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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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最終話 リリエラ

 静寂が、戻った。

 リリエラはコチョウに勝った。彼女が触媒として選んだのは、小瓶ではなかったからだ。彼女は自分のボディーを形成する物質のなかから触媒となる物質を選び出し、それを使って、コチョウに骨と同じ材質の楔を打ちこんだのだった。

 よろよろと装置に近づくリリエラは、コチョウに小瓶を破壊されたことで中の様々な有害物質も浴びることになり、表面から痛々しく損傷していて、足取りも覚束ない有様になっていた。衣服が、傷だらけの体をこすり、ひどく痛む。彼女は、衣服をすべて脱ぎ捨てた。空気が体に触れるだけで染みたが、衣服から受ける痛みに比べれば、まだ、我慢でした。

 一歩、一歩と装置に歩み寄るが、ふと、リリエラの足が止まる。ようやく重大な問題を思い出したように、彼女は怯えた目で、背後をぎこちなく振り返った。

 皆、死んでしまった。

 生きている者は、室内に、誰もいなかった。

 時間がない。というのに、一行はリリエラだけを残して全滅してしまったのだ。そして、リリエラは、やっとのことで思い出した。

 彼女達の目的は、コチョウに勝つことではなかった。世界は未だ滅びと荒廃にむかっていて、それを止める為の調査ができる満足な人員は、ここにもういない。どうやったところで、リリエラ単独で、滅びを回避するのに間に合うとは、思えなかった。何しろ彼女は、アーケインスケープに連絡する術すら残っていないのだ。今のリリエラには、その為の触媒が、残っていなかった。

 それでも、装置に辿り着かない訳にはいかない。彼女は再び絶望に近い距離を、再び進んだ。途中横を通り過ぎたハワードも、五体が分離していて、何も教えてくれなかった。一度に受けるには、損傷が激しすぎて、ショック死に近い状態だっただろう。

 リリエラの足が、装置の前で止まる。

 装置には操作パネルのようなものはなく、音声入力によるコマンドワードで操作するものなのかもしれなかった。その操作方法も、リリエラは、何も知らなかった。コチョウは知っていたのだろうが、リリエラには、コチョウを生かしたまま止めることは不可能だった。コチョウも、もういない。

「そんな」

 リリエラは床にしゃがみ込み、呟いた。

 装置はまだ動いているが、いつ止まってもおかしくない状態に見えた。それは、世界が虫の息であることを意味していた。

 自分がコチョウを止めたことも、何の意味もなかったことに思えてくる。

 リリエラが打ちひしがれて、立ち上がる気力はなかった。世界を生かしている装置が目の前にあるのに、彼女には、それをどうすることもできなかった。

 だが。

 ふと、目の前が急に明るくなって、リリエラが顔を上げる。彼女の前には、注意に浮かんだ、光で描かれた枠のようなものが、出現していた。光源はそれだった。

 光の枠の中に、文字が綴られ始める。何かのメッセージだと、リリエラはそれを見つめた。何らかの助けであることを願った。

『一〇万四三五二』

 という数がまず表示された。

『覚えたか? それが、この世界に住む人間達が助かる為に、犠牲になる種の数だ』

 続いて、そんな文字が、枠の中に踊る。

『五つのシステムに眠る魂は、滅びの力を手に入れた。その力を使えば人々は救われる』

 一見、コチョウからのメッセージのように見える。だが、何故なのか、リリエラは、違う、と直感的に判断した。

「誰? コチョウじゃ、ないでしょう? あなた。女帝フェリーチェルでもない」

 リリエラが問いかけると、一旦文字がすべて、消えた。

『私は、ルナ。魔神の名は……今はどうでもいいよね? そんなことを気にしてる場合じゃない。兎に角、人が住める世界を安定させることはできる。そこではもう装置はいらないし、今回のようなことは起こらなくなる。でも、そうする為には私達には滅びの力が必要。だから、その力を得るために、原初のコラプスドエニーを、滅ぼす必要がある。そして、人間達には荒廃した世界でも、その世界だからこそ繁栄していた種はある。それらは原初のコラプスドエニーの消滅と共に滅びの運命を辿るの。それが、一〇万と四三五二種。中には、あなた達、パペットレイスも含まれる。あなた達は人間達が住むのに適した世界では、魔力が足りずに活動できなくなる。自然を育むってことは、それだけ世界のエネルギーが消費されることだから。あなた達が活動していく程のエネルギーは、残らないのよ』

