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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第二八話 不死

 地下五層の探索は難航した。

 モンスターのラインナップはがらりと変わり、アンデッドの群れが主流となった。それもスケルトンやゾンビなどといった低級なアンデッドではない。闇に紛れ、まさに神出鬼没でありながら中級呪文を出会い頭にぶっ放してくるシンプルかつ危険度が高い、霊体系のモンスター、レイスやゴーストデーモン、霧となって忍び寄り、中級や高等呪文を唱え、劣勢と見るや霧になって逃げ去るヴァンパイア等、厄介なモンスターばかりだ。さらにアンデッドには、既に死んでいるのだから当然だが、コチョウの即死の超能力が効かないのも、面倒この上なかった。さらに、経験や強さを奪い取る超能力は、コチョウ固有のものでもなく、多くの中級以上のアンデッドやデーモン等を中心に、ある種のモンスターも強さを奪って行くらしいことも分かっている。厄介この上ない話だが、逆に、連中がコチョウのドレイン能力に耐性がある訳でもないらしく、倒すことさえできれば、強さを奪うことが可能だということは発見だった。

「まったく」

 何度も逃げ出してはインターバルを置いて襲ってくるヴァンパイアに業を煮やしたコチョウは、遭遇が一〇度目を超えたところで、ついに逃げられないよう超能力で拘束するに至った。場所はまったく調度品も宝箱も何もない小部屋で、扉には呪文で鍵を掛けた為、邪魔が入ることもない。それまで繰り返し襲ってきた奴と外見の年齢から性別まで何もかも違う気がしたが、些細なことだ。

「たまには捕える方になってみるってのも面白いもんだな」

 強化されたテレキネシスの応用で、リストリクション能力を得ていることは、以前からコチョウも気付いていた。殺した方が早く、使う機会がなかった為、これまで使ってこなかったが、これはこれで便利なものかもしれない。意地悪く笑いながら、コチョウは部屋の中央で、棒立ちで動けなくなっている吸血鬼を眺めた。

 噂通り、肌の色は紫がかった青で、血の気がない。やや頬はこけており、髪の色や瞳の色はコチョウ自身とよく似ていた。これまでヴァンパイアと間違われなかったのは、肌の色が全く異なる為だろうか。

「にしても、だな……」

 反面、コチョウは困ってもいた。正直、苛立ち紛れに捕えたはいいが、とりたてて聞きだすこともない。

「ヴァンピリック・ピクシーとはまた」

 明らかに、さっきまで繰り返し襲ってきた奴ではないのは、一目でわかる。さっきまでの奴は普通の人間サイズの男だった。今捕えているのは、どう見ても、ピクシーの女だ。それも、コチョウもある意味ひとのことは言えないが、極めて外見は若い。

「あがががが」

 さっきからヴァンピリック・ピクシーの口から漏れているのはそんな声だけだった。既に半分滅びかけていた。リストリクション能力の拘束が強すぎるのだ。

「いや……いくら何でも弱すぎるだろ」

 馬鹿馬鹿しくなって、コチョウは能力を解いた。弱いものをいたぶって遊んでいては、時間がもったいない。

「あなた……ゴーファスの手先ですか……」

 床にぽとりと落ち、ヴァンピリック・ピクシーが途切れ途切れに言う。コチョウは首を傾げた。

「誰だそれ」

「地下五層から地下八層までを邪教の迷宮に作り替え、支配しているヴァンパイアです」

 顔を上げ、ヴァンピリック・ピクシーが答えた。どうやら、そのゴーファスとやらの友達、という訳ではないようだった。

「以前のこの辺りの階層のボスが、通過した冒険者達に倒されたことで、奴は最近台頭してきたのです。私はピリネ。奴に血を啜られ、吸血鬼化したピクシーです。私は奴を追っているのです」

「ほうほう、そうか。全く興味ない」

 コチョウは答え、扉の鍵を開ける。関わっている暇はない。そのまま立ち去るつもりだった。

「好きにやれ」

 扉を乱暴に開けるコチョウに、

「待ってください」

 ピリネと名乗った吸血鬼化したピクシーは縋りついてきた。思ったよりも力がある。コチョウはギリギリと締め上げるように腰に腕を回され、額を抑えた。かなりの力だが、流石にコチョウの規格外の硬さを上回る程ではなかった。

