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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第二六話 取引

 アリオスティーンは、コチョウが取引に応じる態度を見せても、すぐにはコチョウの戒めを解かなかった。

「とはいえ、君が僕を攻撃しない保証がない。一時的に使い魔になって貰おうかな。使い魔は主人には逆らえないものだからね」

「だったらやらん。私に何か一つでも魔法を掛けてみろ。お前には一切協力しない」

 コチョウは敢えて、やってやってもいい、という言い方をすることで、宣言を回避している。その為、彼女が態度を翻しても、苦痛が彼女を襲うことはなかった。

「そうか、では、しばらくその、体が休まらない姿勢を楽しむといい。どの道、宣言をし、僕の使い魔にならない限り、その戒めから逃れる術はないのだからね」

 そう言って、アリオスティーンが踵を返す音がした。その背中に、コチョウは低い笑いを投げかけた。

「そうやってこの下らん秘密結社の王を気取っていろ。今がお前にとって、私と交渉する、最後のチャンスになるさ」

 その言葉に、アリオスティーンが振り向く。同時に、驚愕の表情を浮かべた。髪は白く、眼はくすんだヘーゼル。やけに色が白いのは、生まれつき色素が薄い為だろう。背は高くなく、歳は一二、三歳程。人間よりやや小柄な体格なエルフとしても、極めて小柄だった。少年とも少女ともつかぬ中性的な顔を歪め、絞り出すように言った。

「どうやって……」

 コチョウの目隠しは外れていて、彼女は、しっかりとアリオスティーンを凝視していた。うっすらと笑みすら浮かべて。両手両足は拘束されたままで、だが、彼女の目は余裕をもってぎらついていた。

「妨害呪文も呪文に過ぎんってことだ。盲信しすぎたんだよ、お前は」

 コチョウが喋るたびに、左腕の枷、右腕の枷、と、順番に爆ぜて外れていく。左足、右足。コチョウは自らの力で、自由になった。会話の裏で、妨害呪文を解析し、解除したのだ。呪文を使わずに解呪をする方法は、アリオスティーンには皮肉なことだろうが、コチョウが殺したリエーニュが知っていた。妨害呪文さえなければ、ただの部屋だ。

「さて、フェアに話をしようじゃないか。私はダークハートの深淵に挑んでやってもいい。ただし、その為には、ちょっとばっかり質問に答えてもらわなきゃならん。どうするよ」 

 交渉を持ちかけながら、隣で上半身を項垂れるように倒して眠っているフェリーチェルの戒めを外すことも忘れない。倒れてくるフェリーチェルを、コチョウは後ろ手に支えた。

「成程。見縊っていたことを詫びよう。たいした実力だ。確かにみすみすこのまま決裂させるには惜しい能力だ。良いだろう。君の条件を聞こうじゃないか」

 敗北をさらっと認め、アリオスティーンは苦笑い混じりながらも、コチョウの脱出劇に拍手すらした。逆に何処か満足げで、これは期待ができると考えているようだった。

「まず、私に雷撃を降らせて、ここへ引きずり込んだのは誰だ」

 コチョウは、そんなアリオスティーンの態度に表情を変えずに、自分が聞きたいことを勝手に聞いた。問いの答えは明快だった。

「ああ、あれか。あれは僕だ」

「フェリーチェルをこの場所に引きずり込んだのも?」

 再度、コチョウが問う。またアリオスティーンは頷いた。

「それも僕だ」

「そうか。やられっぱなしってのはフェアじゃない。首は飛ばさないから一発殴らせろ」

 面と向かって、コチョウは告げた。そして、答えも聞かずに飛び、アリオスティーンの右頬をぶん殴った。手加減はしているが、コチョウの力だ。若干口の中が切れたらしく、アリオスティーンの口の端から血の筋が垂れた。

「それで良しとしといてやる。有難く思え」

 コチョウは、当然のようにアリオスティーンが血を流しても気にもしなかった。

「じゃあ、詳細を詰めようか」

 と、笑う。アリオスティーンも口の血を拭うと、殴られたことをたいして気にした風でもなく、聞き返した。

「決めることが何かあるかな? 迷宮で見つかったものは君の好きにしていい。ただ、実用には堪えないが、学術的価値がありそうなものが見つかったら持ち帰ってもらえると助かるが……他に何かあるかい?」

「私はフェアリーだ。持てるものには限界がある。自動回収できる魔法のアイテムはないのか? あれば適当に放り込んでやる」

 コチョウからしてみれば、まったくの大サービスだ。ここまで配慮してやることは滅多にない。アリオスティーンの、己の欲望に正直なところを、信用はできないが悪くはないと感じた証拠だった。

