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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六九話 ラスト・バトル

 リリエラがシステムの攻撃デバイスを乗っ取ったのも束の間、ハワードの鋭い拳が、あわやリリエラの腹部に突き刺さる寸前まで迫った。

 辛うじて一撃を避けたものの、リリエラの手から小瓶が宙に放り出され、床に激しく叩きつけられて砕け散った。今まで乗っ取った攻撃デバイスのコントロールを、再びシステムに奪取されるということはなかったものの、リリエラがすべてのデバイスのコントロールを奪うことは不可能になった。

 とはいえ、リリエラにとってそのことが大きな痛手になるかといえば、そうでもなかった。半分近くのデバイスのコントロールを狂わせることはできた。オーブがオーブを破壊している状況は変わらず、しばらくすればオーブからの攻撃は沈黙する筈だ。

 リリエラは新たな小瓶をコートの裏から取り出し、ターゲットをハワードに変えた。ハワードの動きは時間がたつにつれ洗練されてきていて、システムが、ハワードのボディーから彼の記憶と知識を読みだしており、彼の能力を学習し始めていることを示していた。これ以上彼を放置するのは、リリエラにとって危険だった。

 今回の小瓶は一つ。だが、極めて危険性の高い物体が収められていた。

 有機体型のパペットレイスのボディーを形成している合成アミノ酸を破壊する劇薬だ。この力を利用すれば、如何なハワードといえども、無事では済まない。関節の強度を低下させるだけで、彼のボディーを行動不能に陥らせることができる。

 リリエラの目論見を阻む術を、システムは知らなかった。そもそもの話をすれば、ケミカルマンシーはコラプスドエニー発祥の魔術ではない。むしろコラプスドエニーでは流行せず、廃れていっていた魔術だった。持ち掠ると魔法使い達や錬金術師にとって都合の悪い技術であった為、忘れ去られるようにされてきたのかもしれないが、歴史的な背景は、リリエラも知るところではなかった。兎に角、自分が収めたその術が、細々と継承されてきた、ほとんど知る者がなくなったものだということだけ、知っていた。

 ともあれ、戦闘は続いた。

 ハワードの能力をシステムが生かしきれることはなかった。その前にリリエラはハワードを無力化したからだ。二人の戦闘は、彼女自身パペットレイスでありながら、リリエラが対パペットレイスでは無類の強さを誇る技術を身に着けていることを証明した結果に終わった。表面的には、リリエラはハワードの、腕や脚、或いは全身を用いた物理攻撃を捌き続けるだけで良かった。それが通用しなくなる前に、決着は間に合った。

 ハワードが崩れ落ち、それを見届けたリリエラがシャリールの無事を念の為確認する為に振り返る。その頃には、システムがもともと備えていた攻撃デバイスのオーブの群れも、床に破片を撒き散らして転がっていた。

「あっ」

 と、シャリールが短い声を上げる。一行の他のメンバーは起きあっては来ず、また、生きているとはとても思えない肉体的外傷を晒していた。

 シャリールが翼を広げ、床すれすれを滑る。その先には、僅かに浮き上がろうとしているオーブがひとつ、あった。光線がリリエラ目がけて発射される。そんなターゲットにされた彼女の脇をすり抜け、シャリールは自分の体で、リリエラを庇った。

 同時に、よろめきながらハワードが起き上がる。関節はボロボロで、片足など今にももげそうな有様だった。だが、彼はそんなことも構わずに大きく踏み込み、コチョウの真下に聳える、システム本体に向かって、拳を振るった。装置の表面が避けるのと一緒に、ハワードの腕があらぬ方向にねじ曲がり、肩から先が跳ね飛んでいく。関節の強度が、彼の拳の一宇劇の反動に耐えられなかったのだった。

「おかげで、こいつが、俺の制御を手放してくれた」

 と、ハワードは背中越しに語り、今度こそ崩れ落ちて動かなくなった。

「ぶ……じ、ですか?」

 リリエラに笑みを向けながら、光線を受け止めたシャリールの身体も大きく跳ね飛ばされ、とても生き残れたとは思えない方向に首を捻りながら、リリエラの頭上を超えて何度か床の上をバウンドした。彼女の体は壁まで飛んでいき、そのまま、ぐったりと横たわった。

