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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六六話 サクリファイス

 暗い。

 何も見えない空間で、自分が浮かんでいるという感覚だけは、フェリーチェルは鮮明に得ていた。

『ここは……?』

 自分の声が、ひどく遠く、ぶれて波打ったように聞こえる。或いは、それは声と呼べるようなものでもなかったのかもしれない。思念の脈動のような、不思議なものだと感じた。

『やれやれ、だから殺せと言ったのにな。あいつら、言いつけをまともに聞きやしない』

 フェリーチェル以外の“声”が聞こえた。姿は見えない。だが、その“声”がコチョウのものであることを、フェリーチェルにはすぐに分かった。

 同時に、映像が、空間に広がった。まるで劇場で演劇を眺めているように、それが現実にその場に広がっている景色ではないことを、フェリーチェルは理解した。

 体は動かない。というより、動かすべき体がないのだと、彼女は気付く。今の彼女は、魂だけが、体から抜け出してきているのだと、そんな風に感じた。

『見えるか?』

『ええ』

 短い会話。フェリーチェルが観ているのは、お世辞にも気分がいいとは言えない映像だった。人が、何か人でないものを捕らえ、集め、そして暴力をもって従えているのだと分かる光景だった。音はない。会話は分からないが、何か恐ろしい企みが進行している最中の映像なのだということだけは、フェリーチェルにも分かった。

『これは、何?』

 コチョウに聞く。コチョウに分かるかどうかなど、フェリーチェルに分かる筈もなかった。それだけに、答えは期待していなかった。

『入植時の光景だ』

 しかし、フェリーチェルの予想とは裏腹に、コチョウは、フェリーチェルが観ているものの正体を、知っていた。

『捕らえているのは入植者共で、被害者は先住民達だ。人は先住の者達を、魔族と呼んだ』

 と、コチョウは語る。

『人がこんな不毛の地に移住した理由は、詳しくは残っていない。ただ、当時の記録から窺い知ることはできた。防護装備なしでは人が満足に活動できない、毒に塗れた世界だったが、一方で、魔力だけは潤沢にあった。結晶化する程に純度の高い魔力に溢れ、人々はそれを求め、流刑者や、一攫千金を目論む浮草共が送り込まれたのだろうな。採掘地さ』

 しかし、環境は人にはあまりに過酷すぎた。開拓当初、環境管理された閉所以外は死の大地と不浄の海で、死亡率は極めて高かったことだろう。効率が悪すぎたのだ。

『そんな地で生きている魔族を、入植者達は見つけた。魔族達は、この地に溢れる魔力を生命力に変換し、毒を退けて生き永らえてきた者達だった。一方で、連中は原始的で、文明というものをもたず、数も多くはなかった。人々は連中を捕らえ、生命維持の仕組みの一部として転用できるだろうと考え、実行に移した。連中を捉えることは、数と技術の差で圧倒するのは簡単だったらしいな。当初は探索時の生命維持に利用できればいいという想い付きでしかなかったそれは、やがて、魔族達の中でもとりわけ素質の高いものを選抜すれば、世界そのものを造り変えられるかもしれないという野望に変貌していった訳だ。そうやって作られたのが、環境管理システムだ』

 コチョウの説明はおそらく正しい。それは、フェリーチェルも認めるところだった。

 フェリーチェルの周囲で流れる映像では、複数の人間が、青白い肌と、赤い虹彩が特徴的な人々を、半ば引きずるように何処かへ連行している光景だった。

 明らかに相手を人間扱いしていないことに、人間達への嫌悪が、フェリーチェルの感情に芽生えずにはいられない。もしこれらの暴挙を行った者達の末裔が自分達であるとするならば、いっそ滅んだ方が世の為ではないかという感覚すら湧きそうだった。

 周囲の景色が変わる。気が付くと、フェリーチェルはどこかの建物の中にいた。勿論、空間を移動した訳ではない。それも幻影のようなものだと、根拠など不要で確信できた。

 先程連行されていた人々が、円筒状の透明な装置の中で立たされている。両腕を装置の丈夫に、両脚を底に繋がれ、座ることは不可能な状態にされているようだった。

 視覚的には、何をされているのかを判断することはできなかったが、ろくでもない実験が行われているのだということも、フェリーチェルは確信した。正直見たくはなかったが、身体をもたない今の彼女には、目を背けるということも、目を瞑るという選択肢も、とることはできなかった。そもそも、それが資格情報なのか、或いは自分の魂に送りつけられている別のものなのかということなど、フェリーチェルには判断しようがなかった。

