第二三話 元凶
コチョウは、フェリーチェルの指摘に苦笑いだけを残し、彼女の傍を飛び去った。一杯食わされた気分ではあったが、不思議なことに、忌々しいとは思わなかった。
焼けた森を出て、再度猫の髭の村を目指す。牧場の中に、家畜だった羊や、牧場主の死体が点々と転がっている。牧草地帯ではあるものの、火の回りは思ったほど広範囲には広がらなかったようだった。
自警団と戦った場所を過ぎる。焼けた大地に残っているのは死体だけだ。コチョウが火をつけた牧草の円は黒く焼け焦げ、その円の中央や周辺には、まだ無数の炎が踊っていた。黒煙と共に、自警団の一団の死体群は、炎に晒されている。生き残った者はおそらくいないだろう。
村の近くに着いた。まだ村は猛火の渦中にあった。生きている者が残っているとしても、おそらく生き地獄の中に等しいだろう。
ふと、燃え上がる村の西に、遠巻きに見ている者達の姿があるのが、コチョウの視界に入った。丁度村から伸びる道の途中に立っている。人数は四、五人。フェリダンだった。村を離れていた連中だろうか。コチョウは始末をつける為、彼等の上空へと飛んで行った。
近づくにつれ、そのフェリダン達は、おそらく村の者ではないとコチョウにも理解することができた。人数はやはり五人。全員、黒を基調とした、赤い装飾が入った揃いのローブを纏っていた。彼等のうちの一人がコチョウに気付き、魔術を用いて浮遊してきた。
「止まれ。我々は神秘学研究院、アーケインスケープの者だ。この惨状について知っていることを話せ」
無機質な、感情のこもらない声。アーケインスケープというのは、フラットグレー平原の何処かにあるという、秘術を研究しているという魔術師達の秘密結社だ。高慢で、他人の都合は一切無視すると言われていて、そういう意味では、コチョウの同類と言ってもよかった。メンバーは高位の魔術師ばかりだという。
「質問の意図が分からないな」
コチョウは当然、腕を組んで、胡散臭げにフェリダンを無遠慮に眺めた。アーケインスケープはフェリダンの秘密結社ではない。むしろフェリダンは少数派の方で、エルフが最も多いという噂だ。にもかかわらず、この場にいる連中が全員フェリダンだということが、コチョウには気に入らなかった。
「では聞き方を変える。何処まで何を知っている。アーケインスケープのメイジが質問しているのだ。答えろ」
目の前のフェリダンは、コチョウの前で浮遊しながら、居丈高な態度を崩さない。鼻っ柱を折ってやりたい気分をぐっとこらえ、コチョウはまだ早いと自分を説得した。思い知らせるのは、連中がここにいる理由を聞きだしてからだ。
「さてね。お前達が何故そんなことを気にするのか。お前達こそ何か関わりがあるのか?」
「羽虫が」
目の前のフェリダンが忌々し気に吐き捨てる。どうやら話が進んでいないと判断したらしく、他の四人も浮遊呪文で登って来た。五人が揃う。うち四人は男で、一人は女だった。女が口を開いた。
「シェオル。その聞き方では相手が意固地になるというもの。それでは交渉になりません」
最初に浮遊していた男に、女は抑揚の少ない口調で言ってから、コチョウに視線を移し、
「私はリエーニュ。アーケインスケープで社会的魔術の研究をしている者です。フラットグレー平原では、近年これ程完全にフェリダンの村が焼け落ちたことがありません。見たところ、おそらく自然災害によるものではないでしょう。フェアリー達のマラカイトモス王国を彼等が襲った報復にしても、あの王国がここまで非道な焼き方をするとはどうしても思えません。いずれにせよ、マラカイトモス、猫の髭、双方が破壊されたことは極めて憂慮されるべきことだと私達は考えています。後世の為にもこの結果は記録しなければなりません。一部始終をご存じであれば、情報を提供いただけませんか」
言い方は柔らかいが、目が笑っていない。慇懃無礼とはまさにこのことだった。まったく気持ちが込められていない言葉が躍り、コチョウの神経を逆なでした。アーケインスケープがマラカイトモスの存在を知っていたことには別段驚きは感じなかった。彼等の、知識を必要以上に溜め込もうとする姿勢は有名だ。時に裏家業の者まで使うことがあるらしい程に。マラカイトモスの森も、もともと調査済みだろう。
