺すし、襲って来ないなら興味はない。お前はどっちだ? できれば今すぐ決めてくれ」

「……狂ってる」

 漸く、カインは目の前のフェアリーがまともではないことに、気付いたようだった。再び剣を抜き、

「君が罪のない者までもを殺す前に、僕は君を捕えなければならないようだ」

 そう宣言した。

 言い方まで面倒臭い。コチョウは鼻で笑った。

「回りくどい。つまり、敵だな?」

 もう一度、単刀直入に聞いた。それならば、殺す理由に十分なる。手練れであることは分かっている。冒険者から、ごろつきよりも、良質の経験が手にはいる機会は少ない。素手で殺そうと、決めた。

「そうなる」

 今度は、カインも単純な言葉で、頷いた。


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