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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第二四話 始末

 コチョウは頷き、リエーニュ達五人に冷たい視線を向けた。

「さて、お前達が放った火が原因で、国が滅んだ娘が、お前達に死んでほしいとのことだ」

 そして、滓れた笑いを漏らす。

「話を聞きたきゃ好きにしろ。だが、それも、私を殺してからだ。かかってこい」

 相手が高位の魔術師であろうと、秘密結社を敵に回すとしても、コチョウには恐れはなかった。勝てば生き残り、敗ければ死ぬ。それだけのことだ。

「アーケインスケープと敵対を選ぶとは、浅慮極まりないこと。それに、挑みかかってくるのであればまだしも、掛って来いとは何処までも身の程知らずな。いいでしょう。その過ぎた自負心、完膚無きまでに粉砕……」

 リエーニュはゆっくりとした動作で両腕を胸の前で向かい合わせた。その動きには余裕と自信が満ちていて、自分は強いという自負を感じさせた。しかし、その余裕は、コチョウから見れば、ただの油断でしかなかった。

 言い終わるまで黙って待っている程、気が長くない。コチョウは他の魔術師達がほぼ完全にリエーニュの合図待ちになっているらしいことを見抜き、散開すらしないその怠慢さを思い知らせた。

「話が長い」

 間を縫うように、コチョウは滑空するように通り過ぎる。リエーニュの背後にあたる場所で、一瞬が経ってから、血しぶきが上がった。

「潰れるなよ」

 フェリーチェルにそう注意する余裕さえ見せ、コチョウは落下していく三人分の猫科の頭部と、三体の首なし死体を放置した。とはいえ、流石に取り巻きの全員が盆暗という訳でもなかったらしく、一人だけは、コチョウの一撃を避けていた。例の、最初に話しかけてきた男だった。名前はシェオルだったか。

「ふん、流石にいい呪文知ってるな。中級呪文より上は不足していた。有難い」

 それでも、得られたものは三人分で十分だった。流石に魔術の研究に明け暮れている秘密結社の連中らしく、殺した三人からは、大量の呪文知識を奪うことができた。コチョウがまだ会得していない呪文が大量にあり、また、呪文を工夫して唱えることで、威力や範囲を調節する技術などというものも、その知識の中には含まれていた。

 しかし、逆にリエーニュとシェオルの二人には、それが危機感を呼び起こすことに繋がったようだった。密集していてはまずいと判断したのか、散開しつつ、コチョウから距離を取ろうと後退した。

 コチョウは追わなかった。追おうと思えば追うことはできたが、かなり面倒な状況になっていたことは間違いない。どちらかを追い、どちらかをフリーにすれば、死角から呪文攻撃で仕掛けられることは間違いなかった。なおかつ、相手は曲がりなりにも高位の魔術師達だ。不意に飛んで来る呪文の殺傷能力、有効射程、範囲どれをとっても馬鹿にできないことは分かり切っていた。

 いずれにせよ、魔術師相手に一対二というのは、正直に言って未だ状況はコチョウに不利と言って良かった。一対五よりは絶望的ではないが。

 加えて、既にリエーニュとシェオルはコチョウを難敵と認める顔つきになっていた。油断を期待することは最早できなかった。

 本格的な戦闘は、シェオルがアイスバレットをばら撒き、リエーニュがライトニングレイでピンポイントにコチョウを狙う連携で始まった。いきなり隙も大きく詠唱も長い高等呪文で攻撃して来ないのは、二人が戦い慣れている証拠だ。単純だが、効率的な組み合わせだった。初級呪文とはいえ、高位の魔術師が唱えるアイスバレットの範囲と密度、そして威力は馬鹿にできない。一つ一つの氷の弾丸はコチョウの身長程もあり、当たったらただでは済まないことは間違いなかった。逸らしの指輪の効果もあり、その弾丸を避けること自体はコチョウには容易かったが、視界が封じられ、速度を思うように活かせない状況での、中級呪文のライトニングレイだ。ライトニングレイは直線状に延びる雷撃呪文で、単体では避けやすいだけの呪文でしかないが、当たりさえすれば、その威力は高等な呪文と比べても遜色ない。しかも中級呪文の為、高等呪文と比べて魔力の消耗も高くはなく、詠唱も短い。避けても隙が小さく、連発もされる為、アイスバレットが邪魔で、いつかは当たる、を警戒しないではいられなかった。

