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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六八話 オフェンシブ・デバイス

 嵐は去った。

 システムルームの中に静寂が戻った時、室内の状況は悲惨の一言に尽きた。

 コチョウがシャリールを守った障壁は、確実に彼女自身を保護したが、他の者達を守ることには、まったく効果を及ぼさなかった。まるで生物のように、うねる光線は障壁を避けて別のものを狙い、魔力波は障壁を回り込んでシャリールの背後に隠れることができた者達も、間に合わなかった者達同様、風に巻き上げられた木の葉くずのように吹き飛ばした。吹き飛ばされる直前に、再びメイジ達の魔法攻撃が間に合ったが、やはり先のタイミングと同様、システムに届く前に分解されて消え失せただけに終わった。

 アーケインスケープのメイジ達は、何度も光鞭に打たれた痛々しい体を晒して、起き上がる気配もない。それでも彼等は原型を留めているだけまだましといった有様だった。

 一行を乗せてきたモンスター達は、人が乗せられる大きさが災いし、よりダメージが大きかった。彼等の五体には欠損が見られ、命の火が消えてしまっていることを、明らかに判断せざるをえない状態だった。

 シャリールは無傷だが、ハワードとリリエラは全くの無事ではなかった。立ってはいるが、あちこちに痛々しい痣をこさえている。どれも致命傷には至らないだけ、二人の耐久力、或いは攻撃を防ぐ技術が優れていることは間違いなかったものの、完全に防ぐことはできなかったことも事実だった。

 システムのもたらす暴力は想像を絶するものだったのだ。或いは、人柱となれる素質をもったフェリーチェルを得たことによる上乗せがあったのかもしれなかった。

「俺の失敗だ。責任はとる」

 ハワードが進み出る。情報を持ち合わせていないリリエラやシャリールに、それが悪手中の悪手だと分かる筈もなかった。

 一歩一歩踏みしめるようなハワードの歩みが、途中で止まる。彼は人間であった頃は歴戦の勇士でもあったのかもしれなかったが、今は魔法と錬金術師を組み合わせた人造生物であるパペットレイスだった。

 つまり、彼は世界の環境の法則をベースとして、造られたボディーを持っているということだ。そしてその法則を整えているのは、他でもない。今は目の前で一行の敵として聳え立っているシステムそのものだった。

 ハワードの意志とは無関係にボディーを乗っ取ることは、システムには造作もなかった。彼のボディーは魂の制御を離れ、システムを守る攻撃デバイスのひとつとして、組み込まれた。足を止めたハワードは、リリエラとシャリールに向き直り、無機質な動作で半身になった。

「あっ」

 シャリールよりも先に、リリエラがその事実に気付いた。彼女自身のボディーも危ないということだ。ハワードだけでも勝負にならないというのに、リリエラまで操られてしまっては、シャリールに勝ち目はない。

 コチョウの障壁であれば、ハワードに襲われたとしてもシャリールは無事でいるだろうが、シャリールだけが生き残っても意味がないことは明らかだった。それで良いのであれば、もともと彼女のコロニーが、人に協力を仰ぐことを目指す必要もなかったのだ。

「もう結構です」

 シャリールの言葉に、コチョウは軽く笑っただけで言葉を返さず、障壁を解除した。シャリール自身がそう選択するのであれば、別にコチョウはそれで良かった。

 システムに近づくのは危険だが、ハワードに襲われるままにしておくわけにもいかないと、リリエラはシャリールを庇うように立つ。

「パペットレイスの有機ボディーの組成は分かる。関節を弱めて行動不能にできると思う」

 リリエラがケミカルマンサーであればこそ、可能なことだ。だが、敵はハワードだけではない。多数のオーブのひとつとして彼女達は破壊することができておらず、そのすべてがリリエラだけを狙っているように彼女を包囲した。一度に攻撃が放たれれば、リリエラの体など呆気なく焼き切られ、千切れ飛ぶのだろう。

 コチョウは動かない。興味だけはあるのか、じっとリリエラの戦いを見降ろしている。ふと、リリエラは彼女の視線を見返していた。お前にならできる筈だ、と言われているような錯覚にとらわれたのだった。

 確信がリリエラ自身にあった訳ではない。コチョウが果たして最終的に何を目指しているのかも、リリエラにはさっぱり理解できなかった。しかし、コチョウが自分に期待しているという肌触りだけは、ひしひしと感じることができた。