『こんなものを見せて、何のつもりよ』

 ただ、コチョウに悪態を吐くことはできた。フェリーチェルは、それでも、本当にコチョウの仕業なのだろうかと、半信半疑だった。コチョウのすることにしては、やり口が陰湿すぎる。彼女なら、見るか見ないかの選択肢は、フェリーチェルに任せるだろうという信頼があった。

『装置に残された記録だ。私は何もしていない』

 やはり、その映像はコチョウが流しているものではなかった。そして、その事実に納得する以上に、フェリーチェルは、コチョウの言葉に対する疑問を強く覚えた。

『装置?』

『お前は、環境管理システムの中枢に、魂だけで送り込まれた。人柱にする為に必要だ』

 コチョウは、ハワードがフェリーチェルに使用させた宝玉で、何が起きたかということも理解していた。コチョウにとっては、ある意味、あまり歓迎できない事態であるかのようではあったが。

『拙いの?』

 フェリーチェルはそれを感じ取り、尋ね返した。

『確かに世界は救われる。だが、お前が観ている、そのやり方を貫くということでもある』

 コチョウの返答に、

『どういうこと? これは人柱の実験じゃないの?』

 フェリーチェルは更なる違和感をもった。コチョウはしばらく沈黙を保ったあとで、

『魔族はやがて人々に忌避と憎悪を抱き、魔神と変貌することになる。そして人はそれすらも自分達の暮らしを支えるシステムの礎として捕獲した。だが、魔神が大人しくシステムの中で力を明け渡す筈もない。それを鎮めるのが、人柱の役割だ。こいつらは人柱じゃない。ただの動力源だ』

 コチョウの言葉は冷淡で、まさにどうでも良さげな印象を受けるものだった。彼女の生き様を考えてみれば当然で、他人のことを言える立場でもなく、それはコチョウ自身認識している筈だった。そのうえで開き直るから質が悪いとはいえ、今更それを指摘しても意味がないことも、フェリーチェルは理解していた。

『要するに、システムに彼等の怨讐が染みついて、残留思念として流れ込んできてるのね』

 状況を、フェリーチェルはそう分析した。そう考えるのが、最もしっくりくるのだった。

『ああ。人柱を取り込もうとし、システムの暴走を誘おうとでもしてるんだろうな』

 というコチョウの答えも、フェリーチェルには腑に落ちるものだった。とはいえ、事実、彼女自身、同じ轍を踏んで、システムを稼働し続けるべきなのか、迷ってしまってもいた。

『正しくはないよね。今の人々のことを全部忘れて考えれば、そんな世界滅んでいいと思っても仕方がないことだと思う』

『そうか。私はどっちでもいい。知らん』

 その会話が、フェリーチェルには可笑しかった。滅ぼすと言ったのは、コチョウではないか。

『あなた、自分で言ったじゃない』

 と。フェリーチェルはそのことは指摘せずにいられなかった。

『関係ない。今、システムに命を啜られてる奴等を見殺しにするのは、気分が悪いだけだ』

 コチョウは嘯く。分かるような、分からないような。フェリーチェルにとっては初耳の話だったが、意外だとは思えなかった。

『誰?』

 ただ、コチョウが言っている者達には、フェリーチェルは心当たりがない。それだけは疑問に思えた。

『時間がない。長々と説明はしない。お前が気にする奴等でもない。私の……試作品共さ』

 とだけ、コチョウは答え、

『丁度五人いる。世界五箇所の管理センターで、命を削って世界を延命さえている』

 そのことは、明かした。コチョウが言う時間がない、の意味が、フェリーチェルにも納得できた。

『もうもたないのね』

『ああ』

 フェリーチェルのその確信にも、コチョウはすんなりと肯定を返した。それだけ、状況が末期的ということなのだ。迷っている時間はない、フェリーチェルにも、そう理解できた。

『待って。私が人柱になるとまずいって、ひょっとして』

 と、気付く。

『ああ、あいつらも、システムに捕らわれる。命が尽きるまでな。私には面白くない話さ』

 コチョウも、認めた。


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