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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六七話 クリティカル・ダメージ

 魔法光を明滅させるオーブが幾つも浮かんだホールの中央に、巨大なシリンダー型の魔法装置がある。

 その前で、装置に背を向けてコチョウは待っていた。薄暗いホールの中で、腕を組み、ただ何もせずに、宙に静止していた。

「来たか」

 一行に掛けた言葉は、ただそれだけだった。多くを語るつもりはない。その必要もないだろうと言いたげな表情をしていた。

「滅びを導く準備はできているという訳か」

 フェリーチェルがいない今、一行の先頭に立って率いているのは、ハワードだった。そもそも、現状の全貌、或いは、その大半を把握できているのは、彼しかいないのだ。それも仕方がないといったところだった。

「そもそも準備など必要ない。装置を停止すればいいだけだからな」

 コチョウは答える。だいいち、彼女が手を出していなければ、とうの昔に、そして勝手に停止していたシステムだ。停止させるのは簡単だった。単に、フェリーチェル達と最後の勝負をする為に待っていたにすぎなかった。

「お前、自分が何をしたか、理解していないな」

 と、コチョウは続けた。分かっていたら、おそらく、たった一人で、フェリーチェルの魂を、雑に送り込んだりして来ていなかっただろうと確信していた。

「装置は魔神共の残留思念、言い換えれば怨念で汚染されている。知らなかっただろう」

 と、告げる。フェリーチェルは何の先入観ももたずに、それに触れたのだ。場合によっては、世界に激しい幻滅を抱いたとしても、不思議がない危険だった。

「あいつは迷っている。この世界の存続が正しいのか。同時に、皆には死んでほしくない」

 そのジレンマの狭間で、彼女が下した決断がどんなものだったのか。最早、コチョウの呼び掛けにも、フェリーチェルは沈黙を貫く状態になっていた。

 確信は得られている。だから、コチョウは上昇し、シリンダー型の装置の上に、やる気もなさげに腰掛けた。

 同時に、装置の周囲に浮かんだオーブが、一斉に暗く、そして赤い輝きを帯び始めた。室内は薄暗くなり、仄かに床が赤に染まった。警告を、或いは敵意を表わす色だ。システムそのもののシリンダーも、同じ色を放った。

「お前達の敵はひとまず私じゃない。それはどうやら後回しになったようだな」

 コチョウは笑う。せせら笑いのような、苦笑いのような曖昧な声で。

「今のあいつはシステムで、システムはあいつと同義だ。どうやら、お前達は敵らしい」

 そう言って座っている。一行に味方する義理も意志もないという態度を示した。

「生き残れ。システムを破壊することなくな。ここまで来た意味がなくなるぞ?」

 コチョウが揶揄する声は、システムが唸りを上げ始めた騒音に、掻き消された。

 フェリーチェルがあれから何を見たのか、彼女自身はコチョウに伝えなかったが、コチョウは聞かなくても大凡の把握はできていた。捕らえられた魔族達を使ってどんな実験が行われたのかは、記録に残っていた内容で確認済だ。その非道な人体実験を見せられたフェリーチェルの、それも、逸らすべき目もなく、強制的に見続けさせられていた彼女の、その心痛は容易に想像できた。

 だが、一行にその失敗を問いかけるようなことは、コチョウもしない。彼等にはそんな余裕はなくなる筈だ。コチョウは、尚も笑い続けた。

「仮にも世界の五分の一を支え続けてきたシステムだ。脅威の排除能力も、相応にある」

 彼等は、躊躇っている場合でも、悔やんでいる場合でもないのだ。命の危機に立たされているのだから。

「死ぬのが嫌なら死ぬ気で戦うことだ」

 やはり、コチョウは手伝う素振りも見せなかった。実際、システムは、装置の上に座るコチョウに、その敵意を向けるつもりがないように、周囲のオーブを、一行に向けての身降ろしてきた。

「他も見てきた方が良い?」

「スズネも行ってきた方がいいですよね?」

 さらに、一行から、二人の離反者が出た。エノハと、スズネだ。あらゆる意味で、大きな戦力の欠落だった。彼女達は、まるで最初から一行の味方ではなかったと物語るような、涼しげな表情をしていた。

「そうだな、頼む。あいつらが死んだら元も子もない」

 コチョウは二人に、頼む、という言い方をした。フェリーチェルがこの場でいたらたいそう訝しんだか、驚いた反応を見せたことだろう。尚且つ、コチョウは、エノハ達がハワードを処理しなかったことも、責めなかった。それこそ、今となっては、どうでも良かったのだ。