「恥ずかしい話ですが、その、仲間と逸れてしまって。一人ではこの階層のモンスターには勝てないので、探すのを、手伝ってくれませんか?」

 確かに、コチョウが簡単に拘束できたあたり、さっき襲ってきたヴァンパイアと比べたらひ弱と言っていい。しかし、だから何だというのだ。

「断る。勝手に滅びておけ」

 可哀想などと思う心はコチョウにはない。もともと妖精種族が嫌いだったことに加えて、フェリーチェルに散々調子を狂わされ、コチョウには苦手意識すら上乗せされている。これ以上ピクシーやフェアリーと知り合いたくはなかった。それでもピリネは離れず、コチョウが振りほどく為に無視して飛ぼうとするのにも、そのままの姿勢でついてきた。器用ではあるが、器用さの方向性が間違っている。

「ええい、鬱陶しい」

 コチョウはピリネの首根っこを片手で掴み、捻り上げた。ヴァンパイアとはいえピクシーだ。簡単にピリネの首は捻じれ、首の骨が外れる不快な音が通路に響いた。

「痛いじゃないですか。乱暴です」

 しかし、残念ながら、ピリネはヴァンピリックであり、つまり、アンデッドだった。それは、首の骨を外されても、死ぬことはないということを意味していた。

 それでも漸くコチョウの腰にへばりつくように回された両腕が外れる。ピリネはよりによって、自分で自分の首の骨を元の状態に捻って戻した。

「痛っっ」

 と言うだけで、やはり、滅びたりはしない。コチョウはため息混じりに、やっと離れたピリネを、無言で遠くへと蹴り飛ばした。

 そして、そのまま即座に反対方向に飛ぶ。背後から、絶叫に近い叫び声が聞こえてきた。

「助けっ! 助っ! ああっ! ぅああっ!」

 蹴り飛ばされて、壁に叩きつけられたただけにしては、大袈裟すぎる悲鳴だった。コチョウは思わず振り返り、コチョウにも繰り返し襲ってきていたヴァンパイアの方が、むんずとピリネを鷲掴みにしているのが見えた。漆黒の髪は長く、そこだけ見れば女性のようでもある。瞳は赤に近い紫。うっすらと切れ長の目は壮齢だが、同時に剣吞な冷酷さも感じさせた。

「素晴らしい」

 その目はコチョウを見ている。

「逸材だとは思っていたが、これ程腐り切った魂はそうない。貴様、是非手下に欲しいな」

 牙を見せて不気味に笑う。耳が僅かに尖っている。元はエルフのようだ。肌が浅黒いのはヴァンパイア化したせいというだけではないだろう。

「ダークエルフか」

 コチョウが呟くと、

「いかにも」

 と、そいつは頷いた。距離があったにも関わらず。耳が良いらしい。地獄耳という奴だ。だが、コチョウには嘲笑に近い苦笑しか浮かばなかった。

「随分大層な口を聞く。逃げ回った奴にしては」

 それさえなければ様になったのかもしれないが。今となっては強がりか開き直りにしか見えなかった。

「様子を見たかったのだ。非礼は詫びよう」

 そう言った瞬間、ヴァンパイアの姿がぼやけ、一瞬後にはコチョウの背後にいた。そして。

「くくく」

 さも愉快そうに笑った。

 反応できなかったのではない。コチョウは、わざと背後を取らせたのだ。それが分かったらしく、ヴァンパイアは言った。

「重ね重ね失礼した」

 指には、コチョウが後ろ手に投げ、予め出現地点に『置いておいた』チャクラムが挟まっている。ヴァンパイアは、受け止めたのではなく、受け止めさせられたことを認めた。つまりは、本気で戦えば、いつでも滅ぼせるのだというメッセージを。

「認めよう。貴女は私よりも強い。私も馬鹿ではないつもりだ。私はゴーファス。この地下五層から、地下八層までを領地として支配している。貴女が望むのであれば、領地を差し出し、仕えようではないか。いかがかな?」

 ゴーファスは名乗り、チャクラムを素直にコチョウに返した。コチョウが素手であっても勝ち目がない。そう判断したようだった。

「支配者ごっこには興味はないが、更に下層の探索の拠点を持っておくのは悪くないか」

 コチョウはそう判断した。何より、他の冒険者パーティーを襲わせて妨害させておけば、自分の探索の邪魔が入ることも少なくなる。

「勝手に仕えるなら止めはしない」

 コチョウはそう言って、ゴーファスの手の中で藻掻いている、ピリネの足を掴んだ。

「そういうことになった。私はお前の敵だ」

 そして、ぐいと捻って、ピリネの脚の骨を折った。

 金切声のような悲鳴が、耳を劈いた。


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