第二九話 尋問
地下八層。
ゴーファスの案内があった為、コチョウはあっさり地下六層、地下七層を通り抜けた。その前に、少しだけ地下五層を探索する必要があったが、それもたいした手間にはならなかった。地下五層をわざわざ探索した理由は、ボロボロに痛めつけ、だが滅びない程度に留めておいたピリネを餌に、彼女の仲間とやらを捕らえる為だった。放置しておいて、面倒なことになってもつまらないだけだからだ。
地下八層の、最奥に近い小部屋の中に、コチョウはいた。邪教の迷宮と化した迷路に徘徊するモンスターは大半がゴーファスの手下で、彼がコチョウの軍門に下ったことで、アンデッド達はコチョウにも襲い掛からなくなった。中には言うことを聞かず襲い掛かってくる不届き者もいたが、もともとはゴーファスの配下に納まっている程度の連中だ。コチョウに敵う訳もなく、引き裂かれて滅んでいくだけだった。
小部屋に着いたコチョウは、適当に見つけた縄や鎖で、ピリネとその仲間達を繋いでおいた。ピリネの仲間はピリネを除いて三人。つまり四人パーティーだった。
黒髪と黒目をもつ、人間の女。
エルフとしてもかなり幼い、金髪碧眼の女。
どこで手に入れたのか、女性型のゴーレム。
その三人を捕らえることは、コチョウにはたいした手間ではなかった。ただ、妙な武器や技を使う奴等ばかりで面食らいはした。
人間の女は、細身の片刃の曲刀を使った。そして、魔術でも超能力でもない、神官の術にも似た妙な術を使うのが印象的だった。衣装も特徴的で、衣を帯で留める、何処かの民族衣装と思われる装束を纏っている。
エルフはさらに奇妙だ。本人にはまったくと言っていい程戦闘能力はなかったが、何やら怪しげな紙きれで様々なモンスターを呼び出しては術を使わせていた。とはいえ、もっぱらサポート主体のようで、直接モンスターをコチョウに嗾けてくることはなかった。
ゴーレムは、素手または内蔵されたブレードで斬りかかってくる、肉弾戦主体の個体のようだった。遠距離用の弾丸を射出する機能も持っていたようであったが、インターバルも長く、もっぱら支援用といった風だった。
と述べると、それなりに強そうにも感じられるかもしれないが、コチョウから言わせれば三人纏めても半人前だ。絡め手の術で連携さえ断ち切ってしまえば、あっさり各個撃破できる程度でしかなかった。
人間の女の名は、スズネ。エルフの子供がエノハ。ゴーレムはキリヒメと呼ばれていたようだ。コチョウはその名を頭の片隅にだけ留めておいた。
「こいつらがお前を狙う理由は、お前がピリネをヴァンピリックに変えたからか?」
「見るべきところが少なすぎてよく覚えていない」
ゴーファスは冷たく言い放った。彼から見ても、ピリネ達はまったく興味が湧かないようだった。
「しかし、ピクシーの血を啜るとは物好きな」
そこだけは、コチョウも呆れる。一〇人にエルフサイズの男がピクシーの血を啜ったと話せば、七、八人はまず、変態、と答えるだろう。吸血鬼など感性の捻くれた奴しかいないのは凡そ分かり切ったことだが、こいつは特大だ。
「そう言わないで頂けるか。あの時は、半死半生で、蝙蝠の姿をとるのがやっとだったのだよ。サイズ的に獲物として手頃だったのだ」
そういうことらしいが。真実はどうだか。心を読む気にもならないどうでも良い話で、コチョウは自分から振っておいて聞き流した。
「で、こいつらを捕えてどうするというのだ」
逆に、ゴーファスが尋ねる。利用価値もないと考えている目をしていた。
「こんな奴等でも、領地を荒らされたら鬱陶しいだろう? より困難な階層へ挑むためのベースだ。些細な問題でも許してはおけん」
コチョウは、ゴーファスよりさらに冷たい言葉で笑った。それに、こいつらだけで完結している問題ならそれ程の懸念でもないが、そうでなかった場合は、先に対策が必要だ。聞きだしておく必要はあった。
「という訳だ。きりきり喋って貰うぞ。私は気が短いからな」
壁の柱に繋いだ四人に視線を送り、コチョウは告げた。コチョウ自身、二回も捕えられた経験があるが、実際、自分が尋問する側に回ってみると、結構愉快だと感じた。
「といっても、ゴーレムは聞くだけ無駄か。暴れられても面倒だ。コアを抜いとくか」
