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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第二五話 狂気

 悪い冗談としか言えない状況に、コチョウの口からはため息も漏れなかった。

「……生きてるかー?」

 短く問う。フェリーチェルが隣にいる筈なのだが、気配でそう察するしかなかった。

「これが死後って言うなら、相当の地獄ね」

 フェリーチェルの声は、意外に元気そうだ。そのことが分かり、コチョウはようやくのように、笑い声を漏らした。呆れと、自虐的な声だった。

「腐れ縁になりそうな気がしてきた」

 コチョウは、あれからすぐ、今度こそ、フェリーチェルに別れを告げたはずだった。そして、燃え盛る猫の髭の村を南に抜け、アイアンリバーに向かおうと飛んでいた彼女は、頭上から雷が唐突に降って来たことを覚えている。コチョウの飛行速度をもってしても、テレポートの呪文をもってしても、逃れることができなかった、天変地異にも等しい天からの雷撃は、それが呪文というのであればおそらく最上位クラスの呪文に間違いなかった。コチョウはローブの呪文耐性と、呪文軽減である、マジックバリアの呪文を唱えて雷撃に備えたが、そんな防御を、雷撃は嘲笑うかのように食い破った。コチョウは激しい電流に意識が遠のく中、地面に開いた魔術的な穴のどろりとした感覚に飲まれながら、気を失ったのだ。

 そして、彼女が目覚めた時には、彼女は野外でないどこかにいた。両手首には冷たい鉄の枷が嵌められ、魔術で強化されているらしく、コチョウの力でも引き裂くことはできなかった。

「とっ捕まったところからまた逃げろと。この世界に神とやらがいるのなら、相当アイデアに乏しい奴に違いないな」

 だが、監獄に囚われていた時よりも、状況は悪い。手首だけでなく、足首にも枷が嵌められ、背中を押し付けられているように、冷たい石壁の感触を背中全体に感じる。

 枷は鎖ではなく、直接壁に埋め込まれた鉄板に取りつけられている。手枷と足枷の間が狭く、膝を折る姿勢を取らされていた。足は石の床を踏めているが、足首が壁に固定されているせいで、膝はつけない。一番きつい中腰の姿勢を余儀なくされているのだ。

 さらに、目隠しを付けられ、部屋の中の状態を見ることすらできなかった。分かれた筈のフェリーチェルも隣に捕えられていることは気配で分かったが、その姿すら見ることは叶わなかった。

「部屋の中は見えるか?」

 フェリーチェルに尋ねてみたが、

「目隠しつけられたみたい。真っ暗だよ」

 どうやら、それはフェリーチェルも同じようだった。ただ、少しだけ扱いは異なっているようだった。

「足が自由な分まだマシだけど。あなたの方は?」

「私は足もがっちりだ。中途半端に膝を折らされて休まらない。目隠しは私もされてる」

 コチョウが答える。要するに、どっちもどっちだ。

「そう……何処だと思う? ここ」

 フェリーチェルが、ある程度推測はついていると言いたげに聞いてくる。勿論、コチョウにも推測はだいたいついていた。

「タイミング的にも、状況的にも、アーケインスケープだろうな」

 枷を魔法や超能力で引きちぎろうとしても、発動すらしなかった。妨害魔法が部屋に掛かっている。そんな大掛かりな仕掛けがある部屋など、そうそうない筈だ。

「私のせいにするなよ」

「私もあなたを嗾けたし、それはしないけど。でも、何されるのか、不安が大きすぎて辛い」

 フェリーチェルが吐露する気持ちは良く分かる。おそらくアーケインスケープのメンバーを殺したことに対する報復なのだろうが、何をするつもりなのかまでは察することはできなかった。

 部屋の中にはコチョウとフェリーチェルの他に気配はない。松明が燃える音と、水滴が垂れる音が聞こえるが、それ以外、静かなものだった。とにかく、自力で戒めを解くことができない以上、誰かが来るのを待つ以外にできることはなかった。何にせよ、ろくな扱いを受けないことだけは、覚悟しておいた方が良さそうだった。

 時間だけが過ぎていく。何も起こらず、ただ、不安だけが募ることに耐えかねたのか、フェリーチェルがしくしくと泣く声が聞こえはじめた。

 少しだけ眠れれば良かったが、コチョウは取らされている中途半端な姿勢が窮屈で、眠ることもできなかった。時間がたつにつれ、足に痙攣しそうな程の疲労感が溜まってゆく。どれ程の経験を奪い、力を増したとしても、生物であるという身体構造からは逃れられなかった。