 皆が無事に切り抜けるのには間に合わなかったことは事実だが、まだすべてが喪われた訳ではない。

 リリエラが踏み込む前に、ハワードが動いた。オーブからの光線も、リリエラを目がけて殺到するように伸びる。ハワードごと撃ち抜こうとでもいうように、彼の安全を無視したような密度だった。

 だが、すべて人が造った筈の機構で、人が理解できた筈の技術だ。そして魔法装置が扱うデバイスが魔法動力であることに疑いの余地はなかった。

 相手が魔法であれば、介入はケミカルマンシーの得意とする分野だ。魔法といえども、世界の法則に逆らうものではなく、それを媒介する物質が必ず存在する。その大元である物質の反応を従えるケミカルマンシーは、魔法よりもさらに根源に近い技術で、魔法では影響を避けようがないのだ。

 シャリールは自分が狙われていないと察するや、無理に前に出て巻き込まれるような真似はせず、下がって大人しくリリエラに任せる様子を見せた。オーブに対して有効な対抗策を見出していない彼女が前に出たところで、足手纏いになりさえすれ、役に立つことはないと自ら危険に飛び込むことを避けたのだ。ある意味他力本願な姿勢ではあるが、またある意味では、事実上、それがもっとも利口な立ち回りとも言えた。

 一方でリリエラも、ハワードとオーブの挟撃を、無謀に真正面から受けて立つような真似はしなかった。ハワードを往なし、オーブを先に対処することに決めた。

 ハワードの動きが単調であることを、瞬時に見抜いたのだ。彼自身の経験と勘に基づいた本来の実力ではなく、ボディーのスペック以上の能力をもたない、システムの操り人形にすぎないと判断するのに十分な根拠だった。彼の内面を伴わない人形であれば、ハワードは、ただの時代遅れのパペットレイスボディーでしかない。

 とはいえ、すべてのオーブの攻撃に対して、一度で介入するのはリスクが高い。リリエラは一部だけに対抗するという選択で対抗した。

 幸い、オーブは魔力波による面攻撃をやめ、すべてのオーブが光線を放ってきた。おそらくは点に対しての攻撃力は、光線の方が高いということなのだろう。だが、光線であれば、リリエラにしてみれば、避けることができるだけまだ対処の余地がある。

 うねりながら不規則に伸びてくる光線を、リリエラはすれすれまで引き付けつつ躱してゆく。当然一度避けた光線も諦める事無くリリエラを追尾し続けるが、光線同士を衝突させることで、威力を奪えることも、リリエラは二度の攻撃のうちに確認していた。皆に知らせる余裕こそなかったものの、自分一人であれば、往なす方法はいくつか候補を持つことができていた。

 多くの光線は死角から飛んで来る為に避けるか威力を弱めるか、或いは防ぐかなどの防御方向での対処しかできないが、複数が殺到すれば、正面から伸びて来ざるを得ない光線ができることがある。リリエラは、それに対してカウンターを仕掛けた。その為にリリエラが手にした小瓶は、三つだった。

 一つ目は、魔法を発動させる為の要素として広く知れ渡っている魔力、その力が染み込み結晶化した水だ。この水は魔力によって変質しており、融点が高く、岩塩の如く常温で固体として安定する性質をもっていた。収められているものも、小さな結晶体だった。

 もう一つには、液体が収められている。これは、海水から、汚染している不純物を取り除いたものだ。魔力結晶と親和性が高く、結晶を溶かし液体化するのに一般的に使用されてきたもので、これも珍しいものではなかった。

 最後のひとつの小瓶は、一見空だ。つまり、中身は気体だった。空気に紛れ、放出された魔法を対象まで到達させる、所謂魔力の運び手となる物質だった。極めて高い自己複製反応と、自身に刻まれた情報の保存、伝導性質をもつこの気体を利用することで、ケミカルマンシーは魔法を乗っ取ることができる、今のリリエラにとって、もっとも重要ともいえる触媒だった。

 正面に捉え続けることができた光線に術を行使し、光の筋をさかのぼらせる。駆け抜けたケミカルマンシーの秘儀はオーブそのものを動かしている魔力を変質させ、リリエラはオーブをひとつ乗っ取った。

 そのオーブは一度光線を発するのをやめたが、すぐに再び動き出す。光線ではなく魔力波を周囲にばら撒き、その魔力波のターゲットは、リリエラでもシャリールでもなく、他のオーブだった。

 魔力波に跳ね飛ばされたオーブが放っていた光線が途切れる。その隙に、リリエラは次々にオーブを乗っ取った。

 オーブはやがて同士討ちをはじめた。


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