第二〇話 決闘
村の周辺一帯を焼き、逃げ場を絶ったうえで村中に火を放ったコチョウだが、焼け死ぬのに任せずに、わざわざ一人だけは直に尋問し、首を刎ねた。相手は村の村長だ。見張りから一つだけ得られなかった情報があり、流石に村長であれば知らない訳がないだろうと考えたのだ。
その情報を、コチョウが想像した通り、村長は把握していた。コチョウは満足すると、まだ無事な牧場の家畜を、徹底的に殺して回ってから伐採された森に戻った。戻る途中、自警団の生き残りがまだいたのも見つけたので、そいつらも強襲して焼き払った。それなりに時間が掛かったから、フェリーチェルが無事でいなくても不思議はないと思っていた。
伐採されたフェアリーの城に戻ると、フェリーチェルは座り込み、ただ目を閉じていた。コチョウが思ったように原形を留めていないということはなかったが、フェリーチェルがお気に入りと語っていたドレスは散り散りに裂かれ、ぼろ布のようになっていた。襲われたのは間違いないだろう。ひょっとしたら、コチョウがあとから焼き払った自警団の連中に襲われたのかもしれない。
「生きてるか?」
コチョウが声をかけると、
「死ねなかった。もうちょっとだったけど、煙が上がるのを見て、引き上げてっちゃった」
弱々しく、フェリーチェルは笑った。コチョウが牧場で自警団を火に閉じ込めたのが、ここからだと村が襲われているように見えたのかもしれない。
「そりゃ残念」
コチョウは肩を竦めて答えた。
「本当。死ねたらよかったのに」
フェリーチェルはオーブの欠片を手に乗せていた。砕けた破片が彼女の足元に散らばっている。フェリーチェルは、死ぬために自分のオーブを見せたのだ。
「一思いにやってくれたらよかったのに。嬲ろうとなんてしてくるから。死ねなかったよ」
「死にたいなら殺してやる。私はその方が有難い。纏わりつかれなくて済む」
コチョウはフェリーチェルの隣に降りた。立ったままフェリーチェルを無表情で見下ろすコチョウを、フェリーチェルは横目で見上げて笑った。
「あなたに殺されるのは癪だな。うまく言えないけど、なんか、それは納得いかない」
「いい度胸だ」
コチョウは頷き、腰のチャクラムを外した。そして、片方を、フェリーチェルに差し出した。
「私はお前を今すぐ殺しておさらばしたい。お前は殺されたくない。なら、勝負だ」
当然フェアである筈もない。フェリーチェルが正面からコチョウと戦って勝てる訳がなかった。それでも、フェリーチェルは、どういう心境か、チャクラムを、手に取った。
二人は切り株から舞い上がり、向かい合う。その距離は五メートル程。遥かに燃え盛る牧場が見える。火の勢いは荒れ狂う竜巻のようで、自然に消えるのを待つほかない、手の施しようのない大火災へと延焼していた。
先に動いたのは、フェリーチェルだった。コチョウは動かず、ただ浮いている。フェリーチェルは、自分の腕力では投げてもコチョウには届かないと判断したのか、右手にチャクラムを持ったまま、コチョウに向かって真っすぐに飛んだ。何の駆け引きも知らない、愚直で、素直すぎる突進。それでも彼女は精一杯の速度で飛んだことだけは、間違いなかった。ぼろきれのようにズタズタになったドレスがそのスピードに耐えられず、はらはらと布切れになって舞った。
コチョウはただ悠然と浮いていた。フェリーチェルがコチョウに体ごとぶつかる勢いで突進してくるのを、避けなかった。
激突。といっても、互いにフェアリー同士のことで、傍目には、木っ端がぶつかり合う程度の光景に見えたかもしれない。とにかく、フェリーチェルは身体ごとコチョウにぶつかったが、そして、案の定というべきことだが、弾かれ、バランスを崩したのはフェリーチェルの方だった。
彼女にはコチョウの表情は、どう見えていたのだろう。少なくとも、コチョウはいつもながらの、無表情を貫いているつもりだった。ただ、いつもより大きく振りかぶり、片手だけに持ったチャクラムを投げつけた。しかし、その軌道はフェリーチェルを狙ってはおらず、空いた両手で、落下しようとするフェリーチェルを捕まえた。
コチョウが放ったチャクラムは、全く関係ない地面に突き立った。その向こうには、レザーブーツを履いたフェリダンの足があった。