 いつまでも付き合う気にはなれない。コチョウは短時間でその連携を断ちにかかった。

 最初の二発のライトニングレイをアイスバレットがばら撒かれる中で器用に躱すと、三発目を中級呪文であるリフレクションを唱え、弾き返した。先程殺した三人から奪ったばかりの呪文だ。リエーニュは跳ね返ってきた呪文を躱すほかない。そこに反撃の隙ができた。

 コチョウはさらに奪った呪文を唱えた。次に唱えた呪文は、ひとことで詠唱が完了する、極めて実戦的な呪文だ。コチョウの姿は消え、次の瞬間、シェオルの背後をとって現れた。高等呪文でも特に上級とされる、テレポートだった。

 シェオルを狙ったのは理由がある。アイスバレットが詠唱者自身の視界も遮るのは、以前自分で使用した時に、コチョウも体験済みだ。そして、アイスバレットをばら撒いている間は、術者も移動を大きく制限される。要するに、不意打ちを避けにくいのだ。

 しかし、相手も馬鹿ではないようだった。コチョウの一撃を入れる前に、コチョウのテレポートに気付いたように、リエーニュもテレポートでカバーに入って来たのだ。コチョウの真上から、無詠唱でサンダーボルトを放ち、シェオルを攻撃する暇を与えてくれなかった。無論、サンダーボルトも、コチョウには当たらなかった。身を捻って躱すと、コチョウは短く笑った。

「口先だけじゃないってことか」

「お互い様です」

 リエーニュは既に再度テレポートで逃げていた。一瞬遅れて、シェオルもテレポートで距離をとった。アイスバレットやライトニングレイは止んだが、状況は振り出しに近い。

「こんな状況でなければ、お抱えでほしいくらいです」

 リエーニュも、静かに笑った。尊大な態度はなく、当然、隙もない。

「こんな状況でなくとも断る」

 コチョウが答えると、

「だろうな」

 真後ろから声がした。短い会話の間に、シェオルが、再度テレポートで背後を取ったのだ。無論、コチョウの直接攻撃が届くような場所に現れるような愚を犯す相手でもなかったのだが。

「死ぬ時間だ」

 と、声を上げたのは、コチョウだった。彼女が告げた瞬間、シェオルの顔が青ざめ、苦悶のうちに落下していった。理由が分からずリエーニュが呆気にとられたような顔をする。その一瞬で、コチョウはシェオルに追いつき、首を刎ねた。コチョウが先に殺した三人から奪った以上の呪文を、シェオルは知っていた。高等呪文書で学べるページが埋まっていくように、コチョウの脳裏に呪文の知識が刻まれる。そして、コチョウは告げた。

「動くな」

 その言葉を聞いた途端、リエーニュはまるでその場に縛り付けられたように身動きが出来なくなった。恐怖と驚愕、苦悶が混じりあった、恐慌状態の表情が、瞳に浮かぶ。

 本当に動けないのだ。その正体を、暗示という。極めて強力で高等な、超能力だ。高位の魔術師達から得た経験で、コチョウの生来の力である超能力が、高度に、強力に、開花しているのだった。それが、シェオルを倒した力の正体でもあった。

 動かない、呪文の詠唱もできない魔術師など、ただ柔らかいだけの木偶に過ぎない。コチョウは飛び、リエーニュの首を刎ねた。

 中等呪文の知識は、これ以上なく充実した気がした。高等呪文についても、かなり多くの呪文を奪うことができたような気がする。コチョウはその結果に満足した。――ただ。

「ねえ」

 一方で、フェリーチェルはご立腹だった。恨みがましく見上げながら、拳を振り上げている。

「皆を埋葬した上に、血と死体をぶちまけるのはやめてよ。それもフェリダンの」

 確かに、それは彼女からすれば我慢ならないことに違いなかった。コチョウは笑った。

「知るかよ」

 その声が、フェリーチェルと被った。

「でしょ?」

 困ったように、呆れたように、フェリーチェルは笑っていた。それから、フェリーチェルは大きな疑問のように、コチョウに問い掛けた。

「でも、何で全員フェリダンだったのかしら」

「ああ。思考は読んだが、単純な話さ」

 コチョウも地面に降り、転がったリエーニュの頭部から、イヤリングを外しながら答えた。読心術から身を守る魔法のイヤリングは便利だ。頂戴しておこうと考えたのだった。

「シェリダンは魔術師が嫌いらしい。魔力があると、同族の村を追い出されるのさ。それで、あいつらは同族を恨んでたから、同族の村をターゲットにしたってだけだ。マラカイトモスについては、ま。興味ついでだな」

 コチョウが言葉を濁さずに答えると。

 フェリーチェルは傍までやってきて、リエーニュの頭を力いっぱい小川へと蹴飛ばした。


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