「どういうことだ?」

 今度はハワードが訝しむ番だった。だが、それに対するコチョウの返答はない。それを問いただす余裕も、ハワード達にはすぐに亡くなった。

 オーブの光の赤が増し、複数の石から赤紫の毒々しい光線が放たれた。それはのたうつ蛇のようにくねり、大きく複雑な起動で曲がりながら、一行を余すところなく狙った。

 オーブのすべてが光線を放ったわけではない。だが、光線を撃たなかったそれらもただ浮かんでいただけではなく、もっと危険極まりない、半円に広がる波紋を描く、魔力波を放出して一行を狙った。

 魔法であればアーケインスケープのメイジ達の出番だ。メイジ達はさっと踏み出して一行を庇うように立ち、それぞれが円形のマジックシールドを展開して光線や魔力波から一行を守った。彼等も高位の魔術師だ。魔力障壁の強度には自信があったし、一行を守らねばならぬという硬い意志に揺らぎもなかった。

 しかし。なんたることだろうか。

 うねる光鞭はメイジ達のシールドを容易く食い破り、続けて打ち付けられた波により、メイジ達の体はリリエラやハワードの頭上を超えて、木端のように弾き飛ばされた。

 勿論、光鞭や波紋がそれで掻き消えた訳でもない。それらはさらに激しくリリエラとハワードを、そしてモンスター達を、次々に激しく打ち据えた。瞬く間にその場にいる者達のほとんどがもんどりうって倒れ、一行の間をシステムの猛攻が突き抜けて行ったあと、立っていたのはたった二人と一体だった。

 二人は、ハワードとリリエラだ。二人は、システムの荒々しい攻撃に、それぞれの頑強さや技術力で耐えた。

 そして、一体とは。

 スフィンクスのシャリールだった。彼女の周囲にはメイジ達のそれよりもずっと強固な障壁が取り囲んでおり、それが彼女の安全だけを確保したのだった。

 障壁の主は、コチョウだ。彼女が指先ひとつ動かしただけで、メイジ達のものとは比べる間でもない程の強固な防御結界が生じたのだった。

 何故、と、シャリールが狼狽えた。何故自分だけが助けられたのか、その理由に思い当たることができなかったのだ。そんなシャリールに、システムの上から見下ろすコチョウは鼻にかかった短い笑い声で応えた。

「生き延びたければ私を探せと、自分で言ったことを忘れちゃいない。お前は忘れたのか」

 それだけのことだった。コチョウはシャリールを見下ろしながら、自分が座っている装置の表面に手を添え、短い嘆息を付け足した。

「お前達にはフェリーチェルの問いかけが聞こえなかったようだ。お前達は答えなかった」

 そして、失望された。コチョウが声を掛けても応じなかったフェリーチェルの最後の問いかけは、至極単純なものだった。おそらくそれだけ酷いものを見続けたのだろう。自身のことはすべて不幸になる方向に流れていくと称したフェリーチェルにとって、意志を揺らがせるには十分なものだったに違いない。

 ――皆は――

 と、フェリーチェルは問うていた。

 ――人の世で、幸せが見つかってる?――

 はい、という力強い答えが、フェリーチェルは欲しかったのだろう。それが、きっと迷いを吹き飛ばす最後の支えになると信じたのだ。だがその願いは届かず、答えてくれるものはいなかった。

「あいつはシステムにこびりついた憎悪に飲まれた。不用意に飛ばしたお前達の失敗だ」

 コチョウの言葉が続く間も、システムのオーブは次の一撃を放つために、狙いやすい位置に移動を続けている。先の一撃で立てなくなる者はいなかったが、起き上がったところで次弾を防ぐ手立てが一行にある訳でもなかった。

「私の陰に、急いでください」

 コチョウに守られていると理解したシャリールが皆に声を掛ける。コチョウの障壁を盾にしようというのだろう。確かにコチョウの力であれば、システムの攻撃を退けられることは、シャリール本人が無事であることで証明されていた。

 だが、そううまくいくものか。

 コチョウが内心笑った通り、オーブの群れから放たれた次の一撃は、シャリールを守護した障壁を避け、再びその他の全員を床に叩きつけた。メイジ達が辛うじて反撃の魔法の光弾を放ったが、それはオーブに届くことなく、途中まで飛んだところで分解されて消滅した。

 一行に、打つ手はなかった。二人と一体以外は倒れ、もう立ち上がってこなかった。


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