当然隠れる場所などなく、気配を殺していた訳でもないフェリダンが、歩みを止めた。
鋭い眼光のフェリダンが、コチョウを睨んでいる。防具は、基本は皮製だが、胸や腰回り、腕の甲などの部分を、鉄板で補強した鎧を纏っていた。左手には装飾の付いた細身の剣、レイピアを、右手には、レイピアよりも短く細身の剣、マンゴーシュを握っていた。どうやら左利きらしい。
「よくも村を壊滅させてくれた」
良く通る声は高い。だが、女性的な響きはなかった。身体付きも、男だ。若いようにも、中年近くの雰囲気にも感じる。年齢は、フェリダン全体に分かりにくいものだが、コチョウには判然としなかった。もっとも、興味もなかったが。
「自分達がやったことが、自分達に返ってきただけで被害者面か。いいご身分だ」
冷ややかに、コチョウは笑った。フェリーチェルを抱きかかえる。その状態でも、負けるつもりはなかった。
「否定はしない。だが、お前のしたことは罰ではない」
フェリダンは、そう吐き捨てた。それは当然だ。コチョウも罰を与えたつもりなどない。結果、フェアリーの王国と同じような末路を辿っただけに過ぎない。
「ラスキル」
フェリダンは短く名乗る。
「コチョウ」
コチョウも短く名乗った。つまりそれは、折り合うつもりもない決闘を意味していた。ラスキルは足元のチャクラムを拾い、コチョウに向かって放った。コチョウは、それをキャッチせずに無視した。
「武器を拾え。そちらのお嬢さんも降ろすがいい。この状況はフェアではない」
ラスキルの言葉に、コチョウは口の中の唾を吐き捨てた。
「いらん。ハンデをやるから、かかってこい」
「そうか」
という言葉が合図だった。ラスキルは距離を詰めた。
フェリダンは敏捷だ。耐久力に極めて劣り、卓抜した敏捷さで補っているフェアリーにとって、フェリダンの優れた敏捷さと、人間よりは劣るとはいえフェアリー等よりもずっと頑丈な肉体は脅威だった。天敵と言ってもいい。フェアリーの王国が一網打尽にされたのも無理のない話だった。
もっとも、それも、並のフェアリーであれば、の話だ。コチョウのスピードは、フェリーチェルを抱えても、なお、一切損なわれることはなかった。
明らかに弄んでいるように、コチョウはラスキルの背後に回り込んだ。それに反応し、ラスキルは振り向くが、その瞬間にはもう、コチョウはまた背後に回り込んでいた。いつでも攻撃はできたが、コチョウはそうしなかった。
「わ、私がもたないよっ!」
フェリーチェルが悲鳴を上げて涙を散らしたが、コチョウは無視した。
「どうした。その程度じゃハーピーにすら馬鹿にされるぞ」
ラスキルをからかうコチョウに、
「難敵だ」
フェリダンの戦士は距離をとって呻いた。双剣を振るう余地もなく、手玉に取られていることを認めた。
「だが。死んだ皆の為にも。私は退けん」
また、距離を詰めてくる。それならばそれでいい。コチョウは受けて立った。
「そうか」
と、告げた時には、コチョウも遊んでいるのではなく、本気になっていた。抱えられていたフェリーチェルの身体が、放物線を描いて宙を舞う。いきなり放り投げられたフェリーチェルは、自力で飛ぶことさえ忘れていた。
コチョウは空いた両腕を広げ、正面から飛ぶ。そしてラスキルが突き出してきた剣を、体を捻り、錐もみ飛行で躱すと、フェリダンの頭部を両手で挟み、捻じるように回した。鋭さと鈍さの混じった音が響き、フェリダンの首の骨が、砕ける。コチョウはラスキルの頭を離すと、落ちてくるフェリーチェルを受け止めた。
勝負は終わった。ラスキルは倒れ、コチョウが勝った。おそらく自警団のリーダーだったのだろうフェリダンは、死んだ。
「うげえぇあ」
コチョウのローブに、半固体半液体の混合物が掛かる。フェリーチェルが吐いた胃の中のものだった。我慢の限界だったのだろう。
「ぎゃあっ。お前、何してんだっ」
コチョウが再度フェリーチェルを放り出す。
「それは……」
なんとか空中で止まったフェリーチェルが、ひとしきり吐いてから、呼吸と語気を荒げた。
「……こっちの……台詞……だって」
フェリーチェルが吐いたものには、血が混じっていた。