 何時間が過ぎたのか。

 それとも、一時間も過ぎていなかったのか。

 鉄の扉の錆びた蝶番の軋みが聞こえ、続いて、硬い靴が石床を鳴らす音が聞こえた。泣きつかれたのか、フェリーチェルの声は聞こえない。規則正しい息遣いだけが聞こえていた。

「お待たせして申し訳ない、レディ」

 若い声が聞こえた。声変わり前の少年のような声だ。気配は大きく、少なくとも、フェアリーやピクシーの類ではないことが分かった。

「僕はアリオスティーン。現在のアーケインスケープのリーダーを務めている。君達にご足労いただいた理由は、当然、分かっているよね。もうひとりのレディはお休みのようだが、まあ、彼女からはあとでも話ができるだろう。僕も、興味があるのは、主に君の方だからね。確か……コチョウだったかな」

 アリオスティーンの言葉に、コチョウはただ無視を続けた。答えも要求されていない。言葉を返す必要があるとは思えなかった。

「だんまりか。それもいいだろう。だがあまり僕を怒らせない方がいい。その度胸は称賛するが、あまり利口な試みではないよ、とだけ警告しておこう」

 そう警告されても、コチョウは当然のように何の反応も見せなかった。喋りたいことがあるなら勝手に喋ればいいという態度で、その話を聞くかどうかはこっちの勝手だと無言の反抗を貫いた。

「やれやれ。強情なレディだ。いいだろう。僕も暇ではない。話を単純にしよう。君がだんまりを決め込む限り、君達二人を解放することができない。逆に、こちらは君達二人をすぐに解放する準備がある。君は、僕達が出す条件さえ飲むだけでいい」

「例え条件を飲んだとしても、私は、約束を守らないぞ。解放されたら全員殺してやる」

 コチョウはやっと答えた。からかうように告げ、宣言をしたとしても従わないということを、臆面もなく言ってのけた。

「どうかな。好きにしてみるがいい。ここで行われた宣言は絶対のものになる。全身を引き裂かれるような苦痛に耐えられるなら、宣言に反する行動を続けてみるといいよ」

 アリオスティーンは笑った。そして、コチョウが聞いていようがいまいがどうでも良いというように、勝手に条件を述べ始めた。

「君が飲む条件は一つだけだ。ダークハートの深淵に挑むこと。僕達はその最奥に何があるのかを、これまで何人もの冒険者を雇って確かめてきた。無論知っての通り、その成果は芳しいものではないがね。だが、僕はこう考えている。君であれば、いずれ最奥に辿り着けるのではないかと。君にとっても利益がない話ではない筈だ。ダークハートの深淵には、アンフィスバエナ等よりも上級なモンスターがうようよと潜んでいる。君はその力と経験を得ることができ、僕はあの場所のもっとも深い場所の秘密を知ることができる。それで、我がアーケインスケープのメンバーを五人も殺めたことも、水に流そうじゃないか。断れば……そうだな。隣のレディに代わりに行ってもらうというのでもいい。オーブもない彼女が赴けば、表層階で戻らない骸になるだけだろうが、そんなことは僕達の知ったことではない。すべては、君の判断次第だ」

 間違いなく、ダークハートの深淵に、フェリーチェルが挑めば、入ってしばらくもいかないうちに、モンスターに襲われたとしても、罠にかかったとしても、間違いなく死ぬだろう。フェリーチェルはそのことを断る筈だ。そうなった場合は。

「分かっていると思うが、その場合、隣の彼女が選べる選択肢は二つだ。ダークハートの深淵に挑んで死ぬか、ここで痛い目を十分に見てもらうか。つまり、いずれにせよ、最終的には彼女は赴くことを選択することになる訳だね」

「それは私の知ったことじゃないな。それに、ダークハートの深淵に挑む場合、ここを拠点に勝手に使わせてもらうし、気に入らない邪魔者がいたら私は殺すぞ。最悪の場合、アーケインスケープの壊滅もあり得るが、分かっているか?」

 コチョウとしては、もともといつかダークハートの深淵に挑むつもりだったし、その条件はたいしたデメリットもない。もっとも、アーケインスケープにはデメリットしかない取引だとしか思えず、何を考えているのか聞かずにはいられなかった。

「ダークハートの深淵の真実が知れるなら、他の者の命など安いものだ。好きにしていい」

 アリオスティーンは嘯いた。本気で他者の命よりも自分の好奇心を優先している声だ。

「いいだろう。やってやってもいい」

 コチョウは、その狂気が気に入った。故に、ダークハートの深淵に挑むことを、決めた。


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