そして、アーケインスケープが、マラカイトモス王国の存在を、広く世間に公表していないこともまったくおかしなことではなかった。アーケインスケープが知識を溜め込むのは自分達の学術的知識の為だけであり、それを世の中の役に立てようなどという気がさらさらない態度も有名だったからだ。
「見ての通りだろ。だいいち、こんな話なら歴史上に幾らでもある。今更調べるまでもないだろ。まだ何か隠してるな。胡散臭い」
コチョウは言葉を選ばずに鼻で笑った。
「貴様」
と、リエーニュの取り巻きの一人が語気を荒げるが、その言葉を、リエーニュ自身が手振りで制した。その動きの際、耳元に、ルビーをあしらったイヤリングが見えた。どうやら、何らかの魔法が掛けられたもののようだった。
「貴女は何処まで真相を知っているのでしょうね」
リエーニュの顔は穏やかだ。だが、内心に焦りの乱れがある。靄が掛かったようにその思考の深奥は覗けなかったが、コチョウからすれば、何か後ろめたいことがあるのだと、気付くのに十分だった。
「どうした。図星でもついてしまったか?」
コチョウは挑戦的に笑い、
「そうか。お前等か。森を焼いたな」
ありそうな話だ、と考えた。自分達の知識欲を満たす為なら何でもやる連中だ。ただ、マラカイトモス王国と、猫の髭がどうなるか興味があったからというだけで、森を丸々焼いたとしても驚かなかった。
「何のことでしょう」
表面上では涼しげに、リエーニュが首を傾げる。だが、やはり内心の焦りの感情までは隠せていない。どこまで真相を掴んでいるのかという疑いも浮かんでいた。しかも。
「ところで、読心術は見事ですが、あまり褒められたことではありませんよ」
リエーニュの表情は崩れない。張り付いたような穏やかさが、むしろ不気味とも言えた。だが。
「十八番でね。しかし、残念だったな。イヤリングの読心術への防御はたいしたもんだが」
コチョウは思い切り意地の悪い顔で笑った。
「片手落ちだ。取り巻きの精神まで守っておくんだったな。連中から全部筒抜けなんだよ」
証拠など、コチョウにはいらない。心の中の思考では嘘がつけない。リエーニュから読めないのであれば、他の奴から読めばいい。単純な話だった。
「ならばどうすると?」
リエーニュの表情が、初めて動いた。睨みつけるような憎悪。絶対の優位が覆ったような、憎々しげな視線が、コチョウに突き刺さる。
「さてね。わざわざお前達の悪事を糾弾する程、私も品行方正って訳じゃない」
と、答えて。
「そうさな……こういうのはどうだ。生き残りを知ってる。案内してやるからついてこい」
コチョウはそう告げて、返答も待たずに身を翻した。連中の魔術の知識の程を知る為でもあった。当然フェリダンは飛べない。コチョウの飛行スピードについてくるならば、魔術を使うしかない。飛行呪文は高等呪文だ。それが使用できるということは、つまり、極めて高位の魔術師だと判断することができる。そういうことだった。
アーケインスケープのフェリダン達は、コチョウの飛行についてきた。全員最高位に近いと言っていい魔術師だ。これは儲けものかもしれない。コチョウは満足だった。今すぐその知識を奪ってやりたいところだったが、しかし、彼女はそれを我慢した。
コチョウが向かったのは、当然と言うべきか、別れたばかりのフェリーチェルがいる、燃え尽きた焚火の傍だった。果たして、フェリーチェルは、一生懸命穴を掘り、ひとつひとつ、焼け焦げたフェアリーの亡骸を、丁寧に埋葬しているようだった。穴はフェアリーサイズのシャベルを使っている。おそらく切り倒された王国から持ち出してきたのだろう。
「あれ、戻ってきた」
上空のコチョウに気付き、フェリーチェルが戸惑いの声を上げた。飛んでは来ない。コチョウはそれでいいと頷いた。
「用事がもうひとつできた」
フェリーチェルに答えて、コチョウはアーケインスケープの連中が追い付いてくるのを待った。飛行呪文は速いが、コチョウに追いつけるほどの速度ではなかったのだ。これはアドバンテージだと、コチョウはほくそ笑んだ。
「あいつらが森に火を放った。という訳で、処遇をお前に託す。どうしたい?」
その間、簡単に、戻った理由を告げると。フェリーチェルは納得したように、頷いた。
「殺して。私の代わりに」
フェリーチェルは、率直な答えを返した。魔術師達に向けた視線に、怨みが滲んでいた。