「やれやれ」

 システム本体の上から声が上がる。この場で一人だけ無傷のままでいる、コチョウだ。

「一人を残して全滅か。思ったよりは頑張ったが」

 翅を広げ、リリエラの前に降りてくる。神の敵は、システムではない、というように。だが、この場にはもう、一行の戦力は、リリエラただ一人しか、残っていなかった。

「放置すると危険だ。システムを止める。無論世界は滅びる。辞めさせたきゃ襲ってこい」

 死屍累々とする室内にも、何の感想も抱いていないように、コチョウはリリエラに背中を見せた。装置の表面の亀裂をたしかめ、

「あんにゃろ。思いっきりぶっ壊しやがった」

 ハワードの決死の一撃すらも、ただの迷惑くらいにしか考えていない態度を見せる。フェリーチェルがいれば、コチョウらしい、と評したかもしれない。そのフェリーチェルも装置の中で、言葉を交わすことは絶望的だった。リリエラは、そんなコチョウに、ようやく、嫌悪感をもった。ここに来て、このような状況になって、はじめて彼女の強さに憧れに近い感情を持っていることから、脱却した。

 リリエラは、コチョウと対決することを選んだ。システムの前で、リリエラに背を向けて浮いているコチョウに対して術を行使する為、リリエラはコートから小瓶をとりだす。彼女はいきなり攻撃的な術で対決するのでなく、コチョウの飛行能力を奪うべきだと判断したのだった。

 音を立てずに、リリエラは小瓶を手にすることに成功する。普通なら、気付かれていない筈だ。しかし、コチョウは背中越しに、その僅かな動きを察知した。

 リリエラの手から小瓶がすっぽ抜ける。魔法ではない。他の力、念動力と思しき力で、小瓶が浮かされたのだ。リリエラの手から取り上げられた小瓶はすっ飛んで行き、砕け散った。

「何度も見れば種も仕掛けも理解できる。子供だましだな」

 コチョウは、一度も振り返らなかった。必要ないとでもいうのか、リリエラ自身を傷つけるような力の使い方も見せなかった。まるで、小馬鹿にしているようでさえあった。

 事実、そうなのだろう。コチョウにしてみれば、装置の停止を邪魔されなければそれだけで勝ちなのだ。リリエラをわざわざ正面から相手にする必要はない。

「弱点丸見えは恥ずかしいぞ?」

 そう言ってため息混じりに腕を広げずに肩を竦めるコチョウの姿は、遊んでいるようでもあった。弄んでいる、といっても良かったかもしれない。

「それとも、私が馬鹿にされてるのか?」

 冗談混じりに話すコチョウだが、リリエラから見た彼女には、隙はまったく見つからなかった。コチョウはただ浮いているだけで、臨戦態勢でもなく、装置の状態を確かめているようにしか見えない。しかし、リリエラはそれが隙なのか、素振りだけなのかも判断がつかなかった。それ程までに、能力の差があると、ひしひしと感じるのだ。

 しかし、コチョウの企みは阻止しなければならない。そうでなくては、皆の命が無駄になってしまう。リリエラは、思考に任せることをやめた。

 何でもやる。

 それしかなかった。飛行能力を奪うことに拘らず、兎に角、攻撃になりそうなことを、なんでも試みるしかなかった。

 矢継ぎ早に小瓶を取り出す。コチョウはやはり振り返らなかった。リリエラが小瓶を抜くや否や、手の中の小瓶は割れ、崩れ、砕け散る。収められているマテリアルの中には劇物も多く含まれている。コチョウが直接手を下すまでもなく、リリエラの掌は焼かれ、爛れていった。それでもリリエラが止まることはなく、痛みを忘れたように小瓶を取り出し続けた。

 速く、もっと速く。

 それでもリリエラが小瓶を取り出す速度がコチョウの反応を上回ることはなかった。やがてリリエラの指からは小瓶を持つ力が喪われ、小瓶を取り出すことを諦めたリリエラは、コートの上から小瓶を脚掴みにする暴挙に走り始めた。

 通常であれば、そんな危険な真似はしない。マテリアルの取り違えがどれ程危険なことか、リリエラは誰よりもよく知っている。しかし、そうでもしなければコチョウには対抗できないと、リリエラは安全性を投げ捨てた。

 小瓶がコートの裏で破壊される。コートの裏に隠された小瓶が、一斉に、割れた。当然、リリエラの全身は傷つき、中のマテリアルによってさまざまな問題を誘発された。

 マテリアルはすべて失われた。万事休すだ。傍目に見たものが残っていたなら、そう早合点したことだろう。だが、そうではなかった。

 時間が止まったような静寂が生じ。

 コチョウが、満足げにリリエラを振り返る。

 そして。腹から突き出た牙のような楔を見下ろし、消えた。彼女はそれを避けなかった。


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