 そんな文字が、光のスクリーンに記されていく。そして、最後に、そのメッセージはこういった文章で締めくくられた。

『私達の命を啜って、システムは動いている。だから、今すぐに決めないと、私達には、それだけの力を扱うことはできなくなる。今すぐ、決めて。決められるのは、今そこにいる、あなただけ。どうする、リリエラ?』

 人を生かす為に、多くの種を滅ぼす。普通なら自覚を覚えるのも難しい話だが、パペットレイスも沈黙するということであれば、話は別だとリリエラにも理解できた。

 だというのに、リリエラが迷うことはなかった。迷う必要すら感じなかった。彼女の心に浮かんだ選択肢は、一つだけだった。

 リリエラは、すぐに、それを、答えた。


 コラプスドエニー。

 その名の世界は、システムが止まっても、そこにあった。

 しかし、甚大な被害が出ているのも確かで、それは、環境管理システムの停止により、浮遊大陸が地上に落下した天変地異によるものだった。

 同時に、大地も、海も急速に変貌を遂げた。それはあまりに大きすぎる変質で、動かなくなったデザートラインの多くが、その影響に飲まれ、その中の人間達の犠牲も少なくなかった。世界が生まれ変わるというのは、綺麗ごとでは済まない話だったのだ。

 だが、それよりも多くの人々が生き残った。

 デザートラインは二度と走らない。その根本原理となる世界の理を、失ってしまった。動力を得ることができなくなったそれは、人が住めるだけの箱に過ぎなくなった。

 周囲は平原や、森林、湖沼に取り囲まれ、空から落ちてきて生き残った、或いは、自力で降りてきたモンスター達の楽園となった。そこには野性が溢れ、今やデザートラインという最大の戦力と、パペットレイスという兵力を失った人間達にとっては、極めて過酷な世界が待ち受けていた。ルナの警告通り、パペットレイス達もまた、原初のコラプスドエニーの滅びと同時に、その動力を失い、永遠の眠りについた。

 上空で、そんな光景をずっと見下ろしている者がいた。肉体はない。意識だけのような状態で、そんな世界をじっと見下ろしていた。

「これ」

 それを見つけて、一人の少女が飛んで来る。悪魔的な角と、蝙蝠の羽、鱗のようなものに包まれた四肢を備えていた。彼女は剥き出しの魂を携えていて、見えない精神体が認識できているように、それを差し出した。

「生き残ったのか。どこまでもついてない奴だな」

 精神体が、実体を纏う。黒い翅を生やした、フェアリーの姿だった。コチョウに似ているが、何処か雰囲気が異なった。

「こんなだったか。今はまだよく思い出せん」

 肩を竦めながら、魂を受け取る。彼女が魂を手にすると、それを嫌がるように魂が震えた。

「どうする?」

 魂に問い掛ける。魂はそれに答えず、

『皆、生き抜いてくれるかな?』

 と、問い返した。

「どうだろうな。どっちでもいい」

 コチョウであった“滅び”が答えると、魂はまた、今度は不服そうに震えた。

『あなたどこへ行くつもり?』

「さあな。決めてない。面白そうな世界を、どっか探すさ」

 そんな“滅び”の答えに、

『言うと思った』

 魂は呆れたように告げ、それから、やっと“滅び”からの問いに答えた。

『行く。連れてって』

 とだけ。

「そうするか」

 “滅び”も頷いた。魂を見捨てることなく。

 遠くから、“滅び”の傍に浮く少女と似た姿の人影がさらによっつ、人間の姿をした影がふたつ、集まってきている。“滅び”は、そんな存在も、どうでも良さげに注意を向けることはなかった。名前もあやふやだった。

「私達は?」

 すぐ傍の少女に問われたが、

「知るか。好きにしろ」

 もう、約束は果たしたとばかりに、“滅び”は無責任に責任を放り出した。

「私達も滅びの海に繋がっちゃったんだけど」

 少女が文句を言うと、

「お前達がやりたいように使え。私は知らん」

 これ以上煩くされては堪らんと、“滅び”は飛来する者達も待たずに姿を消した。

 木の葉が一枚、風に巻き上げられてきた。

「……リリエラ?」

 少女は、それを思わず、受け止めた。


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