まず手始めに、キリヒメと呼ばれていたゴーレムの腹部を素手で砕き、内部構造を露出させる。いちいちコアを探るより、外装を壊してしまった方が早い。こういう時に、自分の遠慮のなさと容赦のなさが楽だと、彼女は感じた。ゴーレムに痛覚はない。キリヒメの両腕は既に砕けており(やったのは当然コチョウだが)、暴れて抵抗したりもしなかった。
内部はほとんど空の容器に近い。宙づり状態に、シャフトで固定されたオーブのようなコアを見つけ、コチョウはそれをもぎ取って部屋の隅に放り投げて捨てた。キリヒメの目から光が失せる。その間、一度もキリヒメは声を上げなかった。
他の三人は、意識を失っている訳ではない。コチョウの残虐な行動に、皆、顔を逸らし、目をつぶって視ないようにしていた。エルフの子供、エノハから、すすり泣きが聞こえた。
キリヒメを停止させると、コチョウは次に、すすり泣くエノハの元に向かった。一番気が弱そうだ。脅すのに楽そうだと感じたのだった。
縛り付けたエノハの衣装の懐から、エノハがモンスターを召喚するのに使っていた紙片の束を摘まみだす。
「や、やめてっ。とらないでっ」
そう懇願されたが、知ったことではなかった。この連中は、どういう訳か、思考がひどく読みづらい。特殊な訓練でも受けているのか、読んでも頭の中が空っぽに近かった。その為、揺さぶりをかける必要があったのだが、早くも手応えがあった。
「シキガミ、ねえ」
珍しい技もあるものだ、と、コチョウは感心の声を上げた。そのような技に心当たりはない。このエルフを殺せば自分にもその技が使えるのかと、興味が湧いた。もっとも、それを試すのは最後だ。お楽しみとして、あとに取っておかなければならない。
「お前達、協力者はいるか?」
と、エルフの目の前で、奪い取った式札を一枚だけ残して他を床にばら撒くと、手元に残った一枚をひらひらさせて、コチョウは聞いた。鶯の札、らしい。飛べない人間やエルフにとって、俯瞰で付近の様子を知ることができるシキガミはそれなりに貴重のようだ。コチョウには必要のないものだが。
「知らない。おまえみたいなやつ嫌いだ」
と、エノハが言い返すのを聞いて。コチョウは、鶯の札をいつでも破ける状態に持った。
「やめてっ」
エノハが涙を散らしながら叫ぶ。どうやらこの娘にとって、最初に手に入れた式神らしい。札を破けば、式神との繋がりは断たれ、新たに同じ札を作成しても、同じ個体を使役できる可能性は極めて低いようだ。子供にはいい仕置きになる。コチョウからすれば、その程度の認識だった。
「正直に話せ。次は破く」
「か……返してっ、お願い、かえしてっ。それだけでいいから。それだけ、返してっ」
泣きじゃくるエルフは、コチョウの話を聞きもしない。半ば錯乱状態で、それどころではないのだろう。左隣にいる、奇妙な剣をもつ黒髪の女、スズネが、不意に声を上げた。
「何でもお話しますから、どうか、返してあげて、頂けませんか。その札は、その子の命のようなもの、なのです。もしお望みならば、私の身柄を、差し出しましょう。ですから、どうか、お慈悲を、くださいませ」
「半人前の戦士などいらんわ」
思わず、コチョウは声を荒げた。話を聞かず泣きじゃくるエルフの子供も、軽々しく他人の為に身を差し出すと口にするこの女も、すべて腹立たしかった。麗しき愛とやら、情とやら、か。コチョウが最も忌み嫌い、信じられないものだ。鶯の札を乱暴に投げ捨てた。
「そうか。ならこのエルフには用がないな。質問に答える口がないのなら死ね」
そんなことをすれば態度を硬化させるだけだと分かっていたが、コチョウは衝動を止めることはしなかった。エルフの少女、エノハの首筋に指をあて、身動きが取れず、抵抗もできないその首にあてた指に力を入れ……止めた。
「お前等、オーブを作っていないな」
何故かはコチョウにも分からなかったが、そのことを理解した。エノハの首から、指を離す。僅かに、少女の首筋から、血が流れた。
「お前等、馬鹿か無謀のどっちかだな」
呆れのため息が漏れた。愚かしいことこの上ない。
「そのつもりは、ありません。私達は、そちらのピリネ様から、ゴーファス討伐の手伝いの依頼を受け、やって来たのです」
スズネはゆっくりとした口調で語った。当のピリネは腰から下をもがれ、だらりと縄にぶら下がっていて、最早喋る力も残っていないが。ヴァンピリックでなければとっくに死んでいたところだ。
「お前達ではレイスにすら勝てんと思うが?」
協力者はいない。コチョウはそう結論付けた。真面目に問題として扱ったことが、馬鹿馬鹿しくなってきていた。