「成程。それは名案だ。だが、準備が必要だ。少しだけ時間を貰いたい。それまで、我等が家の客人として歓迎しておこう。あまりメンバーを殺しすぎないでくれよ」

 つまりは、気に食わない奴がいれば殺してしまっても構わないということだ。おそらくアリオスティーンはコチョウの力をある程度把握しているのではないかと思われた。つまり、アーケインスケープのメンバーをコチョウが殺せば、コチョウの魔法の知識が増える、コチョウの魔法の知識が増えれば、コチョウがダークハートの深淵から生きて戻る可能性が上がることを知っているのだ。彼にとっては、アーケインスケープのメンバーなど、その為の生贄にしても惜しくはないということでもあった。

「ついでにそっちのレディの安全も僕が保証しよう」

「それはどうでもいい。むしろ放り出してくれた方がせいせいするな。どうせここに置いておいても役にも立たん」

 コチョウはあくまで冷淡を装った。無論、ここにてもフェリーチェルに出来ることはないのは本心に間違いなく、ただ、それだけでなく、フェリーチェル本人も、おそらく安全の保証よりも解放を望むだろうと考えていただけのことだった。

「ではそうしておこう」

 アリオスティーンは答えるが、

「いや、いい。それより準備を急いでくれ。こいつは私が放り出しておく」

 コチョウはそれを断り、あくまで自分でやる、と言い張った。しかし、それを聞いたアリオスティーンもまた、譲ることはなかった。

「そういう訳にはいかない。入ってもらいたくない部屋もある。君が僕を信用していないのと同じで、僕も君を信用していない。君が勘違いしないように言わせてもらうが、ここは僕の為の場所で、君の為の場所ではないのだよ。君を自由に行動させる訳がないだろう。そうは思わないか?」

「一理あるな」

 確かにその通りだ。もっとも逆もまた然りで、アリオスティーンにフェリーチェルを任せて、本当に解放するか怪しいのも確かなのだ。とはいえ。

「解放したからと言って、私が迷宮を探索している間にまた捕えるだけか」

 とも言えた。それはアリオスティーンには極めて簡単なことだろう。フェリーチェルに、それを防ぐ能力はない。もし一旦逃したとしても、安全とは程遠いのは間違いなかった。ダークハートの深淵に一緒に連れて行くくらいしか、対策のしようがないし、そんなことをすれば、フェリーチェルの命が危ないどころか、明らかに足手纏いでコチョウ自身もまともに探索できるか怪しい。

「仕方ない、任せた。好きにしろ」

 結局コチョウは折れ、フェリーチェルの身柄をアリオスティーンに預けることにした。そんなやり取りがされているとも知らず、フェリーチェルはすやすやと眠り続けていた。

「呑気な奴だ」

「まったくだね」

 コチョウが肩を竦め、アリオスティーンも苦笑いした。もともと冒険者には向いていないのだと、それだけで疑いようもないことに見えた。

 コチョウはその後、拠点として一室を自室として使っていいとアリオスティーンに案内された。そこには雑多な魔法書や図鑑などが納められた本棚があり、間違いなく最近まで誰かに使われていた形跡がある豪華なベッドと机があった。

「君が殺したリエーニュが使っていた部屋だよ。部屋の主もいなくなったことだ、好きに使っていい」

 アリオスティーンが語ったところでは、そういうことらしい。死人には部屋はもう必要ない。コチョウも気兼ねなく使わせてもらうことにした。

 部屋には、下っ端の魔術師達により、魔法陣が描かれた敷布が運び込まれた。彼等は敷布を丁寧に広げると、コチョウに使い方を説明しはじめたが、緊張からか、恐怖からか、ひどくしどろもどろで、何を言っているのかコチョウにもさっぱり理解できず、結局我慢の限界を突破した彼女は、彼等を思わず追い出してしまった。

「我ながら、首を刎ねずによく我慢した」

 これから自室として使う場所をいきなり鮮血で汚す馬鹿もいない。彼等に温情を掛けた訳ではなく、我慢した理由はただそれだけだった。

 そもそも、敷布の使い方は見れば分かった。発動キーワードも魔法陣を囲むように文字が刺繍されている。効果は、ダークハートの深淵の地下一層に続くポータルだ。

「街に入れば騒動になるしな」

 コチョウにもその自覚はある。間違いなく、必要なものだった。


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